表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

35歳、准将、冬。


 私は悪魔になりきれただろうか。……安寧を願う悪魔など悪魔と言えるのだろうか。


 何れにせよ、もう少しだ。年齢の割に非常に高い地位まで昇ってこれた。これもひとえに、皇帝からの寵愛と民衆の英雄視のおかげだ。


 あと数年もすれば(こびへつらう)こともなくなる。


 ……失ったものは大きかった。しかし改革への欲が日に日に薄れていくのは自分でも分かる。これは私が憧れた受け入れる美学とは程遠いものだった。いつしか私はつまらぬ大人その人になってしまったような気がする。私はただ、大切な人の笑顔を守りたかっただけなのだ。しかし今はそれが手に入っている。子供にも恵まれた。この状態で危険を犯す意味が、果たして報酬を下回ってくるだろうか。


 ……いや、全ての人民がこの幸せを享受し得なければならない。違えるな。私は約束したのだ。ブルーノの死んだ日に、もう二度と争いは起こさぬと。


「父上!父上!」

 元気な声が複数、聞こえてきた。

「雪ですよ!雪!」

「父上も遊ぼう!」


 4人の童がぞろぞろと私の元へ向かってきた。

 ブルーノ、マルティナ、ベルタ、ロベルト。先の2人はオリヴィアとの子で、後の2人はヴァレリアとの子だ。


「ハハ、すまないな。私はやらなければならん事があるから、4人で遊んでおいで。あまり遠くに行くんじゃないぞ」


「えー!なんでですか!父上!」

「あまりお父様を困らせないで!行くわよ!」

「僕、1番!」

「あ、ずるい!私も!」

 まるで嵐のように4人は去っていった。


「はぁ」

 切り替えのための、ため息をつくと声が聞こえた。


「ウフフ、元気ですね。一体誰に似たのかしら」

「ヴァリー、居たのか」

 声の方を向くとヴァレリアがそこにいた。

「私はどこにでも居るでしょ、クラウス様」

「あぁ、神出鬼没だな」

「そこまででは無いです!」

「ハハハ」

「ウフフ」


「……クラウス様。ヴァレリア様と随分仲がよろしいのですね〜」

「あらあら、見られてしまいましたわ、旦那様」

「おい、からかわないでくれヴァレリア。オリーも、そんな事ないさ。勘弁してくれよ」

「そんなことあります!私も混ぜてください!」

「本当に……、君たちはいつまで経ってもあの頃のままだな。羨ましいよ」


「……まるで、クラウス様は変わってしまわれたかのような物言いですわ」


「……あぁ、変わってしまったのかもしれない。あの頃の野心はとうに消えうせてしまったようだ。このまま君たちや子供たちと溶けてしまえばいいのにと思うよ。私がやりたい事は果たして、子供たちや君たちまでも危険に晒してまで、やらなければならない事なのだろうか」

「……兄への誓いはもう良いのですか?」

「……」


 ヴァレリアが私に近付いて言う。

「ルルワさんの事はもう許せるんですか?」

「……」

 私は少し沈黙を作り出してしまった。


「……正直言って分からないんだ。君たち生者をおざなりにして、死者への手向けを優先させるなどあって良いことなのか?君たちよりも優先すべきは世界なのか?本当に人民が望む世界はもう既に出来上がっていて、私が間違っているんじゃないのか?若き日の情熱は、ただの幻想で、今の私の思いは成熟した考えなのか。それとも私の夢が月日に晒され、年月と共に錆れただけなのか。」


「情熱だけでは世界は変えられません。貴方にはその思いも、力もついています。その両刃を持つ人間はほとんど居ないのです。望む望まないとに関わらず、貴方はそれをお持ちです。貴方がやらなければ、この国の改造はもっと後、フォルティスとの2回目の戦すら始まるかもしれません。……ですがこの私も随分丸くなりました。貴方が望むものがどんなものであれ、私はずっと貴方の隣におりますわ」

「わ、私もです!クラウス様!あの日拾って頂いた日から!貴方への想いは私も変わりません!どんな形であれ……ずっとお供させてください」


「……老いたものだな。こんなにも支えられて尚、失う事が怖いらしい。もう……何も失いたくないんだ。……何も。だが、ありがとう二人とも。……。少し考えたい、部屋に戻るよ」

 そう言い残し、俺は2人のいる部屋を後にした。



 自室にある、ビスケットを齧りながら考える。

 ……ブルーノは選択したくとも出来なかった。それは生活を人質に取られていたからだった。

 多くの人間がそうだろう。何かやりたいことがあった時、何かを理由に諦めるか、それでもやりきるかしかない。しかし、感情に身を任せ、元来発生しないであろうありとあらゆる事物を差し置き、己の信ずるもののみを突き詰めれば、それは本来“やる”以外は存在しないのだ。人類がこの地点に立つまで、多くの人間の夢が散っていったことだろう。私は今、もうすぐで叶えられる手前に来て、悩んでいる。


 現実と夢と自己は今、乖離してしまっている。


 ……かつて私は国に「正義」を敷かねばならないと考えた。それは私が出会ってきた様な無垢なる人をこれ以上犠牲にしない為には、それしか無いと思ったからだ。彼らは声を上げることは出来ない。力も地位もないからだ。その代わりに私が変えようと思った。世襲制も、帝国主義も。弱き人が虐げられるのはもう沢山だ。金や地位如きのために本当に人生をかけている人間がいるのだ。それを、駆逐する。これが本当の聖戦だ。そうだ。私は“やる”しかないんだ。あの多く散っていったベネディア人達のためにも。そうでなければ何のために命を利用したのか。


 ――私は悪魔だ。


 そう決意し、立ち上がろうとすると、自室の戸を叩く音がした。

「オリヴィアとヴァレリアです」


「入れ」

 私は彼女らを座るように促したが、彼女らはそれを断り、口を開いた。


「クラウス様。私たちは子供達を1人でも生きていけるような教育を受けさせました。あと数年で4人とも大人になるでしょう。それに、子供たちは私たちが守ります。なので貴方の心配は無用ですわ」

「ウフフ、覚えていらっしゃる?屋敷内での指揮官は、家内である私達です。それに私、約束しましたよね?貴方の死に顔を必ず見ます。貴方は必ず愛されて死にます。あなたの作りたかった未来は、ここにはもう存在するのです。あとはそれを世に広めましょう?最後まで、私たちはお手伝いします」


「……ありがとう。君たちが傍にいてくれてよかった。愛している、2人とも。これからもついてきてくれ、必ず私は夢を叶えてみせる」


 私の言葉を聞いた彼女らは、私の腕の中に駆けつけてきたのだった。



 ***



 決意の朝。私は早速準備を始めた。まず私の英雄譚を悲劇の物語(ロマンス)に変える。私は記事などの聞き込みには一貫して情報を開示しなかった。全てはこの時のためだ。


 まず記者を私の邸宅に招待する。我が邸宅の庭には不自然とも言えるベネディア人の墓がある。そして彼らはそれを不思議に思うだろう。聖戦の英雄の庭に、あの悪魔民族の墓があるのだ。その後、私は語り始める。何故今まで沈黙を貫いていたのかを。愛する人間がベネディア人で、あの聖戦で死んでしまった。あの戦争は私にとっては英雄の戦争では無い、悲劇の戦争なのだと訴える。


 そうすると彼等は目の前にいる英雄が、ただの1人の人間であることに気づく。そしてその気づきは辿り着く、同情に。愛する人間が殺され、それでも殺したくなかった民族を政府の命令で殲滅し、しかし民は英雄と祭り上げるこの状況に同情を寄せる。そして私は言う。これが今まで国がしてきた悪魔の所業の皺寄せなのだと。私は悩みに悩んで遂には、世間に公表する事に決めたのだと。


 こうしてこの()()を知った民衆の民意を持って、皇帝に退位していただく。陛下には納得してもらう、例えどんな手を使っても。これこそが民意の勝利なのだと、先の大戦の裏切り者はそこにいたのだと。その後は私が力を持ち、連邦制による共和国を作る事を宣言する。しかし、私の在任時は権威主義体制を維持したいと思う。これが最難関かもしれない。何せ我が国民が最も忌み嫌う隣のフォルティス専制共和国と同じになってしまうのだから。そもそもかの国の正式な国名は「フォルティス共和国」であり、”専制”とはこちらで流行っている皮肉(アイロニー)に過ぎない。彼らは共和を目指しながら、その強力な権限を大統領に集約させているという矛盾を我らの国では非難しているのだ。だからこの私の理想を維持するための治癒体制(サナツィア)が国民に受け入れられるかはある意味で賭け、私がどれほど国民に支持されているかの勝負なのだ。


 この間にも私が誰に恨まれ、どんな危機に会うかも分からん。

 家族にも迷惑はかけられない。

 だが必ずやり通す。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ