第30話 婚約者発表パーティー前の準備
ワープを抜けると、見たことない家と扉が目の前に現れる。大きすぎて家というか、屋敷のようだ。
屋敷の前の大きな扉がいきなり開き始めた。
私たちは顔を見合せ、隣にいるイブキくんは不安そうにこちらを見る。
「入るの?」
「もちろん」
私たちはとりあえず向かってみる。
屋敷までの通り道の庭には色々な種類の花が咲いていて色鮮やかだ。
それを眺めながら歩くと屋敷の前までたどり着き、茶色の扉をノックすると、扉が開く。
開いた先におじさんが立っていた。
「いきなり魔法で連れてきてごめんね。
校長室に行くのは少々手間でね。君たちをこちらに連れて来る方が早かったんだ。
ーーとりあえず、客室で待っていてほしい」
近くで待機していたメイドに案内するように頼んで、おじさんは急ぎ足でどこかに行ってしまった。
「客室までご案内いたします」
私たちはメイドさんの後について行き、客室に向かう。
洋風の内装で、まるで異世界漫画のお屋敷のようだ。廊下には数メートル置きにデザインの凝った花瓶に入ったお花や美術館で飾っていそうな風景画が壁に掛けられており、窓ガラスも巧妙な作りで美しい。私は歩きながら周りをあちらこちら見回す。
感心しながら歩くと、メイドさんが足を止めて、こちらを見た。客室に着いたようだ。彼女は扉を開いて、私たちに先に部屋に入るように促す。廊下同様に綺麗で広めの客室で流石はウィザード様だ。
彼女は一旦この部屋を出るようなので、彼女の方に一礼して、部屋の端っこにあるフカフカの椅子に座る。イブキくんも私の隣の椅子に座る。
普段こんな豪華な所には行かないので、落ち着かなくて目が泳いでしまう。早くおじさんが来ないかなと思っていると、ノックの音がしてそちらを見る。先程案内してくれたメイドさんがお盆の上に、紅茶とイチゴがのったショートケーキを丁寧にテーブルの上まで運んでくれる。
「旦那様はまもなくいらっしゃいますので、もう少々お待ちくださいませ」
また一礼をし、彼女は部屋から出ていく。
早速持ってきてもらったケーキをいただく。美味い。質の良いお菓子の味がする。生クリームが甘すぎずに、程よい柔らかさでまるで雪を食べているようなフワフワ感だ。
紅茶も1口飲むが、良い茶葉を使っていそうな香りの高い良いお茶だ。
「ヒマリは凄いね」
優雅にスイーツを味わっている最中に言われて、腑抜けた返事をする。
「え?」
「ーーだってここは校長先生の屋敷なのに、いつもみたいにケーキを食べてリラックスしているのが凄いよ」
これは私が礼儀知らずな人だと言ってるのかなと思い、イブキくんを睨む。
彼は悪気は無かったのか、悲しい顔をする。
その表情を見て、可哀想に思えて睨むのをやめる。そしてフォークを再び持ち、ケーキを頬張る。貰ったものに口をつけないのはそれはそれで失礼な気がするし、勿体ないと思いながらもぐもぐする。
すると、彼はいきなり顔を近づける。
「口にクリームついているよ」
手に持った紙ナプキンでクリームを取ってくれる。
私は赤ちゃんか!
そんなツッコミを心の中で入れると、ノックの音がし、おじさんがやってきて、私たちの前にあるソファーに腰を掛ける。
「お待たせしてごめんね。
ーーそれで話とは何かな?」
私から話そうとしたら、イブキくんが話し始めていた。
「ショウ校長先生、すみません。
僕は今日のパーティーには参加出来ません」
おじさんは少し驚いた表情をするが、またいつもの優しい顔をする。
「どうしてかな?」
彼の顔を覗き込むように尋ねる。イブキくんは強ばった顔のまま話し続ける。
「それは......僕が弱いからです。
校長先生は僕の昔のことをご存知ですよね。
僕は種族からも家族からも捨てられた子です。
このパーティーに行くことを考えると、また昔のことを思い出して、怖くなって何にも出来なくなってしまいます。
先程まで僕はヒマリさんの目の前で弱音を吐いて、パーティーに欠席しようと考えていました......」
彼は先程の緊張した表情が解けて、何かを決心した顔つきになる。
「ーーだけど、僕は今日のパーティーに参加しようと思います。
ヒマリさんはここに来るのは初めてにも関わらず、落ち着いている様子を見て、僕もこのまま情けない姿を見せるのは格好が悪いと思いました。
ーーだから、やっぱりパーティーに参加したいです。そして、ヒマリには素敵なドレスを着させてあげてください」
今回のパーティーに参加することを決意したイブキくんに驚く。
おじさんも最初は少し暗い表情をしていたが、彼の気持ちを聞いて、優しい親の顔をしていた。
「君の気持ちはよくわかった。
ユイトくん、話してくれてありがとう」
おじさんは感謝の言葉を述べてから立ち上がり、何かを唱えて、指をパッチンと鳴らす。
すると、目の前に10着ほどのドレスが並んでいる棚が現れた。
まるでシンデレラに出てくる魔法使いのようだ。
「ヒマリちゃん、この中から好きなドレスを選ぶといい」
「ありがとうございます」
「試着したかったら、このメイドに声をかけてね」
いつの間にか、おじさんの斜め後ろにメイドさんがいた。
おじさんはやっぱり忙しいのか、また部屋を出ていく。
「イブキくん、ドレスを選ぶの手伝ってくれない?」
「いいよ」
私と彼はドレスを1着ずつ確認する。
まず手前にあったこの赤いドレス派手すぎる。悪役令嬢が着てそうな気品溢れる美しいドレスだ。主役より派手になってどうするんだと思い、却下する。
次はピンクのフリルの付いた可愛いドレス。私っぽくないし、こういうのは乙女ゲームのヒロインが着る服だと思い、別の候補を探す。
その後もピンとこなくて、却下し続けてついに最後の1着。
水色のシンプルなデザインのドレスだった。あの中ならこれが1番無難で私っぽいと感じて、とりあえず試着する。
「それでいいの?
もっと良いドレスあったのに」
イブキくんは本当にそれでいいのかと疑問に満ちた目でこちらを見る。
「これが私っぽいって思ったからいいの!」
そう言って、パーテーションが立っている所にいき、試着する。
ドレスは初めて着るのでメイドさんに手伝って貰いながら着終わる。
同じ色をした水色ハイヒールを履く。履きなれないので、ふらつきながら立つ。
「どうかな?」
彼の顔を見ると、ぽかんとしていた。珍しい表情に私は不安になり再び尋ねる。
「どうかな?」
彼は今度こそ私の言葉が聞こえたのか、私と目を合わせずに口を押さえた。
「……似合ってる」
「よかった」
彼の近くにいこうと一歩踏み出すと、バランスを崩して転びそうになる。彼は私の手を引き、抱きとめる。
「危なかった」
耳元でイブキくんの声がして、体が硬直する。心臓もバクバクと動き始める。意外としっかりと体に男の人なんだなと実感し、このままの状態は心臓に良くないと思い慌てて離れると、歩き慣れないためまた転びそうになり、彼は私の手を握ってくれた。
「ヒマリ、そのハイヒールを履くのやめておいた方がいいよ。怪我でもしたら大変だ」
心配そうに見つめながら言われて、低めのパンプスを用意してもらう。ハイヒールを脱いで、パンプスを履いて、やっと安定して歩ける。
私の体温が一気に急上昇しながらも、私のドレスは割とあっさり決まった。
メイドさんに化粧とちょっとした髪の毛も結んでもらい、私の準備はバッチリとなった。
私の姿を見て、ユイトくんは再びポカンとさせて、顔を赤らめながらも可愛いと褒めてくれた。
普段あまり可愛いと言われることがないので、私もつい照れてしまう。
この雰囲気を変えたいと思い、話を変える。
「イブキくんはタキシードあるの?」
「1着だけ持っているけど、サイズ的に着れるか分からないかな」
誰から貰ったものか気になるが、聞かないでおこう。
「それなら、おじ、校長先生から借りよう」
「そんなこと出来るわけない」
否定された。普通は校長先生からタキシードを借りる生徒なんていないものね。
「聞いてみないと分からないし、案外校長先生ノリが良いから何とかなるよ!」
そう言って私は彼の言い分も聞かずに、メイドさんにおじさんを呼んできてもらうようにお願いする。
すると数分後、再びこの部屋に戻ってきた。
「ユイトくんのタキシードだね!
ちょうどチアキ用で集めておいた服がたくさんあるから好きな物を選んでくれ」
指をパッチンと鳴らして、タキシードが入った棚が出てくる。私のドレスよりも多く用意してあり、充実していた。
「僕が着てもいいんでしょうか?」
イブキくんは恐る恐るおじさんに尋ねた。
おじさんはにこにこと笑顔で彼を見ている。
「もちろんだ。チアキのタキシードはとっくに用意し終わっているから、君の好きなものを着て欲しい」
おじさんはそう言って、時間がないのか再び部屋を出ていってしまう。
「ヒマリにも選ぶの手伝って欲しい」
イブキくんにお願いされて、私も選ぶことになった。タキシードに触れながら、デザインや生地だったり、装飾を確認していく。こんなにも種類や色があると迷いそうだ。
彼はイケメンだから、何でも似合ってしまうので見つけるのに苦労しそうだ。
彼は何故か自分のタキシードより私を見ていた。その視線に気が付き、私は彼を見る。
「ヒマリはどれを着て欲しい?」
「えーっとね、ちょっと待って」
色々服を見て、彼に合わせながら選んでいく。
結局シンプルな紺色のタキシードが彼に合っていたので、それを勧めてみる。
「これはどうかな?」
「着てみるよ」
彼はパーテーションの方に行った。私は他のタキシードも見ながら、着替え終わるのを待つ。
「お待たせ」
振り向くとそこにはタキシードを着たイケメンが立っていた。まるで異世界恋愛ファンタジーの王子様のようだ。あまりに似合っているため凝視してしまう。
「......どうかな?」
彼は不安そうな顔をしながら聞く。
「凄く似合ってるよ!!イブキくんのために用意された衣装なんじゃないかって思った」
彼は私の言葉を聞いて照れていた。でもこれはお世辞ではなく、本当に似合っている。
「ありがとう。僕はこれにしようかな」
彼は私の選んだタキシードが気に入ったようだった。なんだか照れてしまう。
そして、私たちの今日の衣装が選び終わると、先程まであった衣装棚は見事に消えた。魔法は凄いな。何度見ても圧巻される。
すると、客室にチアキくんがやってきた。
今日のパーティーの主役である彼は朝から忙しくしていたのか、少し疲れているように見える。
「チアキくん、大丈夫?」
思わず心配をする。
チアキくんはいつもの優しい笑みを浮かべる。
「顔に出てた?」
私とイブキくんは2人で顔を見合せて頷く。
「そうか、僕は疲れているのか」
チアキくんは大きなため息を吐く。本人の自覚が無いほど、心身共に追い詰められているのか。まあそうだよな。私も同じ立場だったら、その日まで不眠になりそうだ。
「とりあえず立ち話もなんだし、そこのソファーに座ろう」
私たちは再び同じ配置で座る。
テーブルの上にはいつの間にか、他のスイーツがのったお皿と新しい紅茶が入っていた。
魔法で用意してくれたのか、それともメイドさんが用意してくれたのか分からないがとても有能だと思った。
彼はソファーに座っても暗い表情のまま、また大きなため息を吐く。
「この後から大事なことがあるっていうのに、情けない話だ」
彼は落ち込んでいるようだ。
「チアキくんもお茶やお菓子を食べて少し休憩をしよう」
私は目の前にあるクッキーやマフィンの乗ったお皿を彼の前に置く。
彼は私の勧めた通りに、クッキーをつまむ。
クッキーを食べても心が晴れていなさそうなので、何故そんな様子なのか尋ねてみる。
「チアキくんは話したいことはないの?」
悩みというと話しずらいかもしれないと思い、話したいことという回りくどい言い方をしてみた。
彼は考え込む。そんなに深く考え込む必要はないのに、それさえも余裕がないくらい疲れきっているのだろうか。それとも抽象的すぎたかなと不安になる。
「ーーあ、そういえば今日のパーティーのタキシードはどんなものにしたの?」
話を変えてみる。彼は先程より表情を明るくする。
「ユアが真っ赤なドレスを着ると聞いて、僕は彼女を引き立たせるために、シックな黒いタキシードにしたよ」
すると彼は席を立ち、少しスペースの空いた所に立って、指をパッチンと鳴らす。
すると、私服からタキシード姿に変身していた。
「今日着るのはこの服だよ」
「凄い!!これも魔法なの?」
私は興味津々で聞く。これが出来たら朝の着替えるのも凄く楽になる。
「そうだよ。これは割とまだ簡単な魔法ではあるんだけれど、そもそもウィザードしか魔力は持っていないから、教えるのも難しいんだよね」
「なるほどね」
魔力のない私には関係ない話だった。自分で聞いたのに少し落ち込む。
隣に座るイブキくんはこういう時ずっと聞き役でいる。それがありがたい時もあるし、イブキくんの意見を知りたい時もある。
「実はさ、ユアのことを本当に好きになれるか心配なんだよね」
いきなりの大きな暴露に私の心のキャパシティはオーバーしそうになり、手にしていたクッキーを落とすところだった。クッキーを食べてから質問する。
「なんでそんなことを思ったの?」
彼も冗談ではなく真面目に話しているからこそ、何故そんな事を言うのだろう。ユアさんはチアキくんのことを好きなのに。それが全く彼には伝わっていないのが、凄く悔しいというか、悲しい。
「俺ってさ、昔から女の子を好きになったことが無いんだ。そもそもこの学園に入るまで女性で接したことがあるのが、母さんとメイドしかいなかったから、正直好きになるっていう感覚が分からないんだよね」
ほほう。これは意外である。箱入り娘ならぬ、箱入り息子だった訳だ。
それじゃあ、好きになる感覚が分からない訳だ。でもそうなると、何故デートスポットに遊園地を選べたのだろうか?とも気になる。
「チアキくんは何でこの前のデートスポットで遊園地って提案したの?」
彼は先程までの暗い表情で語ってたが、少し笑顔が戻る。
「ああ!それはね、以前というか幼少期にヒ、両親と、いとこの家族で遊びに行った遊園地が楽しかったことを思い出したんだ」
チアキくん危うく私の名前を出すところだった。横目でイブキくんを見ると、少しいぶかしんでいる。それに気が付いているのか、それとも視界に入っていないのか、チアキくんは話を続ける。
「だから、ユアとのデートを遊園地にしたいと思ったんだ。
本当に僕の意見が通るとは思わなかったけど、ヒマリがいたから言えたんだ。ありがとう」
彼に頭を下げられる。
そんな大層なことをした訳じゃないのにと首を振る。
「いえいえ、そんな頭を下げられるようなことはしていないよ!
でも、好きっていう感情ってそういう楽しい気持ちになることにも似ているような気がする。
楽しいことをするとさ、心が凄く弾むというか嬉しかったり、楽しさのあまりに終わらないで欲しいって惜しむ気持ちもあると思うの。
ーーだから、好きもそれに近い感情だって思うかな」
2人は私の言葉をのみこみ、考えている。
私は気分良く語って、満足したように紅茶を1口含む。
「ヒマリは好きな人がいるのか?」
単刀直入にイブキくんが尋ねてきて、私は動揺する。危うくチアキくんに紅茶を吹きかけるところだったし、いきなり何なんだ。
「好きな人か.....。
うーん.....イブキくんもそうだけど、チアキくんのことも友達として好きだよ」
私はさらっと告白する。友達としてだけどね。
イブキくんは瞬きが多くなったと思ったら、また考えている。
「僕もヒマリのこと妹みたいで好きだよ」
チアキくんからも告白される。私たちは両想いだ。
「チアキくんありがとう!嬉しいよ!イブキくんは私たちのこと、どう思っているの?」
ここでイブキくんに話を回す。すると、少し頬が赤く染まっている。
「ぼ、俺は、チアキくんのことはちょっと年上の兄っていう感じで頼もしいと思っている。
......ヒマリはほっとけないかな」
彼は私の事だけ小さな子供のように例える。
私のことも好きだよと言って欲しかったな。
少し不満に思っていると、チアキくんは笑う。
「ヒマリって、鈍感だよね」
「ええ!?鈍感じゃないよ!」
「だって、さっきのユイトの答えに不服そうに見えたけど?」
チアキくんに見抜かれていた。私は降参し、正直話す。
「それは、イブ、ユイトくんが私のこと小さい子供みたいにほっとけないって言うからだよ」
チアキくんとイブキくんは顔を見合わせる。
「俺、そこまで言っていないとは思うけど?」
イブキくんが弁明する。
「いやいや、ほっとけない=子供に使うのが、私のイメージだよ。
まあ確かにそそっかしいし、即思ったら行動してしまうから友達としてほっとけないと言われてしまうのは分かるけどね」
一応自覚はしている。だけど、1度そう思ったら止められないのが、私だ。自分にも相手にも正直にぶつかっていく。
「そうか、じゃあ言い方を変える」
そう言って彼は私の方を向く。真剣に私を見つめる。一体何を言われるんだろう。私も緊張してくる。
「俺はヒマリのこと……」
するとノックの音がし、ドアが開き、おじさんが客間に入ってくる。
「そろそろ行く時間だよ?
ーーあれ?何か重要な話していたのかい?」
イブキくんが何を言おうとしたのか、とても気になるが、時計を見ると17時30分。もう行かなくてはならない時間でもある。
こんなに長い時間話していたのかとも驚く。
「僕たちも行かないとね!父さん、呼んでくれてありがとうございます」
「いえいえ。
ーーそれじゃあ、みんなで向おうか」
私たちは屋敷を出て、リムジンのような高級車に乗り込む。
流石はウィザード様だ。車も一級品である。
車内に乗り込むと新車特有の香りと、アロマのような癒される香りが混ざりあっていた。
それは癒しも与えつつ、パーティーが近づいてきてると実感し、緊張も高まる。
ソワソワしながら車に揺られて、あっという間にパーティー会場に着く。




