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後悔する青年だけを彼女は欲した

作者: 高月水都

今年最後の投稿ですね。皆さん良いお年を。

「サシャ。お前との婚約を破棄する」

「――了承しました」

 とある式典で響いた言葉をロータスは悔しそうに顔を一瞬歪める。


 ああ、防げなかったと。






「サ……サシャ・カメリア公爵令嬢っ」

 声を掛けるだけでも緊張したそれだけ身分が違いすぎる相手なのだ。


「はい。――貴方は?」

 こちらの声で振り向いたカメリア令嬢は綺麗だった。黒い髪を緩やかに縛り、緑色の目を向けてくる。


「いきなり声を掛けてすみませんっ!! ぼ、僕は、ロータス・ラングレフと申しますっ」

 頭を下げた矢先に持っていた書類を落としそうになって慌てて手で押さえる。


「ロータス・ラングレフ……伯爵子息の双子で……弟の方……ですね……」

「はっ、はい」

 僕のことを知っていた事実に驚き喜ぶ。もしかしたら、悪い噂を知っているかもしれないが、

(兄にすべてを奪われた搾りかすとか、兄に勝っているのは髪の色だけとかいろいろ言われているからな)

 視線の端で見え隠れする毛先だけ緑色の銀色の髪を見て自嘲気味に笑う。魔力が高い証である色変わりの髪だが、貴族である以上魔力はあまり価値があると思われないのだ。


「信じてもらえないと思いますが……殿下が貴女有責で婚約破棄をしようとしています」

 持っていた書類を小刻みに震えながら差し渡す。


 たくさんの写真と……術を使えば再現できる録画機能のそれと魔法証文で偽っていませんという誓いの書類。


 カメリア令嬢の婚約者である第三王子の浮気の写真と、殿下がカメリア令嬢に贈る名目で用意した宝石などの貴金属の数々の領収書。


「貰っていませんね」

 品物の数々を見て告げるので、

「別の人物の元に贈られていますので」

 誰とは言わないが、おそらく察しているだろう。


 殿下と殿下の側近候補――そこに自分の双子の兄も加わっているが、その者たちの中心で常に一人の少女がいるのだから。


「これを証拠に殿下から婚約破棄される前にご自身をお守りください」

 陛下達王族に見せて手を回して、そこからどうするかはカメリア令嬢次第なので何も出来ないが、これさえあれば有利に事を進められるだろう。


「………どうしてこれを?」

 カメリア令嬢の問い掛ける。

「貴方に何の利点があるのかしら?」

 利点……。ああ、確かにいろいろあるだろう。でも、自分の言葉で一番表すと言えば。


「誰も聞いてくれなかったから。です」

 自分の声では届かなかった。


 かの令嬢が殿下たちと一緒になることが多くなって、最初はそれを兄や殿下に諫言した。婚約者ではない女性と一緒に居るものではないと。

 

 だが、届かなかった。

『出来損ないのお前に言われる筋合いはない』

 兄は鼻で嗤い。


『お前よりもレンの方が信用できる。レンが苦言を言わないのなら些細なことだろう』

 殿下はレン()を信じるが故に諫言を諫言と捉えなかった。


 父や母にも忠告をしたのだ。

『レンが間違えるはずないでしょう』

『大袈裟だな』

 母は兄に全幅の信頼をして、自分の声が届かず。父は子供の火遊びだから大目に見ろと窘められた。


「疲れたんです……」

 必死に告げ続けるのも、だったら流されて思考を停止する事も出来なかった。


「貴方にすべてを押し付けて何もしないのですから……もう、ここに居る気力も湧かないのです」

 自分が何でここに居るのかも分からない。自分は誰にも期待されていないし、誰にも自分の声が届いていない気がするのだ。


「気力が……湧かない?」

 問い掛ける声に頷く。 


「腰抜けと言われても仕方ありませんが……」

 卒業したら殿下の側近として城勤めの予定だったが、それを返上した。


 隣国で魔法専門校に進学するつもりですでに手を回した。家族には告げていない。もっとも隠していない。

 ……誰かが気づいてくれるのを期待して家でも普通に書類を出しているし、保護者の記入を頼んである。そこで誰かが気づくだろうと思ったのに誰も問い掛けてこない。ただ記入された書類だけが残されていた。


 せめて、それに問い掛けでもしてくれたのなら期待できたが、その期待も打ち砕かれた。


「そう……」

 カメリア令嬢はただ相槌を打った。否定も肯定もせずにただ答えられるだけだが、否定され続けた立場からしてその言葉はどこか嬉しかった。


「感謝します」

 カメリア令嬢はそれだけ告げて、その場を去った。


 聞いてくれるか分からない。でも、彼女が動いてくれれば………。





「サシャ。お前との婚約を破棄する」

「――了承しました」

 王子の言葉にあっさり了承するカメリア令嬢。


「言い訳など無用!! お前はヘレンを冷遇……って、はぁっ⁉ 了承って……」

「ですので了承。分かりましたとお答えしました」

 綺麗なカーテシーをして、何の未練もないかのごとく告げる様に、

「ちょっ、ちょっと、どういうことっ!! そこはもっと反論するものでしょうがっ!!」

 かの令嬢が文句を言うが、カメリア令嬢は全く動じずに、

「反論など……、お似合いですよ」

「ヘレン!! 聞いたかお似合いだとっ!!」

 王子が喚いて喜びの声をあげるが、

「こんなのシナリオになかったけど……、えっ……ノーマルエンド? それとも、もしかして……」

 さぁぁぁぁと何故か青ざめているかの女性を放置してカメリア令嬢はさっさと外に出ていく。それに慌てて追いかけると、カメリア令嬢は外で待っていた。いや、外でただ出て立っていただけだけなんだろうけど、待っているように見えたのだ。


「…………カメリア令嬢」

「……………最初は渡された証拠を普通に提出しようと思いました」  

 静かな声。


「でも、気付きました」

「気付いた? 何がですか?」

 何を言われるのかずっと分からずに尋ねると。


「わたくし、ずっと殿下の仕事をしていたんですよ。で、その間に殿下はかの令嬢と一緒に行動していました」

「それは……」

 仕事を押し付けられてきた。尻拭いをされていたと言うことなんだろうか。


「浮気も最低ですが、そこまでして浮気していたんですか……」

 最近遠ざけられていたから知らなかった。側近ならそこで注意しろと心の中でレンに叱責する。


「すみません。気づけなくて……」

「いいのよ。それに苦言を言ったらわたくしをますます拒絶して、ふと思ったの」

 会場の方に向ける眼差しはすでに興味を失ったものに向けるようなもの。


「わたくしを必要としていない人のそばに居続けるのは疲れたと」

「それは……」 

 自分と同じ。


「で、ロータス様が証拠を渡した時に留学手続きの書類を持っているのに気づいたので、もう捨ててしまおうと決めたの」

 そういえば、父がサインしたので提出に行こうと思って持っていた。


 誰も気づかなかった。誰か一人でも気づいたらいいのにと思って用意して、誰も何も言わなかった書類。それに気づいてくれた…………。


 喜ぶべきか、今更気付く人が居たことに嘆くべきか。分からなくて、困惑していると。


「わたくしも留学しようと手続きをしました」

 吹っ切れた表情で笑い、宣言される。


「え!?」

 意味が理解できなかった。


「わたくしは頑張ってきました。だけど、誰もわたくしを褒めてくれない。するのが当然と押し付けられ続けた」

 押しつけと言われて、証拠を渡した時を思い出す。それもまた彼女なら現状を打破してくれるかと期待して渡していた。それは負担を増やしただけだったのだと今更気付いて悔やむ。


「ああ。ロータス様は別ですよ。貴方は必死に抗って……誰にも届かなかった」

 わたくしは流されただけだった。


「貴方に渡されて、ならばいっそ捨ててしまおうと」

 家の柵、婚約者。誰も自分を必要としていない。


「一緒に行きましょう」

 差し出された手は今まで届かなかった自分を受け入れようとする心が感じられる。


「はいっ!!」 

 それを手に取り二人で走り出す。すでに用意してあった家出の用意(留学準備)を手にして――。









 後日。王子の婚約破棄で騒ぎがあったらしいが、当事者のカメリア令嬢……サシャさんと呼んで欲しいと言われたのでサシャさんと呼ぶことにしたのだが、彼女はすでにおらず。王子を止めなかったことでレン含む側近らの将来は真っ暗なものになったそうだ。で、忠告していた自分の言葉を蔑ろにしていたことで両親はどんなことを思ったか不明だが、まあ、忠告はしたのだ。聞かなかった自分たちを責めてもらおう。


 

 ちなみに魔法専門学校に留学したら魔力がかなり高いと判明して、今は使い方を勉強中で充実した日々を送っている。サシャさんも魔法道具を作るのが夢だったと話をして楽しそうだ。

「ロータス様っ」

「サシャさん」

 こっちはこっちで好きに暮らしているので、探さないでください。




駆け落ちエンド。

実は乙女ゲームでは偉大なる魔法使いエンドがあった。

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― 新着の感想 ―
馬鹿王子と無能側近は、お先真っ暗になって結果どうなんでしょうね?わたし、気になります。
ヘレンはどうなったんですかね〜? ノーマルエンドでは済まなかったような感じがしますが、果たして?
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