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Side友梨佳 第39話

 ファンファーレが鳴り終わり、奇数番号の馬からゲート入りが進められる。先頭争いをするとみられる5番のセットザリズムと9番ブリーズフロントも順調にゲートに誘導される。15番ロイヤルストライドも悠然とゲートに入る。

 係員に促され、リアンデュクールもゲートに誘導される。

 ゲートに入り、後部扉が閉じられる。三枝は引綱を解き、リアンデュクールの鼻を一回触るとゲートから出て行った。

「最後の馬、入るよ!」

 係員の声がゲートに聞こえる。

 茜はスタートに集中を高める。

 ゲートが開く。

 リアンデュクールはまずまずのスタートを切る。

 そのとき、スタンドから「うわあ!!」という歓声と悲鳴が上がる。

 ブリーズフロントがリアンデュクールの後ろにいた。

(ブリーズフロントが出遅れた!?)

 茜は先頭集団を確認すると、セットザリズムがすんなりと先頭に立っていた。競り合う馬は誰もいない。

 ロイヤルストライドは好スタートを切り、外から先団に上手くとりつき、内ラチ沿いの好位置をキープした。

 中団の馬たちはロイヤルストライドをマークする形で追走して1コーナーに入る

 リアンデュクールは16番手。出遅れたブリーズフロントが追い上げてリアンデュクールの前に入る。リアンデュクールの後ろには僚馬のホーリーグレイスが控えた。

 2コーナーを回りバックストレッチに入る。セットザリズムがマイペースで逃げる。2番手集団とは3馬身程の差が開いている。リアンデュクールから先頭までは15馬身程の差だった。

(ブリーズフロントがここで出遅れるとは思わなかった。これでスローは確定。……けど、遅すぎない?)

 セットザリズムはバックストレッチに入ってさらにペースを落とす。

 2番手以下はロイヤルストライドを警戒して動かない。

 行きたがる馬を必死で抑えている騎手の様子が茜の位置からは良く見えた。

 ロイヤルストライドはそれでも落ち着いて淡々と走っている。

 リアンデュクールもブリーズフロントの後ろで落ち着いて走っている。

(……悔しいけど、天野さんがリアンに控えることを教え込んでくれたおかげだ)

 前半1000メートルを通過。スタンドからどよめきが起きる。

 ――通過タイム62秒。

 状況はリアンデュクールにとって最悪だった。

 このままの状態で最後の直線に入れば、当然前に位置している馬が断然有利である。

 リアンデュクールもできれば前に行きたいが、脚を考えればロングスパートは出来ない。

 さらにリアンデュクールの前には、逃げることができなかったことでこの後の挙動が読めないブリーズフロントがいる。安全な距離を保ってかわすには距離のロスが大きすぎる。とは言え、内をついてもこの密集状態では前が開かないのは明白だった。

(いくら何でも遅すぎる! 早く仕掛けないと!)

 茜の願いむなしく、誰も動かない。それだけロイヤルストライドがこのレースの中心だった。

 イチかバチかで早く仕掛けるしかない。茜は手綱を持つ手に力を込めた。

(……ごめん、友梨佳。多分勝てない。……でも、せめてリアンは無事に帰すから)

 茜がリアンデュクールに合図を出そうとした瞬間。

「こうなったらしょうがねえ。ちょっくら、まくってくるわ」

 ホリーグレイスに跨る本橋がそう言うと、馬を前に出した。

 本橋は、影山から、あえてリアンデュクールの後ろにつけて、スローペースになったら後ろからまくって隊列を崩せと指示を受けていた。

 ヨーロッパ競馬では当たり前のチームオーダー。フランスに短期騎乗経験のある弓からの進言だった。

「頑張れよ!」

 そう言ってホーリーグレイスに合図を出して先頭を追い上げる。リアンデュクールにとって幸運だったのは、少しでも前に出したいブリーズフロントがこれ幸いとホーリーグレイスと一緒に上がって行った。

 これでリアンデュクールの前にスペースができ、楽にポジションを上げられた。

 3コーナー手前、ホーリーグレイスとブリーズフロントが先行勢の内側に割って入る。

 突然の進路封鎖に、2番手集団が行き場を失う。

 ロイヤルストライドもそのあおりでポジションを落とす。

 これ以上ロイヤルストライドはポジションを落とせない。さらに、隊列が崩れたことでロイヤルストライドの行き場をふさごうとする馬が出てくる。

 ロイヤルストライドの前の馬も、ホーリーグレイス達をかわそうと外に持ち出す。

 残り800メートル。

 サラブレッドが全力で走れるのは500からせいぜい600メートル。今から仕掛けるのは速すぎる。

 しかし、このままでは完全に囲まれる。

 全力をだして届かないなら仕方ない。だが、囲まれて足を余したまま負けるのは騎手として許されない。

 ましてロイヤルストライドは断然の1番人気で無敗のダービー制覇がかかっている。しかも鞍上のジャン・トッドは皐月賞の口取り式で3冠の宣言までしてしまった。

 ジャンの表情が歪む。選択肢は一つしかない。このままでは檻に閉じ込められる。

 ジャンはロイヤルストライドを外に持ち出す。さらに前の馬が外に膨らむ前に並びかける。

 ロイヤルストライドが動いた事で、馬群が波のように一斉に動く。

 それにあわせてリアンデュクールも徐々にポジションをあげる。

 4コーナー手前、残り600メートルでロイヤルストライドが先頭に並ぶ。

 スタンドから大歓声が湧き起こる。

 前を追いたがるリアンデュクールを茜は必死に抑える。

(まだまだ、我慢して)

 ピシッ……。

 鞍の下で骨が軋むような音。リアンデュクールの悲鳴のような息遣い。

 それでも、茜は祈るように手綱を握りしめる。

 最後の直線、ラスト400メートル。

 ここでロイヤルストライドが先頭に立つ。

 さあ、あとは突き離すだけと、勝利を確信した観客からの歓喜の大声援がスタンドを揺るがす。

(全てが90点の優等生タイプなら、裏を返せば化物みたいな突出した能力は無いということ。絶対にここで止まる!)

 茜は外に持ち出し、進路を確保するとリアンデュクールに合図を出すタイミングをはかる。

 茜は新馬戦で体感した驚異的な瞬発力と弥生賞でくらった末脚を思い返した。

(タイミングさえ間違えなけければ、必ず届く)

 ピシッ、ピシッ……!

 軋む音が大きくなる。

 手綱を握る手に汗がにじむ。

 ロイヤルストライドが直線の坂を登りきったところで、後続を突き離す動きが止まる。

「さあ……行こう、リアン!!」

 手綱をしごき、右鞭を一閃――

 リアンデュクールは体を沈め、地を蹴った。

 それは、まるで白い稲妻だった。

 一瞬で加速し、馬群を切り裂くように抜け出す。

 残り200メートルを切ったところでついにロイヤルストライドをとらえる。脚色は圧倒的にリアンデュクール。

 ジャンもリアンデュクールの弱点を知っている。馬体を併せようと右に進路をとる。

 しかし、大外を走るリアンデュクールとは間隔が開きすぎ併せられない。

 ジャンの顔に諦めの表情が浮かんだ。

(勝った!)

 茜が確信したその時、リアンデュクールが急激に左にヨレ出し、ロイヤルストライドとの間隔が縮まる。

 骨の軋む音が、もはや悲鳴のように響く。

 息遣いも激しい。

「リアン、お願い! もう少しだけ……!」

 茜が体勢を立て直すために左鞭を入れる。

 何とか体勢を持ち直した時、茜のすぐ隣には漆黒の馬体。しかも半馬身差前にいた。

 残り100メートルを切る。

 リアンデュクールのハミ受けの手ごたえがなくなり脚色がにぶる。

 ジャンの口角が上がるのが見えた。

(……そんな、ここまできて)

 リアンデュクールに合図を出しながら茜は頭を下げる。

 そのとき、茜の視界の片隅に、ふと栗毛の馬体が飛び込んだ。

 漆黒でも、白でもない。光の粒子を纏うような、四白流星の栗色の馬体。

 まるで導くかのようにリアンデュクールを追い抜き、前を走る。

(え!? 抜かれた?)

 その馬体に目を奪われた次の瞬間、リアンデュクールがもう一度ハミを噛み、自ら加速した。

(リアン!?)

 リアンデュクールはロイヤルストライドを置き去りにし、最後の100メートルを駆け抜けた。

 誰も寄せつけない加速。

 歓声が、音の波のように競馬場を包み込んだ。


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