クーデター決行日。
既に議会と王宮、市街地を占領した私は、皇帝の前に出る。
「……陛下、帝冠を私に授けて頂きたい」
「何故だ、何故、貴殿ほどの男がこのような……」
この哀れな男は何を思ったか、この状況でまだ、私に縋っていた。
「陛下、その帝冠を、私の頭に」
「……」
小動物のような怯えは、彼を行動させないのに十分な理由を持っていたらしい。この豪勢な地面に片手をついてなお、彼は頑なだった。
「……私が何の覚悟も出来ていないとお思いですか?」
私はその手を腰の銃に宛がう。その手をまじまじと見つめていた人間の目は徐々に恐怖を帯びていった。
そして最終的に彼は私に手ずからその帝冠を私に授ける宣言をしたその時。
「陛下!なりません!」
ルートヴィヒの声が静寂をかき消した。
「ルートヴィヒ殿!今はダメです!私は!ここにいる誰の命も取りたくはない!来ないでください!」
「クラウス!お前は、今!なにをしているかわかっているのか!」
「私は!ただ国に忠を尽くすため!ここで権力の全てを排除したいのです!そのためには悪魔にでも……」
「違う!」
「違くありません!これですべての争いを……」
そう言いかけると彼はただそこで止まった。
「……お前は……もう、魔王だ……」
そういうと彼は俯いてただ立つだけだった。
私は振り返り、皇帝の方を向く。
「……陛下、さぁ」
そうして史上最後の皇帝は私の頭の上に冠を置いた。
「今ここに!この私、クラウス・フォン・ローレンベルクが帝位を賜った!」
「そして今ここに!この帝冠を捨てる!」
そう言いながら私はまるで存在価値を見出さないこの冠を落とした。
「もうこの国に王はいない!我々の勝利だ!」
我が兵士たちの大歓声が聞こえる。しばらくすると外の兵士からの勝鬨も聞こえた。
――我々は勝利したのだ。
そしてこのクーデターが成功したニュースが、ラジオやテレビで流れ、私はこの王宮のバルコニーで国民への演説をする段取りを組んだ。それは昼時だった。
私がバルコニーに立つと、庭園には溢れんばかりの民がいた。私はその気圧されそうな空気に負けぬよう、意識を強く持った。
「我が国に住む労働者、婦人、軍人、煙突掃除や多くの民族の方々、ごきげんよう。私はクラウス・フォン・ローレンベルク少将だ。本日の朝、我々は悪しき権力をこの国より一掃した。もう、もはや!この国に皇帝はいない!この国は我々大衆の国となった!……10年前、私はベネディア人の虐殺に関与してしまった。皆の中にもそのような人間は多く存在することだろう。この国は、一部の人間を悪魔と誹り、弾圧した!そして古くから、弱き者は虐げられ!明日の食い扶持のために命をかけなければならなかった!……だが、それも終わりだ!一部の人間が優位に立ち、それに声をあげられない日々は今日で終わる!我々が権力だ、あなた方一人ひとりが権力なのだ!私はここに!英雄の名を捨て!君たちと同じ民衆であることを宣言しよう!」
演説が終わると同時に、地を揺らすようなおおきな歓声が沸き上がった。唸るような歓声だった。その声の一つひとつがその功績に値するのだ。
これを待ち望んだ。この日の為に幾星霜の努力をした。家柄も、兵士も、民も、権力も、軍も、政府も、家内も、友ですら、全て利用した。
そうして得たのがこの大歓声だ。
その鳴りやまぬ大歓声を聞き、私は酷く
――絶望した。
***
「あなた!無事だったのですね!」
「クラウス様!」
そう駆け寄ってくる二人を私は力強く抱きしめた。
「……どうかなさったのですか?」
心配そうに見つめてくる二人を見て、私は答える。
「いや、問題ない。思ったよりも気が張っていて疲れたらしい。君たちの顔を見て力が抜けたよ」
「あら」
「まぁ」
私たちは笑いあった。そしてその晩、久々の会話に花を咲かせ、大いに楽しみ、彼女らはそのまま疲れて寝てしまった。
そして私は一人、ここに来た。
「ルルワ。久しぶりだな」
さみしそうなその墓は月夜に照らされ、より一層輝きを露わにしていた。
……私の人生を振り返ると、素晴らしい人々に囲まれてきた。出会ってきた人間一人ひとりに感謝を述べようとも、伝えきれぬほどの良い人生だった。人生の彩りとは、決して主役のみでは出来ず、その出会った他者によって作られる。そういう意味で私の人生は虹のように輝いたものだったろう。
だが、今回の件は効いた。
やることを終え、私はもう疲れたらしい。もう充分に人生を演じきっただろう?
ブルーノ、ルルワ……。俺は……、お前らに……。
ピストルを出す。
そして、こめかみにその銃口を向けた。
パァンという高い音と、共にドサッという鈍い音が庭に響く。
……。
「ハハ……。そうだな。ルルワ、ブルーノ。……俺はもう少し苦しんでからいくよ」
落ちた銃を墓の前に置き、その場に座り込んだ。
生きねばと俺は思った。
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