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短編集

夜空

作者: 豆苗4

 私はいつも4人目の幽霊と話していたのだ。


 人々は辺りを忙しなく駆け回る。欠けた月や、今にも消えそうな星に一目もくれることもなく。私はいつも愚図で鈍間なのだ。側溝に足を踏み外してはぼんやりと空を眺めている。


 ふわふわと浮かんでいるものに直面して私はいつまでもそれと無邪気に格闘している。普通ならあっという間に一蹴してしまうようなたわいもないことを。それは鼻で軽くあしらわれてしまうだろう。人々はそれに名前をつけるのが上手い。それをそういうものだとか、そうした方がいいと言った適当な理由を引っ提げて。私は思わず唸ってしまう。目にも止まらぬ早業に、滑らかで寸分の狂いもない動きに感動すら覚える。何と素早いことか。なんと美しいことか。あんな風に優雅に踊れたらどんなに良かったことか。見様見真似で模倣するもぎこちない動き。猿真似。足がもつれて転んでしまう。手のひらが赤い血でじんわりと染まる。地べたについた手を目の前まで高く持ち上げて夜空が透けて見えるぐらいにじっと見つめる。赤い血。どくっどくっどくっ。血流の脈動が手全体に伝わる。はぁ。空はこんなにも黒いのに。私の血はどうしようもなく赤い。流れ星がオレンジ色に染まるとき、私はもう首を垂れてしまっていた。


 ふと思う。彼らはダンスを踊っている。誰かに披露する為なのだろうか。だとしたら誰に? 誰も彼も踊ることに躍起になっている。誰か見ているかどうかを気にしている暇さえなさそうだ。残念ながらダンスを見せようと思っている相手もダンスに夢中だ。二人で踊っているかのように傍目には見えるが、どこまで行っても1+1のままで2になることはないだろう。そう、ひとりとひとり。合わせてひとり。ダンスは上手く踊ることが目的なのではない。誰かに披露することが、一緒に踊ることが目的なのではない。ダンスとは儀式であり、具現化した死せる幽霊なのだ。ダンスとは借り物の語彙であり、私が与えた訳ではない。私は名前を捧げることこそあれど、与えることはない。私は何かに名前を付けたことなど一度もない。形容詞や副詞は埋め尽くさんばかりに溢れているのに。名詞だけは。仰々しい装飾品ばかりで肝心の中身がないじゃないか。王冠をなくした王なんて。もやもやとした違和感を腹に抱えながらも、いつもいつも借用した語彙をはにかみながら、つっかかりながら口から垂れ流す。


 誰かに響くことを期待しながらも誰かに響いたことすらに気が付かない完璧な舞踏。完璧な舞踏に魅せられるも、誰にも響くことはない不恰好な舞踏。舞踏の間だけはそうだった。事切れたら。音が途絶えたなら。音楽が止んだなら。それでも変わらず踊れるだろうか。空白のメロディーに、ピアノの残響に合わせて。クラリネットの音色が、息遣いが分からない。それでも乱されることなく恍惚とした表情で。……。


 夜空はもう星も見えない。人々は疲れて踊り方も忘れてしまった。星々の輝きは我々の瞳の奥底に隠れてしまった。淀んだ秘密。人々はどんどん大人になっていくし、私はずっと子供っぽいまま。夢の中にいつまでも取り残されてしまったようだ。幻影の面影に縋り付く。嘘に嘘を塗り重ねてその場限りの即興劇を。誰にも届かなくたって、何かと共鳴しなくたって構わない。夜空に手紙を投函したら幽霊へきっと届くのだから。水で滲んだ文字に、夜の吸い込まれるような暗さを添えて。白い月明かりはオオカミに食べられてしまった。ほんのわずかに残っていた星屑で手紙の封をしよう。


 私は幽霊と、夜空と遊ぶのだ。音という音が水面に沈みゆくまで。

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