第21話 リュウ先生と1日 その2
今日の4時限目の体育は体育教師であるタケル先生にグラウンドに集合するように言われており、ジャージに着替えて向かう。
普段はタケル先生1人で体育の授業を行っているのだが、今日は何故かリュウ先生もおり、彼も運動着に着替えている。体育の授業は担当科目ではないはずなのに何故だろう、と思いながら整列する。
「今日の体育は短距離走の練習をやります」
運動音痴なのでどの競技も好きではないが、短距離走はまだマシな気がする。
「リュウ先生はこの学園の教師の中で走るのが1番早かったため、お手本を見せてもらうべく、リュウ先生をお呼びました!!先生の走り方がとても素晴らしいのでよく見るように!!」
いつそんな計測をやっていたんだ。一応教師の学力と体力もしっかりと精査して選ばれているのだな。
あと、このタイミングで呼ばないで欲しかった人物がいる理由もわかった。先生は朝方の表情よりは鋭くないが、私を見る時だけは厳しい視線を送られているような気がする。
「それではリュウ先生にこのグラウンドを1周走っていただきましょう。お願いします」
先生はトラックに入り、軽くストレッチしてから走るフォームに入る。
タケル先生は首に下げていたホイッスルを口元にくわえて、息を吹き込む。ピーと甲高い音がグラウンドに響き、その合図で先生は走り出す。
先生は出だしから良いスピードで走りながら、コーナーを曲がる。その時もあまりスピードは落ちずそのまま走り続ける。本当に走るフォームも綺麗だし、足が早い。
このグラウンドのトラックは1周200メートル。
先生の走りに夢中になっていたら、あっという間に走り終える。
タイムは31秒だそうだ。
何歳かは分からないが、かなり足が早く見えた。
「リュウ先生の走りは凄いだろう!
ーーさあ、みんなも走ってみよう!!男女に分かれて、走ろう!!男子は僕が見るので、リュウ先生は女子の走りを見てください」
そう言われて、男女で分かれる。
前から思っていたが、タケル先生は熱い体育教師である。この世界にも存在するのだな、まるで昭和みたいな教師だ。
あと、見ただけであんな風に走れる訳ないだろう。
それとこっちはリュウ先生が担当するそうで、より憂鬱だ。
「おい、ヒマリ。お前は時間を測れ」
早速指示されて、先生からタイマーとバインダーを受け取る。記録表も書く係のようだ。
女子は4人ずつトラックに並ぶように、と先生は言う。
「これからみんなには200メートル走ってもらう。ヒマリにタイムの計測と合図を任せる」
4人はトラックに並列に並び、走る姿勢を取る。
待って、まず合図の仕方ってどうするんだ。
タケル先生はホイッスルを持っていたよね?私の分のホイッスルはないの!?
先生に視線を送るも無視される。
これって人間式の合図の仕方でいいのか。やばい。分からないぞ。知っているのはこれしかないので、これを言うぞ。
「位置について、よーい、ドン」
私が合図をすると、4人は一斉に走り出す。
やっぱりアンデッドだからか、みんな脚力は人間よりあるみたいだ。みんな横並びに走り続けるが、最後に獣族のコハルさんが一足早くゴールする。
タイマーを押し、この回の平均は33秒だった。
「走り終わった4人はこっちに来い。
次に走る者はトラックに並んでくれ」
走り終わった4人は先生の元に行き、次に走る生徒は準備をしている。
先生の元にいった生徒は何か言われているようで、みんなは真剣に頷いている。アドバイスでもしているのかな。
「さっきの掛け声なに?」
声がする方を見ると、ナルミさんがストレッチをしながら聞いてきた。
この掛け声以外にも何か存在するのだろうか?
「何と言われても、これ以外は知らなかったよ」
「そうなの?普通は3、2、1、ゴーだと思ってたけど違う?」
横に並んでいた子たちにも尋ねていた。
みんなもそれが普通みたいなことを言う。
何だその某ゴーカートレースと同じ合図の仕方。いや、そのゲーム通りに掛け声をすればよかったんだ。
「それじゃあ、その掛け声に直すよ」
「いや、ヒマリの言ってた掛け声の方が走りやすそうだから、そのままでお願い」
「何を喋っているんだ。早く合図しろ」
先生に注意されて、慌てて準備する。
「位置について、よーい、ドン」
ナルミさんやはり、足が早い。どんどんみんなと距離を開き、堂々の1位フィニッシュ。他の子も遅くはないはずなのに、圧倒的な早さだ。
ナルミさんのタイムを見ると、28秒だ。早すぎる。
記録表に書き込む。
先生は先程と同じように走った人たちを呼んで、何かアドバイスをする。案外面倒みのいい先生のようだ。
「ヒマリさん」
声をかけられた方を向くと、ユアさんがいた。次に走るようだ。
「先程の面白い掛け声は誰から教わったのか気になりますわ」
やばい。ユアさんは人間オタクだから、不思議なことをすると興味津々になるのを忘れていた。
「もしかして!人間だったおばあ様の教えかしら?」
ナイスアシスト。それにしておく。
「その通りです!流石ですね!ユアさん」
「やはりそうなのですね!」
嬉しそうにする彼女を見て、可愛いと思う。
先生の視線を感じて、記録する準備をし、合図をする。
ユアさんは走るのが苦手なのか、割とゆっくりめで安心する。そういっても36秒だけど。
女子は私以外走り終わる。
「最後にヒマリ走りなさい」
「私一人でですか?」
「そうだ」
公開処刑だろ。運動音痴である私にたった一人でみんなの前で走れは公開処刑に近い。
「流石に一人で走るのは厳しいので、誰か一緒に走ってくれる人がいてほしいです」
先生に命乞いするように弱々しく提案する。
先生は邪悪な笑みを浮かべる。これはダメなやつだ。
「わかった。それじゃあ、ナルミとアンナとコハルが一緒に走ってあげろ」
先生が言ったメンバーはそれぞれの種族で1番足が早かった子たちだ。ナルミさんはゾンビ族で1番、そしてアンナさんはマミー族で1番、コハルさんは獣族で1番。みんなそれぞれ30秒をきっていた。私は記録係だったので、知っている。
これは先生からの荒手のいじめだ。このメンバーの中で走りたくない。だが、逃げられない。
一応1人では走らずに済んだのだから、優しいと捉える。
「位置につけ」
先生に言われて、このメンバーと横並びになる。緊張して吐きそうだ。今すぐ体調不良で休みたい。
先生は従来の合図の仕方をする。
「3、2、1、ゴー」
その合図で私たちは一斉に走り出す。
一緒のタイミングで走り出したはずなのに、3人に遅れを取る。
あまりの早さにみるみる距離は開いていく。
みんなからのエールが聞こえるが、逆にそれで心が折れそうになる。
どんどん距離は開き、先に3人はゴールする姿を見てしまう。
完全に心が折れたところで、ゴール目前で思いっきり転ぶ。
「イタタタ」
左膝からから血が出ていた。だけど、ゴールしないといけない思い、足を引きずりながらも走りたどり着く。
クラスのみんなは心配そうにこちらを見る。
ユアさんは私に駆け寄ってくれる。
「大丈夫ですの!?」
心配そうに尋ねる。
「大丈夫です!」
痛みはあるが、ただ膝を擦りむいただけなので大丈夫である。
先生が私の傍に寄ってくる。
「至急保健室に行くように。ユア・ミズホはこの場で待機せよ」
「何故ですか?」
ユアさんは頬をぷすっとさせながら、不服そうに先生に尋ねる。
「保健室は怪我した者のみが行くべきところだ」
リュウ先生はそう切り捨てるように言い、くるりとみんなの方を向く。ユアさんも反論出来ずに、元の位置に戻る。
私は1人で保健室に向かう。
保健室に行くと、美人な女性の先生が出迎えてくれる。
「あら、とても痛そうな膝だわ。早く手当しなくちゃね」
艶っぽい声でそういう。髪は銀髪のショートヘアで目鼻立ちがハッキリとしていて、女優さんをやっていそうな女性だ。先生までも美女なのか。私はつい先生を凝視してしまう。
先生は私の視線に戸惑いながらも椅子に座るように言い、机に置いてある薬箱からガーゼと塗り薬を出す。
「膝が汚れているから、まず拭かないと」
先生は独り言のように言い、他の棚からタオルを出して、洗面台の水で濡らして私の膝を撫でるように拭く。
「痛い」
「ごめんなさいね。でもちゃんと拭かないとね」
そして汚れが取れたが、まだ血が出続ける。
「あなたの血、とても良い香りがするわ」
綺麗な顔を膝に近づけて、血の嗅いでいた。
「先生?」
先生に声をかけるが、聞こえていないようだ。なんだか様子がおかしいと思い、足が震える。
彼女は人差し指で私の膝をなぞり、血を拭く。
先生の指が冷たくて、なぞられたところが寒気がして変な声が出る。
「ひー!!」
「ふふ」
妖しい顔で不敵に笑うと、人差し指についた私の血を舐める。大事そうに自分の指を舐めていた。
ホラー映像だ。怖くなり逃げようとする。
「待ちなさい。まだ手当は終わっていないわ」
先生に肩を掴まれる。誰か助けてと思った時、保健室のドアが開き、リュウ先生が颯爽と入ってくる。
「おい、何をしているんだ。ヒマリが怯えているぞ」
私を守るようにリュウ先生は隣に来てくれる。
「あら、ごめんなさい。私どうかしていたわ」
先生は自我を失っていたのか、申し訳なさそうに謝罪をする。
怪我したところに塗り薬を塗って、ガーゼをあててテープで止めてもらう。
「これでもう大丈夫」
「ありがとうございます」
「ヒマリさん、怖がらせてしまってごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
(全然大丈夫ではないが)
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。
私はヴァンパイアのナツキ、アカザワよ。
血を見てこんな風になったのは初めてよ。あなたの血は美味しかったわ。ゾンビ族のはずなのにね?」
最後にまた妖しい笑みを浮かべる先生は恐ろしくもあり、美しかった。
また血が美味しいと言われた。ヴァンパイア族は人間の血が好きと教えてもらったので、美味いのも納得がいく。
「もう手当が終わったんだから行くぞ」
先生はこの保健室から早く出るように言う。
「ありがとうございました」
一礼をし、保健室を出る。
先生の後についていきたいが、足が痛くて追いつかない。
「ヒマリ、お前の血の香り、とても危険な匂いがした。今後、怪我した際は校長に手当てしてもらうように。
あと、ジャージのままでいい。今からじゃ着替える時間もないだろう」
先生は私に警告をする。やはり、人間である私はヴァンパイアとは相性が悪いんだ。あと、着替えずに済む。ラッキーだ。
「分かりました」
急いで教室に戻ろうと歩き出す。
「怪我をしているんだから、ゆっくり行きなさい」
後ろから先生がそう声をかけてくれた。
やっぱり面倒見がいいな。
振り向いて私は返事をする。
「はい!」
ゆっくり歩きながら教室に戻ると、お昼帯のせいか、食堂へ向かう生徒たちとすれ違う。
お腹空いたなと思いながら階段を上っていると、ユアさんたちが降りてきた。
「ヒマリさん大丈夫?」
ユアさんの掛け声と共に、みんな心配そうに私を見つめる。
「大丈夫だよ!とりあえずここだと邪魔になるから、一旦上ろう?」
そういって、階段をゆっくり一段ずつ上がり、邪魔にならない端で話す。
「エレベーターがあるのに、何で階段で上ってきたんだ?」
シュウヤくんに指摘され、エレベーターがあったことを初めて知る。
「その様子は知らなかったんだ?」
ヒナタくんはいたずらっ子みたいに笑う。
「笑っちゃダメだよ、ヒナタ。ヒマリさんは怪我をしているんだから」
注意しているタクトくんも少し口角が上がっている。これは内心笑っているやつだ。
「知らなかったよ!でも、帰りはエレベーター使うからいいよ」
私はみんなの前で拗ねる。笑われて良い気分にはならない。
「ごめんごめん!ちょっとからかっちゃった」
ヒナタくんが謝ってくれる。
「怒ってないから大丈夫!
それよりみんな、お昼食べる時間無くなっちゃうから、食堂に行っておいでよ!」
みんなに迷惑をかけたくないのと、お昼ご飯はみんな食べて欲しいと思い、そう提案した。
「ヒマリはどうするんだ?」
シュウヤくんは私のことを気遣ってくれる。
「あんまりお腹空いてないから飲み物買ってこようかな」
「俺、ヒマリとご飯食べる」
イブキくんはそう言う。
「いいよ、みんなと食べてきなよ」
「ヒマリが心配だから一緒に教室に戻るよ」
イブキくんは優しい子だ。
彼の言葉に甘えることにする。
「ごめん、イブキくんありがとう。
じゃあ、4人は食堂でご飯を食べてきてね!」
「わかりましたわ」
ユアさんたちは食堂に向かった。私たちは自販機コーナーがある2階に向かう。
「イブキくん、ありがとね!私に気を遣ってくれたんでしょ?」
「まあそれもあるけど、まだシュウヤたちと居るのは慣れないというか、ヒマリがいないのは楽しくないって思ってさ。
ヒマリ、足は大丈夫?痛くない?」
イブキくんも優しいし、あの4人の空間に慣れないから私がいて欲しいなんて可愛いことを言う。
「怪我したところは正直痛いけど、まあ大丈夫!」
「僕がおんぶしてあげようか?」
「それはお断りします」
「残念」
そう言い合っていると、自販機にたどり着く。
「私、炭酸水飲もうかな」
「炭酸水ね」
イブキくんが炭酸水のボタンを押し、私の分も買ってくれた。
「お金払わないと」
「いいよ!僕がヒマリにあげたかったから、もらって」
そういって私に炭酸水の入ったペットボトルを渡してくれる。
「ありがとう」
次はエレベーター乗り、3階に着き、教室に戻る。
やっと椅子に座れる。怪我をすると、こんなに不便だったことを忘れていた。
「ヒマリ大丈夫?」
近くの席のナルミさんが話しかけてくれる。
「大丈夫!心配かけてごめんね!」
「全然!お大事に!」
太陽みたいに明るく笑う彼女に元気を貰える。
ゾンビ族の子とご飯を食べている途中だったのに、私が入ってきたらこちらに来てくれたようだ。
炭酸水を飲むと、口の中で炭酸がパチパチと弾けて美味しい。
「ヒマリそれだけで足りる?」
イブキくんは心配そうにこちらを見る。
「うーん。それだけでは足りないかもだけど、まあしょうがない」
お昼ご飯を諦めていると、私の机にカツサンドがのった。
「カツサンド!」
「これ僕がお昼に食べようと思って買っておいたんだけど、ヒマリにあげる」
「いやいや、全部は申し訳ないから、半分にしよう!4切れ入っているし!」
「じゃあ、そうしよう」
2人でカツサンドをシェアする。
「いただきます」
カツサンドを1口食べる。パンは柔らかめで、カツは冷めているのにサクッとしていて間にマヨネーズとキャベツが良い味を出している、美味い。
「美味しい」
「そうでしょ?僕も初めて食べた時、美味しいと思ったよ」
「教えてくれてありがとう!」
感謝をすると、彼は照れているようだった。
カツサンドが食べ終わり、お腹も満たされた。
「ヒマリさん、大丈夫?」
私の席の前にユアさんたちが来た。食堂から戻ってきた。
「全然大丈夫です!」
「お腹空いてないか?デザートなら食べれると思ってプリン買ってきた」
シュウヤくんはプリンを机に置いてくれる。
「ありがとう!!めっちゃ嬉しい」
「俺がヒマリちゃんに買えばって言ったんだ!」
ヒナタくんが注釈を入れる。
「ヒナタ、余計なこと言うな」
シュウヤくんはヒナタくんにデコピンする。
「痛いよ、シュウヤ」
シュウヤくんは珍しく少し怒っているようだった。
「2人ともありがとね!」
「ワタクシもヒマリさんに何か送りたかったのだけど、この食堂にはなかったので諦めたわ」
一体何をくれようとしていたのか、気になるような気にならないような。すると、タクトくんが近づいて耳打ちをする。
「ユアがチョコレートマウンテンを持ってこいって言ってんだ。僕たちは止めたんだけど、持っていくと聞かなくて食堂の人に尋ねたら、置いてないと言われてよかったよ」
流石にそれはやりすぎだ。ユアさんはお嬢様だからか、たまにスケールの大きいことを提案する。
彼女の家には置いてあるのかもしれないから、そう言った可能性があると思えた。
「ユアさんを止めてくれてありがとう」
タクトくんに小声でお礼を言う。
「いえいえ」
「プリンありがたくいただくね」
4人には自分たちの席に戻るように言い、プリンを味わう。
プリンをスプーンで丁寧にすくい、口へ運ぶ。美味しい。
学校で販売されているプリンは柔らかめでたまご感が強いプリンだ。プルプルした食感で、すっと口の中に溶けてあっという間に食べ終わってしまう。
「ごちそうさまでした!」
「ホントに美味しいそうに食べるね」
「だって、美味しいんだもん」
小学生みたいなことを言ってしまう。彼は私の言葉にクスッと笑う。
膝は痛いが、心が温まったお昼休みは終わる。




