第66話 スポーツデイ その2
クラスのテントに戻ると、とても賑やかだった。シュウヤくんたちを囲って盛り上がっている様子を見て、私たちのクラスのチームが1位を取ったようだ。
中心にいるはずのシュウヤくんと目が合い、私は彼にグッドポーズを送った。
彼も同じように返してくれた。
空気のように馴染んでいたつもりだが、ユアさんも私が戻ってきたのに気が付いた。
「ヒマリさん、お怪我は大丈夫ですか?」
「はい!ただ転んだだけなので、問題ないですよ!
この後も出れます」
みんなに安心してもらうように、グッドポーズをした。
「それはよかったですわ!チームが良い流れで来ているので、応援を頑張らないといけませんね!」
「そろそろ着替えに行きましょ!」
ナルミさんがユアさんを呼んでいた。
「そうですね!それではワタクシたちはさっき行っていますね!」
1年生から応援合戦が始まるので、 2人は衣装に着替えに多目的教室へと移動した。私たちも学校から配布してもらった応援グッズを準備し、グラウンドへと向かう。
すると、イブキくんに手を掴まれた。
「さっきはごめん」
不機嫌な態度でいたことに対しての謝罪のようだ。確かに気になっていたが、あんな場面を見たら気まずくなるのは当然だと思った。
「大丈夫!気にしないで!行ってくるね」
私はこの重い空気から抜け出すように他のクラスメイトと共にグラウンドへと向かった。
選手入場口で待機していると、着替え終えたユアさんとナルミさんがやってきた。
2人が選んだ衣装は王道の学ランだった。
だが、気になることがあった。2人とも腕にハチマキを巻いていており、本来は頭に巻くようのものと知らなさそうだった。
私はどうしても目に入りモヤモヤしたので、先頭にいる2人の元へ行った。
「あの、その腕に巻いてるハチマキ、それは頭に巻くものだと思います」
「あら?そうなの?
一緒に用意されていたものだったから、一応身につけてみたのですが、この薄い布は頭に巻くものなんですね」
「私も知らなかった!どうやって付けるのか教えて!」
ユアさんの頭に触れるのは少々抵抗があったので、まずナルミさんにハチマキを巻いてあげた。
「このように巻くんです!」
お手本を見せたが、彼女はちょっと不機嫌そうに頷いた。
「ワタクシにも巻いてください」
「分かりました」
彼女の髪の毛のセットを崩さないように恐る恐る触れる。何とか巻き終わった。緊張の30秒だった。
「ありがとうございます!これで完璧ですわね!!」
「ヒマリありがとう!」
2人に感謝されて、こちらもその衣装を選んでくれてありがとうと言いたくなったが、あまりにオタクな感想すぎたので、心の中に留めておいた。
アナウンスが聞こえて私は急いで後ろの方に戻り、入場が始まった。
ユアさんは威風堂々と応援合戦をし、ナルミさんも負けず劣らず元気な応援でクラスを盛り上げた。
私たちのそんな2人に引っ張られて、クラスが一致団結したような気がした。
私たちの応援合戦が終わり、テントに戻るとみんなはやり切った顔をしていた。
あとはリレー組が真剣な顔で話をしていた。
この良い空気を邪魔しないようゆっくりと座り、他学年の応援を見たが、上級生は気合いの入りようが違く、演奏やパフォーマンスをする生徒がおり、ショーを見たような気分になった。
見入っているとイブキくんに呼ばれて、テントを出た。
「ヒマリ監督から最後にエールを貰いたいと思って呼んだんだ」
イブキくんにそういう風に言われると少し照れるが、みんなも同じ気持ちなのかほぼ同時に頷いていた。
「今までの努力を出し切って、そして楽しんで走ろう!ファイト!」
みんなも「オー!」と士気を高めて、彼らはグラウンドへと向かった。その背中はとても輝いて見えた。
「さっきの凄くよかったね」
振り向くとヨルくんがいた。
「見てたの?」
「ああ!走る前に君の顔を見ておこうとこっちに来てみたんだ。
さっきのを見て、俺も羨ましいって思っちゃったよ」
「なんだか恥ずかしいな」
「俺たちも彼らに負けないように頑張るから応援してね」
「うん。でも、私は自分のクラス応援するからね」
「わかってるよ」
寂しそうに笑った。すると、出場者はグラウンドに集まるようにとアナウンスされる。
「そろそろ行くね」
「ヨルくんもファイト!」
彼はグラウンドに向かって歩き出した。
彼の背中はこれから戦に挑む戦士のようなそんな勇ましさを感じた。
最終競技のリレーが幕を開ける。
選手たちは6人横に並び、合図とともにスタートした。
良いスタートダッシュを決めたのは3年A組だ。リクくんも良い走りをしているが、リードされている。まだ焦るには早いが、彼の走りも普段よりもペースが乱れている。そして、第2走者にバトンパスされた。カナトくんは普段と同じような走りをしており、リードしていた3年生たちに負けずと良い走りをして、持ち直してくれていた。良い流れでタクトくんにバトンが渡され、タクトくんもいつもより良い走りをしているが、ここで2年生が追い上げてきた。ヨルくんのクラスのA組だ。最後の方に徐々に追い詰めてくるスタイルのようだ。ほぼ同時に両者ともアンカーにバトンが繋がり、2人の一騎打ちとなっていた。2人は風を切るようにとてつもない早さで走っていた。
あっという間に半周になり、ずっと僅差のままゴール目前までやってきた。
私はどっちが勝つのかとハラハラとしながらまばたきをすることを忘れるぐらい夢中で2人の走り見続けた。周りは声援を送り、今日1番の盛り上がりを見せていた。
そして、決着がついた。ほんの少しの差でヨルくんが勝った。イブキくんは走り終わったあと、俯いていた。遠くから見ても悔しそうに見えた。
メンバーの3人はイブキくんの元へ駆け寄っていた。
最終競技が終わり閉会式となった。
全生徒はグラウンドに集まり、校長先生が全校生徒の前で結果発表をするようだ。
優勝を逃してしまったと思っていたが、校長が選ぶMVPの生徒に50ポイントというバラエティーのお決まりのような逆転勝ちが出来ることを忘れていた。
「今日は名勝負が見れて、僕たちもみんなの熱さと楽しさを感じることが出来ました。
その中でも僕の目に特に印象に残った生徒にMVPをあげたいと思います。
今日のMVPの生徒は……」
ドラムロールがなり、みんなは祈るように校長先生の言葉を待った。
「今日のMVPは1年B組のユイト・イブキくん」
彼は俯いていた顔を上げて、驚いていた。みんなも彼に注目していた。
「彼を選んだ理由は、やはり最後の走りだね。ヨル・ミズホくんの走りも素晴らしかったが、1年生で彼の走りについていき、ずっと今日1番盛り上げてくれた2人に拍手を送りたい」
2人の走りに拍手喝采が送られた。
「そしてスポーツデイの優勝クラスは1年B組。おめでとう」
流れるように言われて、嬉しさがワンテンポ送れてやってきた。クラスのみんなも大喜びしていた。
「1年B組の代表者は前に来てください」
司会者に言われて、イブキくんが受け取るようにと、ユアさんは指示をしていた。
イブキくんは前に出て、校長先生から優勝の黄金に輝くトロフィーを受け取った。
彼は珍しく嬉しさが溢れてた顔をしていて、私まで嬉しくなった。
閉会式は終わり、大盛り上がりの中スポーツデイが幕を閉じた。
教室に戻ると、イブキくんが教壇の上に貰ったトロフィーを置いていた。教壇がいつもより輝いており、学校のイベントのトロフィーにどのくらいかかっているのだろうと思ってしまった。
彼は席に戻ろうとしていたが、クラスのみんなはMVPの彼を囲って、賞賛していた。彼は普段人に注目されることに慣れていないのか、澄ました顔を装っているが、目を右往左往にキョロキョロと動かしていた。
そんな彼の様子を微笑ましく思った。
リュウ先生とユアさんが一緒に教室に入ってきて、教壇に横並びしていた。奇妙なペアだなと思いながら、イブキくんを囲っていたみんなは一斉に散っていき、席についた。
彼はやっと解放されたのか、ちょっとお疲れモードで座った。
「今日のスポーツデイ、ご苦労だった。
クラスが一致団結し、良い結果もおさめ、とても素晴らしいかった。
ここで委員長のユアからみんなに差し入れを用意してくれた」
「お約束していた通り、アイスをご用意いたしましたわ!
皆さん、1人1つずつ受け取ってください」
ユアさんは保冷ボックスからカップアイスが出てきて、前の人から回されてアイスとスプーンが配られた。
「このクラスが優勝し、MVPであるイブキが中心となってハロウィンパーティーでやることを来週までに決めておくように。
ここでHRは終了とする」
リュウ先生は教室から出ていった。
「アイスが溶ける前に食べてくださいね!食べ終わったカップは教壇の上にあるボックスの中に入れてください」
ユアさんはみんなに呼びかけて、アイスを食べ始めた。
ランダムでフレーバーは配られていたが、私は好きなバニラだったのでラッキーであった。
蓋を開けて、ラベルをめくるとアイスが登場し、スプーンですくい、口へ運ぶ。甘さが口の中に広がり、火照っていた体を冷やしてくれた。
あっという間に食べ終わってしまった。
今日の行動を振り返って何にも貢献していないことに気が付き、私にも出来ることは何かと考えた結果、ユアさんの代わりにゴミを捨てにいこうと思った。
みんなが食べ終わるのを待っていると、隣の席のイブキくんが話しかけてきた。
「ヨルくんを待ってるの?」
「違うよ!ゴミ捨てに行こうと思って、みんなが食べ終わるの待ってるの」
「何で?」
「みんなの役に立つことしたいなって」
すると、彼は首を振った。
「ヒマリは十分俺たちの力になってくれてたよ」
「そうかな」
「うん。君のおかげで良い走りが出来た。とても感謝してる」
「それはよかった」
「そうですよ!ヒマリさんはワタクシたちの力になってくださいましたよ?
だからそんなに肩の力は入れず、優勝出来た喜びで今日を締めくくりませんか?」
ユアさんは私たちの話を聞いていたのか、彼女なりに私を慰めてくれていた。
「ありがとうございます。そうですね!ユアさんの言う通りです!」
「ゴミの片付けはワタクシの執事がやってくれるので、問題ありませんわ」
すると執事さんが教室に入ってきて、みんな食べ終わっていたことを確認してゴミを回収し、教室を出ていった。
「ワタクシ、この後チアキさんと予定があるので、帰りますね!それではごきげんよう」
ご機嫌そうに彼女は教室を出ていった。
時計を見たらまだ15時なので、出かけるのは納得だった。
そういえば、今日は金曜日だからヨルくんとデートをする日だが、彼から何にも言われていなかったと思い、連絡しようとスマホを出し、文字を打つ。
「今、俺のこと、考えてた?」
耳元で囁かれてびくっと驚くと、ヨルくんがいつの間にか来ていた。
「びっくりした?」
イタズラをした子供のような顔で笑った。
「うん。いきなり驚かすからびっくりしたよ」
「ごめんね!でも、君がスマホで誰かに連絡しようとしてたから、気になっちゃって」
「それはあなたに連絡しようとしていたんですよ」
イブキくんは彼を睨むように鋭く言っていた。
「教えてくれてありがとう、ユイトくん」
2人とも口元は笑っているが、目が笑っていない。
「そんなことより!今日はどうするの?」
私はこの空気を変えるため、話を振った。
「ヒマちゃんは足を怪我したから、今日はデート延期しようと思って伝えにきたんだ。君を無理に歩かせたくないからね」
「ただ擦りむいただけだから、そんなに気を遣わなくて大丈夫なのに」
「いいや、こういう小さな傷でも油断大敵だよ。
だから、怪我が治ったら出かけよう」
「わかった!ヨルくんありがとう」
「それじゃあ、寮まで送るよ」
カバンを持とうとすると、彼は流れるように私のカバンを持ってくれた。なんか彼氏みたいだと思った。
「またね、イブキくん」
彼はそっぽを向きつつも手を振ってくれた。そして2人で教室を出た。
「ヨルくんの走り、本当に凄かったよ」
「ありがとう」
「イブキくんとずっと並行で走ってたからどっちが勝つのか凄くドキドキしたよ」
「走ってた俺も正直、ハラハラしてたよ。ユイトくんが早いことは知っていたけど、想像以上だったからさ。でも、君に応援して貰ったから勝てたよ」
「いやいや、ヨルくんとチームの実力だよ。ホントに凄かったし、カッコよかった!お疲れ様!
ーーそうだ!自販機で飲み物奢るよ!リレーの勝利記念」
「いや、いいのに」
彼は珍しく遠慮した。でも、私は彼に何かあげたいと思った。
「いつもヨルくんには助けてもらってるし、ここで何かお返ししたいしお祝いしたいの!
飲み物じゃお祝い感薄いけど、いい?」
少し不安になりながら彼の顔を見ると、嫌そうな雰囲気は感じなかった。
「そうだね、お言葉に甘えて飲み物買って貰おうかな」
「よかった!それじゃあ、自販機コーナーへ行こ〜!」
私たちは昇降口から自販機コーナーへと行き先を変えた。




