第10話 思い出用のシャッター
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夏が終わり、受験シーズンがやってくると教室の中は一気に受験モードへと切り替わった。それまで部活で活躍していたクラスメイトたちが、今度は机に齧り付くようにして勉強をしている様子を、私は嘘みたいに感じていた。かくいう私だって、みんなと同じように参考書と向き合っているのだから、ほんと、嘘みたい。
蓮とつくった映像をコンテストに応募したあと、俊にも約束通り動画を送った。
俊からはまだ感想はもらっていない。俊には俊なりのタイミングがあって、それは今じゃないと告げられているようだった。
蓮とはあれからなんとなく気まずくて会話すらできていない。
この間数学の質問をするために職員室に行くと、蓮が担任と話しているところをチラリと聞いた。蓮は大学受験をせず、就職するつもりらしい。担任はそんな蓮にしきりに進学することを勧めていたが、蓮は断固として頷かなかった。その横顔が笑っているようにさえ見えて、私は蓮が本気で映像の道を進もうとしているのだと分かった。
大学で机上の勉強をするよりも、現場に入って経験を積んだ方がええかと思ってて。
蓮が目を輝かせながら私に語りかける様子を、私は勝手に想像していた。
彼らしい決断だ。蓮は、自分の夢にまっすぐ向かって行く。高校入学前に、私を自分の夢に引き込んだ時みたいに、蓮の決断に迷いはない。私はそんな蓮の後ろ姿を追いかけていたのだ。
「私も……頑張らないとね」
がんばって。
がんばって、凛。
受験勉強に行き詰まった時、目を閉じて思い浮かべるのは俊の言葉だ。
私をここまで導いてくれた二人の男の子が、別々の角度から私の背中を押してくれる。受験勉強は孤独でつらいことが多いけれど、波にさらわれて挫けそうな心を、支えてくれているのは俊と蓮に違いなかった。
真冬の竜太刀岬は、より一層猛々しく荒れる海を私たち人間に容赦なく突きつける。できれば目を背けたい光景なのに、移動教室の途中、廊下の窓からどうしてか岬の方ばかり眺めてしまう。共通一次試験が終わり、いよいよ本命の大学の二次試験を目前に控えて、私は荒れる海を前に足がすくんでしまっていた。
「風間さん、元気?」
「え?」
背後から声をかけられて振り返ると、先月就職先を決めたはずの蓮が、私の方を見て片手を挙げていた。
「忘れ物を取りに来たんや。机の中に、大事なノートを置きっぱなしで。でも教室は受験前の空気でピリピリしてて、行き場がなくて。暇つぶしに図書館に行って、今戻ってきたところ」
蓮は変わらずまっすぐに澄んだ瞳で子供のように笑っていた。
私は、懐かしさと切なさでいっぱいになる胸を、悟られないように必死に隠して蓮に「それなら」と平然と話し出す。
「私が取ってきてあげる。待ってて」
踵を返してさっさと教室に戻る私。蓮の席に着くと机の中をガサゴソとまさぐり、ノートを発見する。数学や英語のノートではない。これは蓮が撮影のために使っていた、大切なノートだ。
私はノートを持って、再び廊下にいる蓮の元へと戻る。
蓮は「ありがとう」と爽やかにお礼を告げた。
おかしい。おかしいな。
蓮のことを、懐かしいと思うなんて。同じクラスで、確かに自由登校になった最近は会っていなかったけれど、それでも懐かしいなんて感覚になるのはズレている。
パシャリ。
蓮の手に握られていたスマホのカメラが、私の瞳の真ん中に映った。蓮の背後には冬独特の鈍色の空が広がっている。私はその空と、スマホのカメラを交互に見つめていた。
一眼レフカメラよりも随分と軽い音だった。
けれど、切り取られたはずの写真は、蓮の手の中のあのちっぽけな機械の中に収まっている。蓮の、一番近くにあるんだ。二人三脚で映像を作っていた時とはまた違う感覚に襲われる。
「その写真どうするの?」
無意味な質問だと分かっているのに、聞かずにはいられなかった。
「これは思い出用。何年後かに、ああ、風間さんと高校生活を駆け抜けたんやって思い出すための」
蓮らしい、さっぱりとした言い分だった。私はこの映像が大好きなオタクと、全然知らなかった世界に飛び込んだんだ。その結末は、蓮が有名な映像制作会社に就職し、私はみんなと同じように四年制大学に進学するという結末に終わりそうだ。とてもありふれた私の将来像が、鈍色の空に浮かぶ雲みたいに、風にのって流れていく。
「そっか。それじゃあ、私も」
パシャリ。やっぱり軽い音を響かせた私のスマホが、蓮のこざっぱりとした表情を切り取った。
「なんや風間さん。俺のこと撮るの初めてやない?」
「うーん、そうだっけ? 言われてみれば確かにそうかも」
こんなに一緒にいたのに、こんなに撮られていたのに。私の方は蓮を撮るのが初めてだなんて。
おかしくて、何度も何度もシャッターを切った。何に使うん、と笑いながら聞く蓮に、「思い出用」と答えたのはお決まりの流れだった。
私たちは、竜太刀岬の見える学校の廊下で、今しかないこの時間を名残り惜しむかのように、ひたすらスマホでお互いを撮り合っていた——。




