第4話 むきだしの心を詰め込んで
「風間さんを巻き込んでしまったのはごめんやで。でも、どう? ちょっとは楽しくなってきたんやない? って、俺の願望やけどさ。風間さんはなんか、ずっと苦しそうで見てられん。でもレンズを通して風間さんを撮ってると、そのむきだしの感じも、悪くないなって思うんよ」
むきだし。
そうか。蓮には私の感情が透けて見えていたのか。心がむきだしになっていたら、あの竜太刀岬の岩肌みたいに風で削られてしまう。私はずっと鈍感で、自分自身の心を削られていることにさえ気づかなかった。
私はごくごくと喉を鳴らしながら冗談みたいに私の心を見透かしている彼を、じっと見つめた。窓の外で、やっぱり夏の空は明るく輝いて見える。明けない夜がないように、季節はずっと寒いままじゃない。夏になり、秋が来てまた冬になる。こんなに当たり前のことが、日本じゃないと感じられない風景だなんて信じられなかった。
「東京に置いてきた幼なじみがいるの」
どうして蓮に、俊の話をしようと思ったのか分からない。分からないまま、心が決まらないまま、私の中の感情が意思を持ったみたいにひとりでに溢れ出した。
「俊って言うんだけど……小さい頃からずっと一緒で、ガキ大将みたいな子供だった。笑ったりけなしたりけなされたりして。成長するにつれてガキ、っていう感じはなくなって、気づいたらいつもそばにいてくれるの。私が嬉しいときは一緒に喜んでくれるし、悲しい時は馬鹿みたいにしゅんとしちゃって。一心同体って言葉がこんなにしっくりくることはないなって思った」
蓮は私の言葉たちにじっと耳を傾けてくれている。レンズ越しじゃない、蓮の瞳を通して私はどう映っているのだろうか。
「でも、中学校を卒業する前に好きだって言われた時、一心同体だったはずの俊の心が、ズンって私の胸に迫ってきたの。俊は私を飛び越えて、いつの間にかひとり大人になっちゃったんだって、思って。私はもちろん俊のことが好きだった。でも、突然目の前に差し出された彼のむきだしの想いを、私はどうやって受け止めたらいいか分からなくて……中途半端な、返事をした」
中学校の卒業式の日、好きだと言ってくれた俊がどれほど身を焦がして勇気を振り絞ってくれたのかを考えると、私は今でもぎゅっと身体を締め付けられるような痛みを覚える。
俊の期待に応えられなかった自分の弱さと向き合わなければならなくなって、私はずっと岩に砕ける波のように、心が散り散りになりそうだった。
「情けなくて、俊に申し訳なくて。ずっと後悔してるの。俊は今でも私に優しい言葉をくれる。東京から800kmも離れてるのに、こんなに遠くにいるのに、心だけは近くにいようとしてくれる。それなのに私は、俊の気持ちに応えられてなくて、痛いの」
砕け散った好きの残骸は、私の掌から溢れてどこかへ行ってしまう。私は必死にとどめようとするんだけど、ものすごい速さで流れてしまう。
私は俊の気持ちを、私が砕いてしまった彼の「好き」を、時間をかけて拾い集めようと必死だった。
だからこそ、今まで蓮がどんなに私を見てくれていても、私を一番近くで撮ってくれていても、遠くに散った俊の想いの方にしか、気持ちが向かなかったのだ。そんな私の浅はかな感情を、蓮は見抜いていたんだ……。
「そっか」
蓮は私の話を聞いて、何を思ったのか残っていたジュースを一気に飲み干した。
よく見ると彼の額から一筋の汗が流れている。蓮はあまり汗をかかない人間だと思っていたので、額の上で光る水滴に、私は釘付けになってしまった。
「やっと、分かった。風間さんがずっと泣いてた理由。分かって、余計に撮りたいって思った。俺はその俊って男の子のことを何も知らんけど、風間さんが、全身全霊で叫んで心がむきだしになるくらい考えてるその人のこと、俺は純粋にすごいなって思う。……羨ましいやんか、って」
蓮がメガネを外し、制服の端で拭って再び掛け直した。額の汗が、メガネの縁に溜まっていたのだ。
「撮りたい。撮りたいよ風間さん。もっときみを知りたいし、もっと話してほしい。なあ、一緒につくろう? 日本一の映像を。俺と風間さんのむきだしの心をすべて詰め込んで。こんな小さな町で、四国の端っこで、俺たちは馬鹿みたいに悩みながら生きてるんだって、叫んでやろうよ。俺は楽しみになったんよ。風間さんの根っこの部分が見えて、がぜんやる気が湧いた!」
曇り空の晴れ間から差し込んだ光が、海の表面をきらきらと反射するように、蓮の瞳は大きな夢を前にして爛々と輝いていた。
私の、私の心の奥底に眠っていた後悔ややるせない気持ちを喰って、彼の夢は大きく膨れあがった。なんだそれ、と文句の一つでも言いたくなったが、それよりも蓮に、俊への悔恨の想いを肯定してもらえたことが嬉しかった。
私は私のままでいいと言われているような、気がした。
蓮は私に右手を差し出して、私はその手をとった。
それが私たちの青春の、始まりの合図だった。