第57話 質問
右手の甲にはまだ先程の熱が残りつつも、カフェに向けて歩き出していた。
どんなことを聞かれるのかと色々と脳内でシミュレーションしながら歩いていたら、あっという間にたどり着いた。
ここに来るのは夏休み前に来た以来なので、割と久しぶりだった。
ドアを開けると、いつもの店員さんが2階に案内してくれた。
2階に着くと、みんなは既に勢揃いしており、ソファーに座って談話していた。
私が来たのに気が付くとユアさんが手招きして、隣に座るように横をトントンと叩いた。
私はユアさんの隣に座った。その様子を見て、ユアさんは口を開いた。
「早速ですが、ヒマリさんに聞きたいことがある方はいますか?」
みんなに尋ねているが、誰も手を挙げない。
「まずはユアが聞きたいだろ?」
シュウヤくんはユアさんの気持ちがわかったのか、そう発言した。彼女は「その通りですわ」と強く頷いた。
「ワタクシからまずは質問させてください」
隣に座るユアさんにまっすぐな目で見られて、私はそのまっすぐさにあてられ頷いた。
「ありがとうございます。
ーーそれでは、何故ヨルと婚約を結んだのですか?」
「この前の別荘で偶然、朝にヨルくんと会って、そこで話したら凄く話が弾んで楽しかったからです。そこで婚約者になる人を探してるって言われて受け入れました」
流石に脅されたことは言えないが、正直な経緯をみんなには話した。
「安易すぎる」
イブキくんは心の声だと思わしきことをそのまま発言していた。
「ユイト、ハッキリ言いすぎだ」
シュウヤくんに注意されていた。
「ごめん。
でも、俺、そんな理由でヒマリが婚約を受け入れたなんて、許せない」
「ワタクシもですわ。その理由でヒマリさんが受け入れるなんて信じられませんわ。
もしかして、彼に何か言われたとしか考えられません。
ーーそうではありませんか?」
やばい。彼女にというか、おそらくみんなにバレている。だが、ここで負けてはいけない。
どう返そうかと考えていたら、階段から誰かが上ってきた。
私の婚約者であるヨルくんがそこにいた。
「ヒマちゃん、お待たせ」
なんでそんなタイミング良く登場してくるんだ。
「ヨルくん、どうしてここに?」
「ヒマちゃんに会いたくなって来ちゃった」
彼はアイドルのようなキラキラセリフをキメ顔をして言った。みんなは冷たい視線を向けている。
「立ち話もあれですから、座ってください」
ユアさんは空いてる席に座るように言い、このアウェイな空気感の中、彼は余裕の表情で座った。
「それでは、先程ヒマリさんにも尋ねたことをあなたに聞いてもいいですか?」
「もちろん」
「何故ヒマリさんと婚約を結んだのですか?」
「ヒマちゃんと話してて面白いと思ったからだよ」
「そんな理由で?」
「ああ、俺の直感がビビっと来たんだ。
一目惚れしたんだよ」
答え方が上手で私の答え方がとてつもなく下手くそだったことに気が付いた。
みんなもその答えに反論する者はいなかった。
「他に俺に聞きたいことはないの?」
ヨルくんはみんなを煽るように逆に質問をしていた。
すると、シュウヤくんが手を挙げた。
「まだ知り合ったばかりだから、ヒマリのこと傷つけるようなことしないで欲しい」
「もちろんだよ。俺はヒマちゃんを悲しませるようなことはしないよ」
するとイブキくんも手を挙げた。
「本当にヒマリのこと好きなのか?」
ド直球に投げた質問にヨルくんはどう答えるのかと、ワクワクとヒヤヒヤが混ざった気持ちで彼を見つめる。
「これからたくさんヒマリのことを知っていって、愛を深めていくんだよ」
何でそんな完璧な答えが出来るんだろうと思うぐらい彼から出てくる言葉は説得力があった。地下アイドルをただやっているから出てくる訳ではなく、しっかりと愛そうとする姿勢や気持ちが日頃からあるから自然と口に出せるのかもしれない。
これにはイブキくんも言い返せないのか、黙ってしまった。
「これで質問は終わりかな?」
「……」
「最後によろしいですか?」
彼は余裕な表情で頷いた。
「ヒマリさんとは本当に婚約なさるのですか?」
「それはまだ分からない。
だけど、そうなるように関係を紡いでいくのさ」
すると、彼は立ち上がった。
彼は私を見て、何かの合図をする。
「それじゃあ、俺たちは帰るよ」
「俺たちとは?」
ユアさんは質問返しをした。
「俺とヒマちゃんだよ」
すると彼は私の手を握って、彼に引き寄せられた。
「それじゃあ、俺たちはお先にね」
私は彼に引きずられるようにここを去った。みんなの顔はヨルくんを敵として見るような鋭い視線で見ていた。みんなのあんな怖い顔を見るのは初めてで次会った時にどんな顔であえばいいのか分からない。
だが、この状況の方が危ない。
カフェを出ると日は落ちており、近くの公園で散歩するようだ。
「ヒマちゃんは、ユアの質問を上手く返せなかったでしょ?」
私は思わず足を止めた。
「何故それを……」
「みんなの顔と君の困った顔を見たら分かったよ」
彼の観察眼は鋭いようだ。
「俺が来たタイミングバッチリだったでしょ?」
「うん」
「君が困るのは予想がついていたから、急いで校長との話を終わりにして、こっちにやってきた訳さ」
「流石はヨルくんだね」
「いやいや、俺は当然のことをしただけさ」
「でも、ありがとう」
私は彼に頭を下げる。彼に「顔を上げて」と言われ、彼の顔を見ると綺麗な顔をしていた。
「君の素直さを俺にも分けて欲しいな」
「そうかな?私もヨルくんの巧みな言葉選びを真似したいよ」
「俺のワードセンスを褒めてくれて嬉しいよ」
「ホントに凄いと思ってるし、羨ましい」
「ありがとう」
すると、彼は私の手の甲にキスをした。
「え」
「感謝のキスだよ。本当は口にしたいけど」
「え」
「冗談だよ」
彼は優しく笑った。
「次は俺のライブに来てよ」
「行っていいの?」
「うん、チケット取ってあるから、来週来てよ。
安心して、校長からも許可は得たから」
すると、彼はカバンから紙のチケットを渡してきた。
「待ってるよ」
すると、ゆっくり歩き出した。
彼は女子寮まで送ってくれた。
「またね」
「またね」
あっさりと挨拶をし、私は部屋に戻った。




