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第56話 噂の的


今日から2学期が始まる。

学校が始まることに少し憂鬱さを感じながら校舎に入ると、通りすがる人から見られているような視線を感じる。


何かやってしまったのかと考えながら教室に向かう途中、大きいことが身に起きていたなと他人事のように考えて、すっかり頭から抜け落ちていた。

婚約者が出来たことはまだ誰にも伝えていない。おじさんには今日の放課後伝える予定でいるので、いとこであるユアさん以外は誰も知る人はいないだろうと思いながら、教室にたどり着き入ると、クラスにいた人はこちらを興味津々に見ている。

普段は優雅にやってくるユアさんたちも教室におり、これはもしやみんなに婚約者のことが知られているのでは?という確信のような直感が働いた。

私は動揺せず、平常心で友達に挨拶をする。


「みんな、おはよう!」


すると、ユアさん以外の4人は普段と同じように挨拶を返してくれるが、ユアさんだけは少し不機嫌そうに唇を尖られせていた。


「ヒマリさん、何故ワタクシたちに教えてくださらなかったんですか?」


彼女は少し怒っていそうで、悲しそうな声で尋ねた。

何だか悪いことをしたような罪悪感に襲われた。


「それは……。

ヨルくんに秘密にしようと言われたので、守っていました」


素直に話すと、私の言葉を信用してくれたのか、普段の顔に戻った。


「なるほど。わかりました。

ーーそれなら、あの男にこの悲しみをぶつければいいのね」


ユアさんは少し悪い顔をして、笑った。その顔は悪魔的ではあるが、可愛い。そんなこと言ってる場合じゃない。

彼女とヨルくんとは反りが合わないように見える。というか、ユアさんがヨルくんのことを苦手なのかと思う。苦手な理由は知らないが、ヨルくんは確かに心の中が読めないので、何を考えているか分からないという点では苦手な気持ちも分からなくもない。いつか彼女に聞いてみたいなとか思いつつ、今はこの問題がみんなに知られていたことが気まずい。特にイブキくんとシュウヤくんには私がちゃんと振った訳ではないのに、婚約者なんて作っていたことなんて知ってしまったら、私は浮気者で嫌われる。それが知られてしまったので、彼らは私と距離を置きたいだろう。


「ヒマリさんに聞きたいことは山ほどありますので、放課後私たちに時間をくれませんか?」


これは昼食を一緒に食べつつ、色々と聞きたいのだろう。


「分かりました。でも、放課後はすぐに校長先生の所へ行く約束をしているので、それが終わってからでも大丈夫ですか?」


「構いませんわ。それでは、ワタクシたちは先にカフェで待っていますわ。

放課後、いつものカフェに集合いたしましょう」


彼女の提案にみんな各々返事をし、席に戻った。

頭の中でどんなことを聞かれるのかとずっと考えていたら、あっという間にHRと始業式が終わり、放課後となった。今日はお昼前で終わった。

私はすぐに校長室に向かうため、1番最初に教室を出た。


久しぶりに校長室にやってきた。

相変わらず立派なドアに少し緊張しつつ、ノックをする。


声がするとドアが開き、入室する。

おじさんは普段と同じような穏やかな雰囲気で招き入れてくれた。


「ヒマリちゃん、久しぶりだね!

夏休みは謳歌出来たかな?」


「はい!楽しめました!」


「それはよかった。

ーー早速だけど、質問してもいいかな?」


私はこくりと頷いた。


「ミズホ・ヨルとの婚約をしたようだけど、それはどうしてかな?」


単刀直入に聞かれて、私の心臓はドクりと動いた。これはみんなに聞かれることだと分かっていたので、予め考えておいた答えを話す。


「ユアさんの別荘へ遊びに行って、彼とはそこで出会ったのですが、話してみたらとても馬が合い、そこで彼に惹かれて彼から婚姻の約束をして欲しいとお願いされて、私が受け入れました」


「なるほど」


彼は静かに相槌を打った。

少し沈黙が訪れて、次に何を聞かれるのかと緊張が走る。


「わかった。次は彼に話を聞いてみようと思う。

この後、来るはずだけど、君も立ち合うかい?」


「この後は約束があるので、すみませんが、お断ります」


「そうか、友達と過ごすのは良いことだから、謝らないでいいよ。

いってらっしゃい」


「ありがとうございます!いってきます!」


おじさんとの会話は温かく、想定していたよりあっさりと終わった。校長室を出て、少し安心した。

教室に戻ってる最中、ヨルくんとばったり会った。


「ヒマちゃん!元気だった?」


その呼ばれ方に慣れず、むず痒さを感じる。


「私は元気だよ!ヨルくんは?」


「俺も元気だよ。でも、君に会えなくて寂しかったよ」


彼はさりげなく私の左手を握った。

だが今、周囲には人もいないので、サービス営業はいらないと思い、手を離す。


「ここには私たち以外はいないので、演技しなくても大丈夫だと思います」


「こういうのは日頃からしておかないと、咄嗟に出来ないものだと思うよ」


確かに彼の言い分は正しいが、普通に恥ずかしい。


「ヒマちゃんは恋愛初心者だったよね。いきなりハードル高いかもだけど、俺がリードするから、君は俺に委ねればいいんだよ」


「それはありがとうございます?」


すると、彼は空気が抜けるように笑った。


「俺さっきカッコつけたんだけど、全然君には刺さらなかったみたいだね!

ーー君って、変わってるね!」


「そうですか?」


「うんうん、俺は君のこと結構気に入っているよ。君は俺のこと全然信用していないみたいだけど」


何故バレてると思ったが、それが顔に出ていたのか、彼はまた笑っていた。


「そろそろ俺も校長室に行かないと。


ーーヒマちゃん、また会おうね」


彼は優しく笑いかけた。私はその甘い顔に心が溶かされそうになりつつも、簡易な返事をした。


「うん」


すると、彼は私の手の甲にキスを落とした。

その行動に驚きつつ、彼は私の顔を見て楽しそうに去っていった。

一瞬思考が止まり、今の時間に気を取られている場合ではないことを思い出し、再び歩みを進めた。

私がカフェに着いたのは放課後になってから、30分が経っていた。

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