第32話 ユアさんの幼なじみ
チアキくんとユアさんのパーティーは無事に終了し、メインイベントがない6月となった。
6月といえば梅雨シーズンのはずなのだが、この世界に来て、全然雨が降らないことに気が付いた。6月に入っても雨が降らないので、どうしてだろうと思いつつも、夏が近づいているからか外気温は日に日に高くなっており、制服が衣替えの季節にもなった。
夏はジャケットを羽織らずに、夏仕様のスカートと黒い半袖のシャツに赤色ネクタイをするスタイルである。普通の学校じゃ、黒いシャツなんて着ないので、そこはアンデッドの学校らしさと黒は無難で着やすいなと思いながら、このクラスにも少しずつ慣れてきた。
そんなある日、隣のAクラスの人がユアさんを呼び出していた。
彼女を呼び出した相手とは、パーティー後に噂になっていた彼だろう。
その噂というのは、ユアさんには幼なじみのヴァンパイア族の男の子がシュウヤくんの他にもいたらしく、その子は隣のAクラスにいるフータ・タマキという少年である。
彼は小学生時代からユアさんと家族ぐるみで仲良くしていたらしいのだが、ユアさんのことが好きだと彼女には告白しないまま過ごしていたそうだ。
そしてこの前、チアキくんとの婚約発表を会場で聞いて、ショックを受けて学校を1週間も休んだそうだ。失恋で寮にずっとこもっていたのかなと想像する。
そして、今週になってまた学校に戻ってきた。
朝のHR前にフータくんはBクラスに来て、ユアさんを呼び出した。放課後に2人で話したいと言われたらしく、今はお昼休みでみんなで食堂に向かうと、ユアさんが噂の的のせいか、すれ違う人みんな絶対彼女を見ている。
彼女はその視線に慣れっこなのか、いつもと変わらずに堂々と歩いている。私はそんな彼女を見て、かっこいいと思う。
食堂でいつものセットを頼み、席に着くと、周りで食事をしている生徒もやけにこちらを見ているような気がする。
みんなも席に着き、食べ始めるが、普段こんなにも視線を浴びることがないので謎に緊張をし、食事が進まない。
「ヒマリさん、大丈夫かしら?」
ユアさんは心配そうにこちらを見る。
「大丈夫ですよ!」
作り笑いをし、誤魔化す。
「なら、何故そんな浮かない顔をしているの?」
私のメンタルの弱さが問題なだけなのに、みんなには迷惑をかけたくない。
周りにいる4人も食事の手を止めてこちらを見る。
これは正直に話さないといけないムードを感じ、みんなを見る。
「そんなに大したことではないんだけど、今日みんなユアさんを注目しているからか、その視線が私たちにも向けられているこの状況に慣れてだけだから、みんな気にしないで」
心配しないでほしいと思い、安心させるように伝えた。
「分かりましたわ」
彼女はそう言うと席を立って、食堂にいる人たちの視線を自分に向けさせる。
「皆さん、ワタクシのことが気になるのなら、ワタクシに堂々と質問をして欲しいわ。
何もないのなら、やめてくださると嬉しいわ」
彼女は笑顔を向けているが、口調はいつもより棘があるような言い方だった。
みんなの先ほどまでの興味の視線は一気に散っていく。
彼女は私の言葉を気にしてそのように言ってくれたのだろう。とてもかっこいいし、本当に素敵な人だ。
「ユアさんありがとうございます!!」
「お礼を言われるようなことはしてないわ」
「いやいや!お礼には程遠いですが、私のプリンあげます!」
私のトレーにのっていたプリンを彼女のトレーに置く。
「いいのですか?
ありがたくいただきますわ」
彼女は早速私のプリンを口にし、優しい笑顔をこちらに向ける。
私も嬉しくなると急に食欲が戻り、食べ始める。
そしてお昼休みは終わり、あっという間に放課後を迎える。
私たちのクラスにフータくんはやってくる。
「ユア、来てくれ」
ユアさんは教室を出ていき、彼の後についていった。
私たちもついて行きたいところだが、野暮なので教室で待機する。
「イブキくんはもう帰る?」
「ヒマリはどうするの?」
「私?もう少しだけ教室に居ようかなって思ってるよ」
「なら、俺も一緒にいるよ」
「シュウヤくんたちは?」
彼の席の周りで話している、ヒナタくんとタクトくんにも尋ねる。
「今日は俺がユアを送っていく日だから、ヒナタとタクトに先に帰るように言っていたところだ」
ヒナタくんは不満そうに頬を膨らませる。
「せっかく面白い、いや気になることがあるのに、このままじゃ帰れないよ!!」
ヒナタくんもユアさんとフータくんの会話が気になるようだ。
「俺は別にもう帰っていいと思ってるけど、こういう時のヒナタは何を言っても聞かないから、俺とシュウヤで先に帰ろうかと話そうとしてたところだ」
タクトくんは呆れるように話す。
「そうだったのか。わかった。
今日はヒナタに任せる。明日はヒナタだが、俺が明日見送りをする。
ーーそれでいいな?」
ヒナタくんはその提案に即頷き、嬉しそうにしている。
「それじゃあ、俺たちは先に帰るよ」
タクトくんは肩にカバンをかけて、私たちに挨拶する。シュウヤくんも横にかけてあるカバンを持ち、席から立ち上がり、「またな」と言って、2人は教室を出ていった。
本当に2人はこのことが気にならないようだ。
ヒナタくんはこっちにやってきて、前の席の椅子に座り、こちらの会話に混ざる。
「あの2人、ホントに帰っちゃったね?」
「そうだね」
「気にならないのかな?」
「ホントにそれね!私もヒナタくんと同じで、気になっちゃって教室に残ってるよ」
「やっぱり!ヒマリちゃんもそうだよね!
僕たち似てるね!」
2人でわいわいと会話が盛り上がっていると、イブキくんは少し不機嫌そうにこちらを見る。
これは話を振って欲しいという合図なのかなと思い、彼にも話を振る。
「イブキくんは気にならないの?」
彼は先ほどまで視線を逸らしていたが、こちらを見る。
「俺が気になるのは、別の人だ」
私を見ながらそう言った。ユアさんじゃない人が気になるってこれは私のことを言ってるのだろうか。
正面で座っているヒナタくんは悪い顔をして、こちらを見る。
「へぇ〜、ユアちゃんじゃなくて、別の子が気になるんだ〜?
別の人って誰なのかな〜?」
「俺の好きな人だ」
イブキくんはその煽りにのる。
ヒナタくんは思い通りの答えが来たからか、すごく嬉しそうにしている。
「え〜!好きな人いるんだ!?
ユイトくんって他人にあんまり興味無さそうだから、好きな人いるの意外だな〜!」
ヒナタくんの言いたいことはわかる。
イブキくんは私たち以外とはあまりというか、ほとんどクラスの人と喋っているところを見たことがない。そのため、かなりガードが固いのかなと思っている。その気持ちもわかるけれど。
「ーーそれで好きな人って誰なの?」
ヒナタくんはダイレクトにぶっこむ。
私はヒナタくんのこういうところが凄いと思いつつ、私にもカウンター攻撃をしている。
彼が変なことを言ってしまわないかと不安になりながら彼の表情を見ると、全然それに抵抗がないのか、いつもの澄まし顔をしている。
「告白したら言うよ」
事後報告タイプなんだ。みんなには内緒にさておきたい相手なのかな。それとも、告白に成功すると思っているのかな。
あとイブキくんは意外と積極的なのだなと思う。いや、意外じゃない。割と積極的だった。
でも、そこが問題じゃない。
誰に告白をするかわからないけれど、おこがましいがもしも仮に私だとしたら、これは本人に告白するから待っていてねという告白予約というやつだよね。これは爆弾発言すぎてヒヤヒヤしつつも、彼にあっぱれと思う。
ヒナタくんはニヤニヤした表情で彼の言葉を受け取っていた。
「わかった!告白したら教えてね!」
「ああ」
2人の中でこの話は完結したが、私の中では全然終わってはいない。だが、この空気で話を続けるのは少し気まずいと思い、「飲み物買ってきてもいいかな?」と聞いて、2人は「いいよ」と言ってくれて、教室から逃げるように一旦離脱する。




