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第3話 竜太刀岬

**


「だから、そんな緊張せんでええって。ただそこで立ってるだけで画になるんやから」


蓮が映画の監督のような的確な指示を出してくれるのに、私はまだ慣れなくて作り笑顔なんか浮かべて、校舎の窓から臨む岬をぼんやりと眺めていた。ああ、だめだ。モデルになりきれない。


竜太刀岬高校に入学してから、吉原蓮とは同じクラスになった。といっても全部で2クラスしかないので、同じクラスになっても不思議ではないのだが、クラスメイトになる前から知っていた彼を、他の初めて見る顔の人たちより特別な存在と意識したのは仕方がないだろう。蓮は約束通り私を映像研究会に誘ってきた。私は他に入りたい部活もなかったので、蓮の勢いに乗ることにした。マイナーな部活なので他に新入部員はおらず、私と蓮は何かと二人で行動するようになった。


蓮は予想通り、クラスでよくモテた。田舎の高校なので中学まで一緒だった人が大半を占めており、彼は中学でも人気者のようだった。人前で臆せず発言したりクールなのかと思いきや人懐っこい笑顔を浮かべたり、コロコロと表情を変えたりする彼に魅了される気持ちは分かる。しかも、整った顔立ちをしているのだから、根強いファンがいるというのにも肯けた。


そんな蓮だったが、サッカー部や野球部ではなく映像研究会に入ったという点も女子生徒たちをざわつかせる原因だったようだ。もっとも、中学校の時から映像をつくっていたそうなので、知っている者はそれほどダメージを受けなかったようだ。私のように高校から竜太刀に来た生徒だけが衝撃を受けていた。


「風間さん、もっと落ち着いて。めっちゃ緊張しよるで」


「うん、まあ……仕方なくない?」


蓮はカメラ越しに私によくダメ出しをする。高校一年生の7月、大会用の映像を撮るのだと息巻いて、連日私は彼と二人で“画”づくりに励んだ。正直私は、映像のことはちっとも分からない。ただ蓮に言われた通りに立ったり座ったり、遠くを眺めたり愛想笑いを浮かべたりするだけだった。


廊下の窓から竜太刀岬が見えた。名前の通り、竜太刀岬のすぐそばに立っている学校だから、観光客が時々下を歩いていく様子も目に入ってくる。竜太刀岬は夏になるとちょっとだけ明るく見える。この春初めて目にした時よりも、ずいぶんと爽やかだと感じた。晴れた日が多いからかもしれない。だが少し視線をずらして波打ち際の岩を見れば、またあの荒々しい波が岩にぶつかっているのだから、夏場でも背筋が震えた。


「どうしたん? ちょっと休憩する?」


私が思い詰めたような表情をしていたから気になったのか、蓮がカメラを顔の前から降ろした。


「ううん、大丈夫」


「そんなこと言わんと、俺もちょっと疲れたけん、休憩しよ」


蓮はカメラを降ろし、廊下の奥の方へと歩いて行った。そのまま階段の向こうに消える。いったいどこに行ったのだろう。


蓮が帰ってこない間、私はやっぱり窓の外の竜太刀岬を眺めていた。外に出たらむっとした暑さに身を焼かれそうになるって分かっているのに、窓辺から見る竜太刀岬は涼しそうだ。



しばらくすると蓮が手に缶ジュースを二つ持って帰ってきた。


「これ良かったらどうぞ」


「ありがとう」


蓮はこういう細かい気配りが上手な人だ。まだ数ヶ月だけど一緒に行動をしていると分かった。蓮に憧れの視線を向けているクラスメイトの女子たちは気づいているんだろうか。私だけが知っているのなら嬉しいな——とぼんやり考えていたところではっとする。

どうして私、今嬉しいなんて、思ったんだろう。


「風間さんどうかした? やっぱり変やで」


「ごめん、なんでもない」


「謝ることないけど。もしかして東京が恋しくなったとか?」


「え?」


東京の話なんて、蓮にほとんどしたことはない。それなのになぜ、蓮は東京だなんて口にするんだろう。

蓮が窓の方の壁に背を預け、ジュースを飲みながら、私の顔をじっと見ている。メガネの奥の大きな瞳と高ぼった鼻を見ていると、なんだか自分が悪いことをしているように思えた。蓮の後ろで、波がざぶんと寄せては返る様子が何度も視界に入る。ざぶ、ざぶ、ざぶん。あの波に飲み込まれたらきっと、私はすぐに息ができなくなる。

ふと、頭をよぎったのは俊の顔だった。恥ずかしそうに私を見て、好きだと言ってくれた私の幼なじみ。きっと蓮が、東京だなんて口にしたせいだ。東京は私にとって、たぶん故郷や恋しく思う場所ではない。

東京は、俊だった。


「いやーなんか思い詰めた様子やったから。昔のことでも思い出してんのかなって。そういうこと、俺もあるけん」


「蓮もあるの? 昔を思い出すこと」


「ああ、当たり前やん。俺はな、ずっと悔しかったことを思い出してしまう。去年、映像のコンクールで受賞できんかったこと。あの日からずっと悔しくて、高校では絶対に賞をとるんだって決めとるんよ」


ただ大きいだけじゃなかった。

その瞳の奥に映っている、夢や、過去や、悔しい気持ちや、希望や、情熱が、私の心にも映って見える。こんな、島国の端っこで、こんなにも好きなことに一生懸命に情熱を傾けている少年と、私は出会ってしまったのか。


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