第19話 ユイト・イブキとデート
突然イブキくんに今週末デートしようと誘われてから、集合場所と時間の情報しかないまま日曜日を迎える。
昨日の夜は何をするんだろうとワクワクと不安で少し眠りが浅かったが、楽しみではある。
集合場所は学園通りにある緑が多く芝生が印象的な公園である。私とイブキくんが初めてしっかりと会話した公園だ。
集合時間の12時になる。時計台から12時をお知らせするチャイムが鳴る。
イブキくんはどこにいるんだろうとキョロキョロと辺りを見渡す。小さい子供と散歩するお父さんやおじいさんやおばあさんがジョギングしていたりと、公園は活気で溢れていた。
誰かに肩をトンと叩かれ、私はビクッとする。
「ヒマリ、お待たせ」
「おはよう、イブキくん」
イブキくんの私服は今日も黒一式だった。前回と違うのは黒いキャップを付けているぐらいだ。あと、よく見ると大きめのトートバッグを持ってきていた。
「おはよう。驚かせてごめんね」
「大丈夫だよ!それで今日は何をするの?」
そう聞かれることを待っていたのか、彼は顔を綻ばせながら私を見る。
「今日はピクニックをしようかなって思って、色々持ってきたんだ」
肩に下げていたトートバッグからまずレジャーシートが出てくる。長方形のシートで2人なら余裕で座れそうなぐらいの大きさだ。それを芝生の上に敷いて、「座って」と言われて、腰を下ろす。
久しぶりにレジャーシートに座るが、この芝生の不安定だけど心地のよいのがピクニックという感じだ。どこか懐かしさを感じていると、私の横にイブキくんも座る。
普段教室では隣の席で、彼が隣にいることに慣れているけれど、レジャーシートだと距離はいつもより近くて、少し緊張する。
次にトートバッグの中から今度はビニール袋が出てくる。
何が入っているんだろうと、その袋に注目していると私たちの真ん中辺りに置き、袋を出すと、長方形と正方形のケースが1つずつ入っていた。まず、長方形のケースのフタを開くと、丁寧に並べられたサンドイッチ、その左横に数個の唐揚げが入っていた。もう1つの小さめな容器にはちょっとした彩り鮮やかなサラダが2人前ほど入っていた。
「これ作ってくれたの?」
「うん」
わざわざ朝からこれを作るなんて凄すぎる。
「イブキくん凄い!!めっちゃ美味しそう!!
準備大変だったよね?」
「全然だよ。ヒマリは食べるのが好きだから、僕の料理を食べさせたいなって思ってたんだ。
食べる人の喜ぶ姿を想像しながら作るのは楽しかったよ」
笑顔で話す。穏やかに笑う姿と先程の言葉にキュンとする。
この感じは日常的に料理する人のコメントだ。
そう話しながら、持ってきてくれた紙コップにお茶を注いでくれていた。
「食べよう、乾杯」
お茶の入った紙コップで乾杯する。
取り皿まで用意してくれていたので、早速、1番のメインである、ハムとタマゴのサンドイッチを取り皿に乗せ、1口食べる。美味い。
「めっちゃ美味しい!!これはお店出せるぐらい美味しいよ」
オタク故に大袈裟に褒めてしまうが、純粋に嬉しそうにしていた。
「ありがとう!初めてそんなことを言われたよ。嬉しい」
また太陽と同じぐらい眩しい笑顔を向けられる。
すると、イブキくんは唐揚げを爪楊枝でさして私の口の前に止める。距離が近くなり、彼の顔がよく見える。
「あーん」
あーんなんて友達感でもやらないぞ。
だが、これを断るのもなんだか悪いので、とりあえず一口で食べる。
「可愛い」
呟くように彼の口から零れた言葉に思わず、ときめいてしまいそうになる。言った彼も何故が照れており、私にもその熱が移る。
これはハムスターみたいな小動物がヒマワリの種を食べている時に出た可愛いと同じ。いや、ハムスターと比べるのはハムスターさんに失礼だな。
とりあえずこの言葉は気にしないように、他に作ってくれたものをつまむ。
「ヒマリの1番好きな食べ物ってなに?」
かなり難しい質問に思わず唸る。
「うーん、1番好きな食べ物を選ぶのは難しいけれど、好きな食べ物ならたくさんあるよ。
定期的に食べたいって思うのは、焼肉とかハンバーグ、お寿司にしゃぶしゃぶ、チョコレートとかわんぱくな少年みたいな食べ物が好きかな」
正直に答えてみると、彼はクスッと笑っている。
「ヒマリらしい回答だね」
「でしょ?
イブキくんの好きな食べ物はなに?」
「僕の好きな食べ物はグラタンとアップルパイかな」
意外なセンスだけど、オシャレな食べ物が好きだな。
「何でその2つが好きなの?」
「昔、母様がよく作ってくれていたんだ」
彼はお母さんのことを思い出しているのか、どこか儚げに見える。
なるほど。幼き頃の母親の味。お袋の味ってやつだ。今も彼の記憶には鮮明に残っているのだな。
「そうなんだね!イブキくんの料理がこれだけ美味しいってことは、イブキくんのお母さんも相当美味しいものを作ってくれたんだろうね!」
「そうだね」
切なげな表情をしつつ、優しい声でそう言った彼を見て、お母さんのことが好きだったんだなと思う。
あまり過去の話をするのも湿っぽいと思い、この前の校外学習の話をする。
「そういえば、イブキくんは渋谷どうだった?」
「シブヤね。楽しかったよ。一緒にプリントシールも撮れてよかった。今度は2人きりで撮りたいな!
あとは、あんなに人がいるのは少し落ち着かなかったな」
プリクラを2人で撮るのはちょっと勘弁してもらいたい。それはカレカノしか取れないもの。仲良いからって撮るのはギャルかスクールカースト上位の一軍たちのみだ。
またルッキズムに囚われつつ、あの街の人口密度は凄いと思う気持ちはわかる。パーソナルスペースが狭い人は結構辛いと思う。
もしかしたら、もう1つの行き先の候補で挙がっていた京都の方がまだ落ち着くかもな。
「ヒマリはシブヤはどうだった?」
「楽しかったよ!迷子になってみんなに迷惑かけちゃったけど……」
自分で話を振ったのに、墓穴を掘る。流石の私も迷子になったことは今でも反省している。
「ヒマリもそんな風に気にすることもあるんだね」
不思議そうに私を見る。
「流石の私もあれは落ち込むよ」
「そっか。あまり落ち込む性格に思えないから、まだ引きずっていたのは驚きだよ」
失礼だな!とツッコミしたいが、イブキくんにこのノリをすると、冗談ではなく本気で受け取り、落ち込みそうな姿が想像出来てやめておく。まだ今週の話ではあるし、どんなに忘れっぽい私でも覚えている。
人には迷惑をかけるなと親からも散々言われているが、やはり難しい。常識やら気遣いが足りないからだということも理解はしている。それを自覚しているが、その時は直感で動いているから無理なのだ。
「僕はもう怒っていないよ。
そのおかげで今ヒマリといられている訳だし」
ポジティブに捉えてくれていて少し安心する。
あの時のイブキくんの表情は見たくない。おそらく母親と離れ離れになったことを思い出させてしまったのではないかと推測する。トラウマを蘇らせるという最悪なことをしてしまったのだから、なんとか許してもらえてよかった。
「ヒマリはまだ罰を与えて欲しそうにしているね?」
「いや、罰を与えて欲しいという訳じゃなく、ただピクニックするだけで許してくれるのかなって思っただけ」
「僕がやって欲しいことをお願いしたら、叶えてくれる?」
彼は怪しくイタズラを企む子供のような顔で問いかける。
私って魔法使いかなんかなのか。いや、ウィザードの血は継いでいるから、一応魔法使いであることは合っている。偶然だけど、当てているのは凄いやと感心している場合じゃない。
「まあ、限度によるけど、私に出来ることであればやりますよ」
彼は私の言葉を聞いて楽しそうに考え出した。
どんなことを言われるのか、正直怖い。
閃いたのか、私を再び見て、目を輝かせる。
「あ、そうだ!
シュウヤと2人で写真を撮っていたよね?
だから、僕との写真も撮って欲しい」
写真か。それぐらいならまだいいや。
「了解!それじゃあ、今撮ろう」
写真撮影はあまり好きじゃないのですぐに終わらせようと思い、私はカバンからスマホを取り出し、カメラアプリを起動させて、画角を決める。
また自分センスのなさと腕が短いせいで良い画角が見つからない。手こずっていると、シュウヤくんと同じようにイブキくんも「貸して」と言われ、スマホを取られてしまう。
そして、彼は私に密着しそうなぐらい距離を縮め、写真を撮ろうとする。
「3、2、1」
私はその掛け声に合わせて笑顔を作ると、彼は私の頬にキスをする。
今、一瞬何をした?
撮った写真を確認すると、私の右の頬にイブキくんがキスをしている。
「何で?」
「何が?」
小さな子供みたいな無邪気な顔をして質問返しをしてきた。
「だから、なんで頬に……キスしたの?」
私は柄にもなくモジモジしながら聞く。
「好きだからだよ」
「好き……?」
「友人としてね」
ーーああ、そっちか。変に焦って損した。そうだよな。イブキくんが私のこと好きなんて冗談だよな。何故か少し落ち込むが、安心もした。
「友人だとしても頬にキスする?」
「ああ、母様はよく僕の頬にキスしてくれたよ?」
なるほど。家族愛的なものか。そもそも私の住んでる国はハグですら恋人同士でしかやらないから、キスも外国だと挨拶だと言うし、そういうものなのかもしれない。文化の違いってやつだな。
「なるほどね!でも、いきなりされるとびっくりするから聞いてからしてくれると助かるよ」
「わかった」
先程撮った写真も恥ずかしいが、送って欲しいと言われて、しょうがなくイブキくんの方にも送る。本当は消したいが彼は消さないでとうるさかったので、写真は消せなかった。
その後も右頬が気になりながらも、2人で図書室で過ごしているようにくだらない話をしていると、あっという間時間は過ぎた。日が暮れる前にお開きとなり、寮に戻った。




