26歳、少佐、秋。
「ですから母上、俺には不要です」
「いえ、クラウス。それでも貴方の為なんです」
「しかし……。……!そうだ!オリヴィアは賛成なんですか?」
「……彼女も賛成してくれています」
「……本当ですか?……それは……」
「彼女も貴方の為になると言っていましたよ。クラウス、1度でもいいから会ってみなさい」
「……。……分かり……ました」
「ありがとう」
その後数日のこと。
始めてみる顔と2人で、庭のラウンドテーブルで相対する形で席に着く。
この時期は紅葉が美しい。
「初めまして。ヴァレリアと申します」
「あぁ、よろしく頼む。私はクラウスだ」
「えぇ、お噂はかねがね存じております」
「ラジオや新聞での英雄譚の事ですか?フフ、あんなのは全てまやかしですよ。本当の私など描かれてはいません」
「いえ、私はあなたの本当の部分を知っています。クラウス様」
「……どういう、意味ですか?」
「貴方が英雄という名を利用しようとしている事も、女性関係で悩んでいる事も、大切な方を何度も失われている事も、私は存じております。貴方の本当の姿を知った上で、私は貴方とお近づきになりたいと思っております」
「これは……また随分と衝撃的な出会いだな……」
「ウフフ、お楽しみ頂けるかと」
「はぁ、負けましたよ。どうぞ、思いの丈を語ってください」
「この上ない光栄です」
「まず、現状のクラウス様には、その後押しとなる人間が必要です。いつも隣にいて、貴方の気持ちを汲んでくれて、その計画を支援してくれる人物です。例えば名家の箱入り娘などが扱いやすく、名声も人脈も増えるでしょう。そうですね……、私などいかがでしょう」
「……それはそれは、これ以上無い提案ですね、続けて下さい」
「クラウス様はその素晴らしい人となりから、とても人々に人気があります。これは聖戦の英雄だからではありません。それは別として貴方の性格が人を寄せ集めるのです。ですが、それ故に女性関係では少し困ってしまっていますね。それを解決するのは困難です。幾許かの女性に想いを寄せていても許してくれて、前項をクリアしてくれるような女性……。……あら?私が適任です」
「……」
「あら、黙りですか?……では最後に、私は必ず、貴方にとって大切な人間の1人になります。そして、必ず死にません。必ず貴方の死に顔を見ます。貴方を1人にはさせません」
「……何が目的なんですか?初対面の人間にそこまで思い入れがある訳もなし、それが本心だとて、貴女は私の何を望むんです?」
「ウフフ、流石です。対等な関係で無ければなりませんもの。……初対面の人間と仰いましたが、ローレンベルク家とは私共も切ってもきれぬ程の交流があります。私はとても社交的ですので、情報は様々耳に入ってきます。そこで貴方に興味を持ったのです。素晴らしい殿方がいらっしゃるのだと。ぜひお会いしてみたい。出来れば私はその男の物語に入り込みたいと。……ですので、対面は初めてですが、貴方のことは幼馴染の様に存じています。沢山、集めましたから。」
そう言う彼女の笑顔は、それが本心であると裏付けするような笑みだった。
「なので、私の望みは私を貴方の傍においてくださること。貴方のこれからの人生を支える権利を得ることです。それがあるならば2番目……いえ、3番目の女でも受け入れます。それでも貴方は私を愛してくださいます、きっと。」
俺はここで恐怖を覚えるべきだった。本来なら、いや、俺が普通の人間であれば。しかし俺は恐怖を感じなかった。いや、それも不正確だ。彼女の言った台詞の感動はその恐怖を大きく上回った。感動したのだ、知り得た情報から俺の事をここまで読み取ったことに。俺の本当の性格など、母上でさえ知らない。かろうじてオリヴィアがその秘密を共有しているくらいだろう。……彼女と交友関係を結んでもいいのかもしれん。興味が湧いてきた。
だがまだ彼女の信念の部分が不明瞭だ。
「ヴァレリア殿、貴女が私の事を私以上に詳しいのは理解しました。……一見、先程の話で私の質問に全て答えたように見えます。ですがその芯がまだです。私に興味が出たのは分かりましたが、何故私に惹かれたんですか?」
「あら、あらあら。乙女の口から言わせるんですか?ウフフ。……その答えは、私が心から貴方に尽くしたいと思ったからです。それは古来より淑女に嗜まれたもので、女性の強さ本来からくるものです。私が貴方を支える事が出来たら、貴方の一部はもう私の作品と言っても過言では無いんです、フフ。女性の強さとは男性の視点から見た強さに合わせる事では無く、家庭を守り、支える強さです。屋敷での指揮官は女ですのよ」
あぁ、なるほど。直感的にそう思った。彼女の強さは違いを受け入れる強さなのだ。ブルーノやオリヴィア、ルルワのように、虐げられたり、苦境に立たされたり、ぞんざいな扱いをされても、目の前の彼女を含め、必ず立ち上がる。どうやら俺の惹かれる美しさにはそれが大事らしい。
彼らはその苦境に立たされながら、理不尽だとは決して言わなかった。どのような立場の人間もきっとそう感じる事は山ほどある。しかし彼らは自ら立ち上がった。その生まれや環境に頭を垂れつつも、抗い、自分だけの安寧を得たのだ。誰に下駄を履かされる事も無く、それを払い除けたのだ。だからこそ彼らの強さは目に見えず、死後にすら、その意思は輝き、俺を動かし続けるのだろう。
こんな人々が決して苦境立たされない、優しい世界を作らねばならん。……例え、その道中が血塗られ、悪魔に堕ちる事になろうとも。
……いつの日かオリヴィアに言われた国を恨んでいるのではないかというあの言葉。俺はわざと言わない事があった。勘違いをしてはならないのは、“国”とはそこにある土地や海、空や政府、建物の事を指すのではい。守りたい人々を指すのだ。家族や友人、その隣人までも。
だからこそ、俺は国を恨まない。俺にとって守るべき国はここにあるからだ。
「……ヴァレリア殿。貴女の私を想う気持ち、よく分かりました。……週に数回でも会うところから始めませんか?どうやら貴女は私に詳しい様だが、私は貴女のことを知らない。もっと詳しく教えて頂きたい」
「……!……えぇ!えぇ!喜んで!」
嬉しさが込み上げ、パァと明るくなった彼女の顔は、まるでこれからの道標となるような輝きだった。