弓矢
「やっっと、終わったー」ユイはそう言って掃除をした部屋のど真ん中で大の字になって寝っ転がった。
日頃の式典の準備で任されていた掃除がほとんど終わったのだ。
(全く、関係ない部屋ばかり掃除させて、上はどうなってるんだ……)忌々しく思った。
自分がユリだと言って上に指示を出せば何か改善されたとも思うが、自分が下働きをやっているのがバレてしまうと思い言わなかった。
(後は式典までにあれを待つだけだな……)そう思っていると。
障子を開ける音がした。ビック!として顔を上げると――
「全く何してるんだい、まさか終わったとでも思っているわけないでしょうね?」
ヤバい女将さんがやって来てしまった。
「す、すみません。只今やります。」そうして逃げるように向かった。
(やっと休めると思ったのに……)そう嘆いていると、
「おい、」と声を掛けられた。史郎だ。
「何でしょうか、」
「何って、この御所内にいる弓使いが誰か調べてくれと言っただろう。」忘れてないだろうなと言っているような顔をした。
「ありがとうございます。」
「すぐに始めないのか?」いつもならすぐにでも行動するユリだが今日は渋っている。
「仕事が……まだ、残っているので……」と目を泳がせた。
こちらを見ると史郎が目を丸くしていた。「そうか、」
珍しかったので思わずこちらも驚いた。「はい……」
少し沈黙が続く、気まずい……
「……悪いが俺も式典の関係で前日までは相手ができない、資料は渡すからよろしく頼む。」
「そうでございますか、では――」目つきが変わった鋭いような冷たいような眼だ。
「前日までに必ず犯人を探し当てます。」
それを聞いて史郎は少し微笑んだ。「頼りにしてるぞ。」
そう言って重たい資料を残しユイだけが廊下へ残った。
「さて、仕事に取り掛かるか、」よいしょと資料を持って次の部屋へ向かった。
式典は二週間後だ。
弓遣いは御所内で多くいる。戦いの弓兵だけでなく、儀式でやるものもある、そしていざとなったら護衛にも移ることができる。
(かなり多い、絞り切れるか……)流石に帝の兵隊たちなので多いに決まっている。
仕事が終わり、就寝時間が近づく時に誰にもばれないよう寝る場所から少し離れた部屋で読む。
ユイは犯人が額のど真ん中に矢を当てていたため弓使いの中でも優秀、その中でも通し矢、流鏑馬、歩射などの名手だと考えていた。
一枚一枚見てはめくり、見てはめくりを繰り返す。
ろうそくが段々と短くなる。夜が更け、太陽が上がってくる。これを数日続けてしまった。
「ふわぁー」大きな欠伸をした。
「大丈夫ですか?隈凄いですよ。」アミが心配そうにこちらを見てくる。
「最近寝不足でね、」と言ってほうじ茶を飲む。ほうじ茶には睡眠効果がある。
(大体は絞れたんだけどな……)絞れたのは10人、恐らくこの中に犯人はいるだろう。
だが頭を悩ましているのは10人から絞れないのだ。
(情報が足りない……何かあれば……)
「あ」
「ん?どうしたんです?」
「今、リンってどこにいる?」
「もうそろそろ仕事が終わると思うけど……」と周りを見渡した。
「呼んだー?」噂をしていたらリンが来た。
「ねえ、リン御所内の有名な弓使いのこと知ってる?」
「へー珍しいね。ユイがそんなこと聞くなんて。」頼られるのがうれしいのか満面の笑みで向かいに座った。
「じゃあそんなユイに情報屋リンが教えてあげようー!」
「流鏑馬の名手 幸久様は馬の扱いが上手でしかも、弓も上手なんだよーでも最近母親を亡くしたみたい……理由は感染症にかかったみたいで隔離されてそのまま亡くなっちゃたみたい……
三郎様は歩射の名手で弓使いでは珍しい左利きみたい、最近結婚話が出ているみたい。
勘兵衛様は通し矢の達人と呼ばれているみたいだね式典で一度も外したことない噂があるみたい。でも最近式典で出ていないみたい。
市十郎様も流鏑馬の達人だけど、片目が火傷で失ったらしい……
それとね!」話しているうちにガッ!!と立ち上がった。
「わっ!」その瞬間、後ろにいた人にぶつかってしまった。ぶつかった人の包帯が取れてしまっていた。
「すみません。」調子に乗りすぎて恥ずかしくなったのか顔が赤くなっていた。
外れてしまった包帯をクルクルと巻き直す。そして最後にキュッと縛った。
その様子をユイは釘付けになって見ていた。
「!!そういうことか……」ガタッと立ち上がった。
「どしたの?」リンが驚くように聞いてくる。
「そういうことか……」ユイの顔は笑っていた。
「残り5日絶対に捕まえてやる。」その目は覚悟を決めていた。
式典まで残り5日――