第38話 予約
今日はイブキくんとお出かけをする日である。
だが、昨日突然シュウヤくんに告白をされて、いまだに気持ちが落ち着かず、あまり眠れなかった。
いつもよりコンディション悪めの中、昨日の夜にイブキくんから集合場所と時間が送られてきたので、そこに向かうためそろそろ準備を始める。
集合場所は女子寮の前で、時間は11時である。
私服をあまり持ってきていないので、前回と似たような服装になってしまうのが、まあしょうがないと諦める。時計を見ると集合時間の7分前なので、部屋を出ていく。寮を出ると、すぐにイブキくんを見つける。彼に駆け寄り、挨拶をする。
「おはよう!」
「おはよう、ヒマリ」
今日の彼の私服もまた全身黒だった。イケメンだから、そういうのも似合うのはずるいなと羨ましく思う。
「今日は何をするの?」
彼に尋ねると怪しく笑いながら、内緒と言うように口元の前に人差し指をあてる。
「少しだけでいいからヒント!」
「外で楽しむことだよ。
ーーそろそろ行こうか」
なるほど。外で楽しむとなると、この前みたいにピクニックとか遊園地的なものかなと予想する。
にしても、この世界の夏はそんなに暑くなくて本当に生きやすいと思う。私の世界の夏じゃ、クーラーの中でしか生きられない。
こうやって外に出て、楽しめることに感謝しないと思い、彼の後についていく。
学園通りを北にしばらく進むと、庭園のような大きな場所が目の前に現れる。
「ここは?」
「ここはフラワーズパークだよ。
季節によって咲いている花も違くて、来る度に楽しめるところだよ」
「へぇー!素敵だね!」
あちこちに咲いているお花に目を惹かれる。
夏だからか、ひまわりがメインで咲いているようだ。
こんなに間近でひまわりを見るのは初めてかもしれない。
こんなに立派に咲いているんだと、よく見てしまう。
するとカメラのシャッター音がし、音のした方を見ると、イブキくんはお花の写真を撮っていた。私もスマホを出して、写真を撮る。
カメラのフィルター越しにイブキくんとひまわりを見ると、なんだか現実味がなくて映像の世界のように見える。その瞬間を現実だと確かめるように切り取る。
「ヒマリ、今、僕の写真撮ったよね?」
「うん!よく撮れたよ」
私は彼に撮った写真を見せる。
彼は写真を見ると、嬉しそうにしている。
「本当だ。これとても素敵な写真だから、後で送って欲しい」
「了解!」
他にもキキョウやサルビア、沖縄やハワイで咲くイメージのハイビスカスが咲いていた。
最後にローズ広場と言わんばかりに下も横もアーチも全てバラで埋め尽くされた空間がある。色もさまざまで赤、白、黄色、青色のバラが綺麗に埋められている。
とても美しい空間だ。今でいう映えスポットで、あっちの世界にもこのような美しいバラ園があるのなら、この夏休み期間は人で溢れかえりそうだ。
「すごいね」
「うん。ここが一番のここの名所みたい」
名所なのは納得である。スマホを手に持ち、色々な角度からたくさん写真を撮る。
イブキくんとバラの組み合わせは言わずもがな、お似合いだ。ここにユアさんやシュウヤくんたちもいたら、みんなめっちゃ良く撮れそうとか思う。私の中で、ヴァンパイア=赤いバラのイメージが強いから、いつかバラを持ってもらって撮影したいな。
「イブキくん、そのまま赤いバラの前にいて」
「わかった」
「動きは止めずに自然な感じでバラを見ていて」
彼は私の指示通り、いやそれ以上にバラを愛おしそうに見つめる。
その場面を写真を撮る。乙女ゲームのスチル並みに良い写真が撮れてしまい、これはSNSがあったらバズりそうなぐらい素敵な写真が撮れる。これはあとで印刷しよう。
「撮り終わった?」
「うん!どうかな?」
彼にも写真の出来栄えを確認してもらう。
「これが僕?」
「うん!すごく素敵に撮れたでしょ?」
「ああ。とても、僕じゃみたいだ。
こんなに良く撮ってもらったのは初めてだよ」
「そんな大袈裟だな〜!」
「本当だよ。これも後で送って欲しい」
「おっけー!」
その後もしばらくバラの写真を満足するまで撮り続ける。
撮影したり、見ることに夢中になっていて、いつのまにか手から血が出ていた。棘にでも当たったのかと急いでハンカチで血を拭く。
先ほどまでイブキくんは少し離れたところにいたのに、とても近くにいた。
「すごく良い香りがする」
これはまたヴァンパイア特有の血の匂いレーダーに引っかかった。
急いでこの空間から出ようと出口を探す。
すると、彼に手首を握られる。
「この手からすごく良い匂いがする」
血を拭いたのにまた出てきていた。
彼はその部分を舐める。
「離して!!イブキくん!!」
聞こえていないのか、もう一度舐める。流石にこれはまずい。
「イブキくん!!」
強く呼んでも吸血モードの時はダメなようだ。
とりあえず、前にシュウヤくんをビンタして目覚めさせたので、同じように彼の綺麗な顔にビンタを食らわせる。
「ごめんね!」
するとビンタが効いたのか、頬を押さえて、私の名前を呟く。
「ヒマリ」
「戻った?」
彼は勢いよく私を抱き寄せる。
「ごめん、ヒマリ」
「大丈夫だから、一旦離れて」
「安心したいから、もう少しだけこのままで」
私を抱き枕と勘違いしているのだろうか。いや、イブキくんも前から私に割と好意があ?ように見える。シュウヤくんが昨日私に告白したことも知っていたら。ここは早く離れないと。
「ごめん、離して欲しい」
「わかった」
「こういうことは恋人でも無い人とはしないものなんだよ。勘違いしちゃうから」
「ヒマリは……勘違いしてくれた?」
「え?」
その言葉の意味はそういうことなのか。
「僕のこと少しでも意識してくれてるってことだよね?」
「いや、全然!意識なんてしてないよ!ただの友達!それ以上なんて考えてもない」
はっきりと伝えてしまい、ハッとする。
「僕はヒマリと友達に以上になりたいって思っているよ」
「え?それって……?」
「僕はシュウヤと違ってまだ告白はしないよ。だけど、告白はするつもりでいるから、まだ待っていて」
これって告白予約?
告白って予約制度があるの。
いやいや、待て。イブキくんはシュウヤくんが私に告白していたことを知っていることに驚きだ。でも、イブキくんも私が好き。ちょっと待って。全然意味がわからない。
これって少女漫画のヒロインみたい。
夢ではないかと思い、ほっぺたをつねる。痛い。夢ではないようだ。
「何でほっぺをつねっているの?」
彼は心配そうにこちらを見る。
「いや、今のこの状況が夢じゃないか確認してた」
そう伝えると、彼は私に顔を近づける。
近くて直視できず顔を背けると、彼の両手によって顔を固定される。
彼の紫色に輝く瞳がこちらを真剣に見つめる。
「これが夢だと思う?」
流石にこの破壊力はやばい。
「ううん」
「……してもいい?」
あえて言わないのは反則だが、甘い流れにこのまま身を任せてしまったら、戻れない気がするので、ダメと答えなければ。
私と彼では住む世界が物理的に違う。この学園を卒業したら、みんなには会えなくなるのだから、絶対に好きになってはいけない。
そう思ってる内に、彼はゆっくりと顔を近づけてきて、キスをしようとしている。
顔を固定されているので、避けることができない。
どう避けようと思った時、自分の手で口を塞げばいいと思いつき、手で口を塞ぐ。
彼は私の行動に驚いたのか、顔から手を離した。
そして、悲しそうに笑う。
「……ヒマリの気持ちはわかった。
ごめんね、まだ早かったみたいだね。
ーーでも、まだ僕は君を諦める気はないから、いつか好きになってもらうように頑張るよ」
彼は私に背を向けて、歩き出した。
私もこれに答える言葉が見つからず、彼の後を追う。
しばらく無言でフラワーズパークを歩く。
すると、私のお腹が鳴る。タイミングが気まずいが、私の腹の虫はもう一度声を上げる。
すると彼は後ろを振り向き、笑っている。
「そういえば、まだお昼ご飯食べていなかったね」
「そうだね」
「近くにレストランがあるから、そこで食べよう」
彼の提案に賛成し、ご飯を食べに向かう。




