第60話 人気者
朝になり、鏡で顔を見ると昨日のほっぺたの腫れは治っていた。
治っててよかったと安心しながら、朝の支度をする。
寮の出入り口がいつも人が多く、騒がしいことを不思議に思いながら出ていくと、ヨルくんが誰かを待っているようだった。
そういえば昨日、毎日送らせて欲しいとか言ってたことを思い出した。
ただヨルくんは私が想像していた以上に生徒から人気があることを知った。
人の視線が気になりながら、気配を消して恐る恐る彼に近づくと、彼は私のことに気が付いたのか、ニコッと笑ってこちらに手を振った。
周りはキャーと歓声をあげて、彼はこちらでもアイドルのようだった。
人混みをなんとか掻き分けて、やっと彼の元にたどり着いた。
「おはよう!ヒマちゃん」
「おはよう、ヨルくん。
ここだと目立つから少し歩こう」
彼は軽く頷いて周囲にいた女子たちに手を振ったら、さりげなく私の左手を握って歩き出した。
寮から学校まではどんなにゆっくり歩いても10分もかからない。
だが寮から離れると静かになり、朝の清々しい空気を感じられるようになった。
「朝から君に会えて嬉しいよ」
朝から胃もたれするような発言をする彼に私は軽く受け流す。
「はいはい」
「ヒマちゃん冷たいな〜。でも、こういうこと言ってくれて内心嬉しいと思ってるんでしょ?」
彼は私の頬っぺを人差し指で軽くツンツンして聞いてきた。
「頬っぺたの腫れがひいたようでよかった」
先程までのおチャラけモードから急に真面目なトーンで話す彼に温度差を感じながら、助けてもらったお礼を言った。
「助けてくれてありがとう」
「お安い御用だよ」
優しく微笑む彼に少し心を許してしまいそうになった。
「さて、そろそろ学校に行こうか?」
エスコートするように手を出して誘ってきた彼に私もお嬢様のように手を取る。
彼は私がこれに乗ってくるとは思わなかったのか、少し驚いた顔をしつつ、嬉しそうに口角を上げて笑っていた。
少し歩いたらあっという間に昇降口にたどり着き、靴を履き替え、下駄箱の近くでヨルくんとお別れをする。
「ここで別れちゃうの?」
「クラス違うし、わざわざこっちまで来てもらう必要ないよ」
(彼が来ると大変目立つので来て欲しくはない)
「ーーいや、最後まで見届けるよ」
彼の言葉は少々強引だけど優しく私の手を引き、クラスの前まで送って貰ってしまった。
歩いている最中も視線は私たちに集まっていた。
クラスに入ったのを見届けると、彼は手を振って、消えていった。
斜め前の席のナルミさんは興味津々そうに私を見ていた。
「愛されてるね〜!」
ニヤニヤしながら話す彼女に私は「いやいや」と言って否定する。
「でも、わざわざクラスまで送ってくれるのは優しいよね?」
そこは否定出来ず、頷いた。
「彼氏がヨルさんなの羨ましいな」
「どうして?」
ナルミさんが言うのは珍しいなと思い、思わず聞いた。
「えー、だって、まずはイケメンで、優しくて、家柄も完璧で、ヴァンパイア族なのもポイント高いよね。ゾンビ族からしてもヴァンパイア族と接点持てるってことはなかなかないことだから、憧れるよ。
しかもさ、あのミズホ家でしょ?将来が約束されているようなものだよ?それで、そもそもヨルさんって2年生の間ではとても人気だからさ、まず婚約者になれただけでホントに凄いよ!!」
ヨルくんってハイスペックな人だということをすっかり忘れていた。
今更ながら、とんでもない人の婚約者になってしまってちょっと、いやかなり後悔していると、隣の席のイブキくんはどこか行ってしまった。
「ヨルさんと上手くいくといいね」
彼女に明るく言われるとチャイムが鳴り、朝のHRがはじまった。
その後もお昼ご飯を食べにみんなで食堂に行ってもやけに注目されて、ご飯が食べずらいし、放課後はヨルくんが迎えに来てくれて、また目立ちながら寮に戻る日々が続き、私は学校で休まる時間が無くなっていた。
だが、この前のように絡まれることはなかったので、そういう意味では平和な時間も過ごせてはいた。
そして、金曜日の放課後に人間界でヨルくんのライブを見る約束の日になっていた。




