第61話 地下アイドル活動
そして、放課後に人間界でヨルくんのライブを見る約束の日になっていた。
私はカバンの中に入れたライブの紙のチケットを確認してから、校長室へ向かった。
ノックをするといつも通りの返事がし、入室する。
「ヒマリちゃん、待っていたよ。
ーーでは早速、人間界へのワープを用意するね。ヨルくんはもう既にあっちの世界に行っているから、君は一人で行くことになるよ。
あと、戻ってくるのは明日の20時までとする。
お父さんにもよろしく伝えておいてね」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
すると壁に黒いワープホールが現れて、私は吸い込まれるようにそこを潜ると、我が家の玄関の前だった。
ライブの時間は18時。現在時刻は16時30分。
あと1時間後にはライブ会場についておかないとギリギリの入場になってしまう。家から会場までは1時間ぐらいなので、急いで最寄り駅に行きたいが、制服のままじゃ目立つので、私服に着替えようと家に入ろうと思ったが、まだ誰も家にいないので鍵はどこだと思いながらカバンを漁ると、カバンの内側のポケットに入っていたので、それで開けて急いで着替えて出発した。
いつの間にかこの世界のスマホもカバンに入っており、おじさんが転移させてくれたのかなと思った。
電車に乗っている間、ヨルくんの地下アイドルでの活動を知るためにSNSを検索する。
だが、肝心なグループ名を聞き忘れていたので検索する方法を考えて、今日ライブ 会場名を入力し、それにヒットしたグループを見る。
すると写真を拡大してみると、ヨルくんっぽい人を見つけた。
グループ名は『IZAYOI』(いざよい)
グループ名にちなんで、16日の週の金曜日に毎月ライブをするグループのようだ。
メンバーの平均年齢は18歳で、ヨルくんいやナイトくんが1番年下で1番年上は20歳の5人組のグループのようだ。
他のメンバーもカッコイイが群を抜いて顔が整っているのはヨルくんだ。
ヨルくんいやナイトくんは最年少ながらもグループ1のビジュアルそして、ファンサービスもよく、チェキ会ではリア恋が爆発してしまうような愛の言葉や対応でファンを落としていくと書かれている。彼に沼ってしまったらもう二度と戻れないらしい。
確かに、今までの行動を考えてもあれをナチュラルでやられてしまったら、沼落ち確定演出だなと納得してしまう。
色々調べていたら会場の最寄り駅まで来た。改札口を抜けて、会場まではスマホのマップを見ながら歩いていたらたどり着いた。
開演15分前のせいか、ファンの人たちは中に入っていてあまりおらず、スムーズに入場することが出来た。
会場はスタンディングのため、私は後方でゆるく見ようとあまり邪魔にならないところに立つ。
前方は満員電車並の密度で埋まっており、みんなペンライトを点灯して、ライブが始まるのを楽しみにしていた。
こういうライブ前の雰囲気はとてもワクワクする。こちらも気持ちがふわっとしている内に会場が暗転し、音楽が鳴り始め、照明がステージに降り注ぎ、ライブが始まった。
ナイトくんを含めた5人はステージ上で輝きを放ち、花火のごとくあっという間にライブは終わっていた。
私は現実のアイドルを見るのは今回が初めてであったが、地下でもこんなにキラキラして見えるのかと感激した。
その間にファンの人はみんな物販ブースに行き、チェキを撮るための券を買っていた。
私もせっかくならと思い、チェキ券を求めて並び、1000円で1枚撮れるようで、安いような高いようなと価格を不思議に思いながら購入した。
ナイトくんの列が1番長く、待ち時間も長そうだった。
だが、チェキ会の時間は1人30秒ほどで終わるからか、あっという間に私の番まで回ってきた。どんなポーズで撮って貰えばいいか分からないまま、ナイトくんの前に来た。
彼は驚いた顔をしつつ、アイドルの顔に戻し、ファンの子に接するようなモードで話しかけてきた。
遠くからじゃ見えなかったが、アイドルのときはメイクもしているのか、いつもより顔が華やかに見えた。
「初めまして。
ーーほら、緊張しないで。リラックス。
俺を見て、そしてカメラのことは気にしないで。ただ俺を見つめていて」
するとチェキは撮られていたのか、ナイトくんはペンを持ってサインと一言をチェキに書いて渡してくれた。
ブースを出て、完成されたチェキを見ると、見つめ合いする写真が出来ており、これはリア恋になる人いるわなと思った。
それに加えて会えて嬉しいという一言と彼のサインが書かれていて、これが1000円は安いなと思ってしまった。
チェキの裏面を見ると、ライブが終わったら会いたいと書かれていた。
外に出ると2部もあるのか、先程のライブも見ていたファンが待機列に並んでいた。
私は1部のチケットしかを貰っていないので、近くのファストフード店で待機することにした。
ライブの時間が50分で、チェキ会は30分ほどなので計80分。
帰り支度をする時間も考えてファストフード店だけでなく他の雑貨屋やCDショップなど適当にぶらぶらしながら2時間ほど待ち、会場に戻ると出待ちをするファンが少なからずおり、これはヨルくんとは会えないと思った。
誰かが騒ぎ声を上げた方を見ると、私服に着替えたメンバーが会場の裏口から出てきて、早歩きで夜闇に消えていった。
彼らからしたらいつものことなのか、と大変に思いながら私は家に帰ろうと電車に乗った。
最寄り駅に着き、ヨルくんに連絡しようとあっちの世界のスマホを見ると、ヨルくんから連絡が来ていた。通知にはどこにいる?という文字が表示されていた。
ヒマリ:会場で会えなくてごめんなさい。最寄り駅に着いたよ。
それだけを送り改札口を出た。駅を出ると、金曜日のせいか普段よりも人が多いような気がした。
家の方に歩き始めると、私の名前を呼ぶ男の人の声がした。その方向を見ると、変装をしているヨルくんが近づいてきた。
「何でここに!?」
「校長からヒマリの家の住所は聞いていたからね!」
(おじさんよ、いくらヨルくんが婚約者だからって口が軽すぎるよ)
「とりあえず、ヒマリと合流出来てよかった。
お腹空いたから、ファミレスでご飯食べよ?」
その提案に頷き、駅の近くのファミリーレストランに入店した。
ファンの人がいないか周囲を見たが、グッズを持っていそうな人はいなかったので、ちょっと安心した。
「何頼む?ヒマちゃんはお腹空いてない感じ?」
「そうだね、とりあえず飲み物だけ頼むよ」
「おっけー!俺はパスタ食べようかな!あと、シェア出来るようにポテトもいっちゃおう」
注文し終えて、彼の顔を見るとライブ終わりのせいかいつもより輝いて見えた。
「どうしたの、俺を見つめて。
ーーまさか、惚れちゃった?」
(息を吸うように自然とそんな言葉が出てくるなんてもはや彼は天才である)
「違うよ!ただヨルくんは凄いなって尊敬して見てただね」
「ありがとう。ちなみにどの辺が尊敬出来るの?」
「アイドルやっているときは本当にキラキラしていて、普段のヨルくんよりも華やかさがあって、カッコよかった。そして、チェキ会ではファンの子みんなを喜ばせるという凄技をしていて、本当に凄いよ。これを毎回やっていると考えると、私だったら出来ないなって思ったから尊敬するよ」
「そんな風に思ってくれてたなんて嬉しいな」
彼は普段はしないような柔らかい表情で言った。
すると、ヨルくんの頼んだものが運ばれてきて、テーブルの上に並んだ。
彼は手を合わせて挨拶をし、フォークを持ち、パスタを巻いて口に運んでいた。
「安いのに美味いのって最高だよね」
「うん!確かに、あっちの世界だとパスタは気軽に食べない気がする」
「そうだね、レストラン行かないとなかなか食べないし、ヴァンパイアはトマト系が好きでだいたいトマトソースのスパゲッティしかメニューにないんだ。
だから、この世界に来ると色々なソースののったスパゲッティが食べられるのはとても楽しいよ」
彼は嬉しそうに語った。
ふと、彼の発言で気になった安いのに美味いという言葉が引っかかり聞いてみる。
「ヨルくんってユアさんと同じミズホ家なのに、安いとか高いとかそういう金銭感覚あるんだね」
「確かに、俺みたいな御曹司はそういう感覚ないかもね。でも、俺地下アイドルやってるじゃん?
親に秘密でここに来てるから、最初やってきた時はお金がなかったんだ。それで、お金を稼がきゃと思ってた時にスカウトされて、地下アイドルになったんだ」
「なるほど。そういうことか!
ーーでも、何で地下アイドルになったの?」
すると、彼は急に悪い顔で笑った。
「知りたい?」
「もちろん!気になるもの!」
「それじゃあ、ポテトをあーんして食べさせてくれたら、教えてあげる」
彼が急に変なことを言うので、唾が気管に入り、むせる。
「大丈夫?」
彼は心配そうに見つめた。
大丈夫ではないが、大丈夫とグッドポーズをした。
無事に咳はおさまったが、動悸はおさまらない。
「それで、あーんしてくれるの?くれないの?」
そんな小悪魔な感じで言われても困る。だが、ここまで来たら気になるので、ポテトを1つ持ち、彼の口に運んだ。
「よく出来ました」
誰にも見られてないはずだけど、何故か恥ずかしかった。
「俺が地下アイドルになった理由は面白そうだったからだよ」
「面白そうだった?」
「そう!俺の住んでた世界にはない職業だったし、人を喜ばせるのって凄く楽しそうだったから始めたんだ。
最初はもちろん凄く大変だったよ。まず、アイドルっていうものを知らなかったから色々映像とか見たりしながら研究して、俺が出来そうな感じを探したり、ファンの子が喜ぶことって何なんだろうなとか思ったり、色々考えることは多いけど、ステージに立って、ファンの前でパフォーマンスするのが楽しいんだ。それで、僕の言葉や歌やダンスで喜んでくれるファンを見ると、とても嬉しいなって思って、学生のうちは地下ドルやっていようかなって思ってるんだ。
でも、アイドルって恋愛禁止じゃん?婚約者を作れって親はうるさいから、この活動に理解がある子が婚約者になればいいなって思っていたら、君が現れたというわけさ。
ーーだから、君が僕の婚約者になってくれて本当に嬉しいし、感謝してる。
ありがとう」
彼は私に頭を下げた。すぐに彼に頭を上げるように言った。
「理由を話してくれてありがとう」
私は彼に感謝を述べた。
彼は地下ドルを続けたいから、それに理解がある婚約者を探していたのかと考えたら、確かに普通に考えたら拒否されるだろうな。
私も最初はほとんど理由も聞かずにというか、脅されて承諾してしまったものの、意外とヨルくんと2人でいる時間は楽しいので、受け入れてよかったとも思い始めている。
「でも、1つ謝りたい。婚約者になって欲しいからという理由で脅してごめん。
そうでも言わないと君は逃げてしまいそうだったから、あのような言い方になっちゃったんだけど、あの後ずっとあんなこと言わなきゃよかったって、ちょっと後悔してたんだ。今更謝っても遅いけど、謝らせて欲しい」
再び彼は私に頭を下げた。
「確かに、脅してきたのはちょっとズルいと思ったし、何にも情報もなくて色々と大変なことは多いけど、でも、ヨルくんといるのは楽しいから、許してあげます!今後は絶対に脅さないでね」
そう言うと、彼は顔をあげて頷いた。
「ありがとう、ヒマリ。君はやっぱり最高だよ」
そう言うと、彼は急に席を立って私の隣に座り、左の頬にキスをした。
やりたいことは終わったのか、また向かい側の席に座り、スパゲッティを食べ始めた。
キスをされた頬はとても熱く感じた。
何事もなかったように私もドリンクを飲み、今の熱を冷やさそうとコップを空にした。




