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サイレントラヴ   作者: かいいさむ
2/2

宇宙少女

エンデュミオンの如く麗しげな瞳。かのフォレスター皇帝はそれを神と呼びたまひ。プロメテウスはその力御身に宿す。

私、荒城李靖はそれを「  」とするべくして今ここにいるのだ。

しかし今それは我が手元を離れ、内界時象壁へと姿を消した。

「蛹は、どこへいった?あれもそこまで長い間はいられんだろう。」

「未だ断層壁に反応見られません。目標の留置範囲はとうに限度到達しており、地球に帰還した可能性が高いかと。蛹の電磁パルスによる被害が想定範囲を大幅に超えており、観測装置の誤差が原因だと思われます。」

「そうか・・・。よし!ソラノア全権特務大使に繋げ、それに情報班を集めろ。早くしろ!」

時間が、ない。

「サラウンド」。私たちの鍵はアレだ。

蛹室はあらかじめ意図的に作られていなければならない。が、自然の蛹室がまさかあのような形で顕現するとは、思いもよらない幸運だと言えるだろう。

しかし、蛹は羽化寸前なのだ。

その前に、やらなければならない。


「蛹よ、下手なところに落ちてくれるなよ。」


「これ、何だろう。」

「あ、こっちみてるよ。」

飛来した物体は生物のように見えて、無機物にも見える。この子の身包みが木の根のようで機械のような異質なものだから、そう見えるのだと思う。

それに人形のような端正な顔。置物のように動かないそれは、青い青い瞳で私たちを見ていた。

海に透かしたビードロみたいな蒼に私たちの影が映り込んでいるのが見える。

「アオちゃん、この子かわいいね。」

「・・・。どうやって、空から降ってきたんだろう。」

「お星様の子供かなぁ。」

「狐につままれる感覚って、こういうのをいうんだなぁ。」

「あー!みて!この子、笑ってるよぉ!アハハ、かわいいね〜。」

「君、何歳?どこから来たの?・・・なんて言っても分かんないか。話せる年じゃなさそうだもんね。」

「どうする?アオちゃん。」

私たちは顔を見合わせてじっとみる。その時、二人して多分同じことを考えていたと思う。この子の所在はもう決まったも同然だった。

小さな子は目を見開き驚いたような顔でこちらを見ている。

その目はまるで宇宙の深淵と銀河の煌めきを併せ持つように、見ていると吸い込まれそうなほど、綺麗な色をしていた。

「あなたは、お星様の子供だから・・・。う〜ん、何だろ。」

「エトワール。」

「え?」

「フランス語で星って意味。エトで良いんじゃない?」

「エトワールのエトちゃんか・・・。いいね、いい名だなぁ。そっかぁ・・・。」

「エト、今日から君は僕とツツジの家族だよ。」

「よろしくね、エトちゃん!」

「ううう!ああー!」



「うわあああああああん!」

エトの絶叫が響き渡る。

「なになになに!どうしたっていうの?」

私とアオちゃんが居間に駆けつけると、電子レンジから煙がムンムンと立ち上っていた。

そのすぐ横でエトが動揺を隠せず大泣きしているという忙しい光景である。

私は急いで消火にかかり、アオちゃんはエトをあやめながら状況を整理しにかかる。

「あちゃちゃ〜。これどうなってんのぉ・・・。床まで黒焦げなんだけど。」

よくよく見たら天井もエトも煤だらけ・・・。まいったなぁ・・・。

「エト、あなた何をしたの?」

「・・・ック。ヒック。あのね・・・ック。その・・・ック。」

「ゆっくり話しなさい。お姉ちゃん怒鳴ったりしないから。」

アオちゃんがいつになく優しい声色で語りかける。なんか私の時と違うな。

「ック。・・そうなの。二人に朝ごはんを作ろうと思って・・・。」

ようやく吃逆が治ってきたエトは、煤だらけの手で涙を拭うもんだから目元が真っ黒になっている。

「それで目玉焼きを作ろうと卵を入れたのね・・・。」

このアルミの容器と一緒に・・・・ね。と、アオちゃんがため息を吐く。

「だって、こうなるって分かんなかったんだもん・・・・!」

「そっかぁ。」

優しすぎるアオちゃんに、少しムッとする。

「エト、まずはアオお姉ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」

「うう・・・。だって・・・。」

「だってじゃないでしょう!」

「・・・・・うう。」

唇を噛み締めるエト。この様子だとまた泣き出すような気がする。

「チョチョ、ちょっといいかな。」

アオちゃんはしゃがみ、俯くエトの顔を覗き込んだ。

「聞いて、エト。朝ごはん、作ろうとしてくれたのはお姉ちゃんたちとっても嬉しい。」

エトは目を丸くしてアオちゃんを見る。

「ほんと?」

「うん、そうだよ。・・・でもね、これ見て。」

もう使い物にはならないであろう焦げ散らかした電子レンジを指さす。

「これ、どうなってる?」

「・・・・壊れちゃってる。」

「そうだよね。エトは、なんでこれが壊れちゃったと思う?」

「分かんない・・・。でも、お姉ちゃんたちがいつもやってるみたいにしようと思った。」

「うんうん。でも、うまくいかなくて壊れちゃったんだよね。」

「・・・うん。」

「じゃあどうすればよかったのかな?」

「・・・・・。分かんない。」

「分からない時はどうすればいいかな?」

「・・・・・。」

「エトが僕たちのことをよく見ているのは知っている。だからこそ、できるものだと思ったんでしょう?」

「・・・・うん。」

「でもね。見ているだけじゃ、わからないことってたくさんあるの。相手がやるのを見るのと自分がやることってすっごく違う。・・・思っているより簡単じゃなかったりするの。」

「・・・・・・うん。」

「だからね、そういうときはそれができる人に聞いて教えてもらうといいの。そしたら失敗する心配なんていらないでしょう?」

「うん・・・。」

エトは落ち着いて話を聞いている。子供の扱いが一段と上手くなっている。私を抱いてくれたときとはまた違う、大人のアオちゃんを見たような気がした。


3年間という月日はあっという間に過ぎてしまった。

世間は、未だワクチンによる副作用の件で揺れている。私たちの町は依然として包囲網が敷かれ、世界から蔑視され続けている。巨大なバリケード「サラウンド」はその象徴だ。配給制度は取り止めになり、闇市が軒を連ね、包囲網内での衣食住は原則自給自足の生活を迫られる結果となった。そこは親を亡くし、包囲網に取り残された私たちのような通称「サラウンドチルドレン」が当然食いつなげるような場所ではなく、暴力や悪質な斡旋、ドラックが流行している。それらは全て、法の網の目を掻い潜れる唯一の領域であるこの地帯を取り締まるようになってしまった陰の犯罪シンジゲートの存在が影響している。この実情を知る外側の人間は存在しない。メディアで紹介される記事は悲惨な状況を社会に示唆することもなく至って楽観的であり、チルドレン達が懸命に生きる姿を捉えた御涙頂戴のやらせドキュメンタリーなんかを延々と流している。これも例の犯罪組織が資本的な面で絡んでいるのだろう。警察も見て見ぬふりで一向に動く気配はない。

現状、町は貧困を抱え、消滅に向かおうとしている。

外界と交わる気配のない私たちの町は、静かに忘れ去られようとしている。

まるで誰かが、意図的に差し向けたように、順調に・・・。


私たちの家にエトがきてから生活は一変した。

アオちゃんは、大上のおじさんが営んでいる便利屋で家庭用電気器具の修理工をしている。元々工業科の高校に通っていたアオちゃんだからこそ、専門的な知識が活かせることもあって結構な評判らしい。大層売り上げに貢献しているそうだ。

最近は大上のおじさんから貰ったカワサキz400fxを乗り回している。z400fxはおじさんの宝物だったみたいだけど、今はアオちゃんによって取り戻されつつある便利屋の活気と業績の方が宝物になっているらしい。

それから私ツツジは、エトの面倒を見つつ、だだっ広い自宅の庭で鶏を飼育したり野菜の栽培なんかをしたりと毎日慌ただしく過ごしている。


コケッ コケッ コッコケッ コケッ コッ


「はあ・・・・。」

間抜け面で首を振って歩く鶏を見ていると、昔の自分を思い出す。

何にでも首を突っ込んで、アオちゃんに迷惑ばかりかけていたなあ。

「 ふくわーうち! ふくわーうち! 」

エトが何やら縁側から家内へ投げている。

よく目を凝らしてみると先ほど播いた鳥の餌ではないか!

「コラー!やめなさい!やめなさいってばぁ!」

「ほへ?」

ぽかんとしたエトが純粋な目でこっちを見ている。

ああ、今ならアオちゃんの苦労が身に染みてわかるよ・・・。

空は、雲一つないすんだ青をしている。

真夏の日が縁側に差し込む。辺りは蝉の声で埋め尽くされ、庭には大きな向日葵がそそり立っている。エトは相変わらず元気に畳の上を駆け回っている。

・・・・。いや、追いかけ回している。鶏を・・・。

「こら〜!鶏を中に入れるな〜!」

「きゃっきゃっ。」


そうだ。こんな日だった。

三年前、エトがうちに来た日もこんな夏の日だった。

ギクシャクしていたあの日とは比べ物にならないくらい今は賑やかだけれど。

「ねぇエト、たくさん遊ぶのは結構。だけどお外のものを中に入れない!それだけは守ること。お家が汚かったらアオお姉ちゃんが帰ってきた時に悲しくなっちゃうでしょ?」

「・・・・うん。わかった!」

エトはアオちゃんに何か言われた時は正直にいうことを聞くけれど、私の時は不服そうな表情をする。ときどき反抗的な態度を取られたり・・・大変である。

しかしエトの面倒は私が見る。と、アオちゃんと決めたからにはやり遂げなければ。

もうこれ以上、アオちゃんに迷惑はかけられない。

「よし!じゃあ、今からスイカ割りしよう!」

「すいかわ・・り?」

「目隠ししてね、木の棒でスイカを割るの。楽しいんだよ。」

「そうなの?」

「そう、アオちゃんと昔よくやったの。」

「ふぅん。」

あんまり関心のなさそうな顔をするエト。

あの頃、アオちゃんに拾われた時の私もこんな顔してたのかもしれない。

アオちゃんは生気を失った私を何度も元気つけようとしてくれた。

この、スイカ割りもその一つだったと今でも覚えている。

あれから七年も経ってしまったのか。

時間というのはあまりにも曖昧な存在だ。あの日、あの時間がどうにもさっき起きたような、そんな新鮮な記憶の色をしている。あのときのアオちゃんの笑顔が焼きついて、離れない。

「ツツジお姉ちゃん?」

「ああ、ごめんごめん。ブルーシート、持ってくるから。ちょっと持ってて!」

「はーい!」

いけないいけない・・・過去を思い出してついついボーっとしてしまった。

和室から居間までそこまでないけれど、エトからは一瞬たりとも目を離してはいけない。

急いで棚からブルーシートやら紙皿やら取り出し、縁側へと駆けつける。

「はい、持ってきたよ〜。」

って、エトがいない。

おいおい・・・、どこに行ったんだか。

庭を見渡すがそれらしき気配はない。

まさかっ。外に・・・・。

「ばぁ!」

「わわあ!!」

心臓が飛び出そうになる。アオちゃんが背後から不意に脅かしてきたのだ。

「お、驚いた?」

「そりゃあびっくりするわ!人が大変な時にほんともう・・・。」

「ん?なに?何かあった?」

作業着姿のアオちゃんは首に巻いたタオルで額の汗をを拭いている。こんな近づいてみてもアオちゃんの肌は白くて綺麗だ。

「エトがいないの。目を離した隙に・・・。外に出てないといいけど。」

「ああ、エトならさっき、柱時計をジーッと見てたけど。全く私に気づかなくてさあ。アホな顔してずっと振り子見てんの。おっかしいよね。」

「はあ〜。何なのあの子は・・・。少しくらいじっとできないのかなぁ・・・。」

「ふふ、まるで小さい時のあなたみたいね、チョチョ。」

そう言いニヤッとするアオちゃん。

「・・・・。」

「あれ、何このブルーシート。」

「これね、今からスイカ割りしようと思って。準備してたの。」

「へぇ〜いいねえ。」

ドタタタタタと、廊下から駆け出す音とともにエトが現れる。

「あ〜!お姉ちゃん帰ってきたぁ!」

まったく、この子は・・・。

「エト、どっかいく時はお姉ちゃんに必ず言うって約束したじゃない。」

「ごめんなさい・・・。」

「あら、あなたのママはずいぶん過保護なのねぇ。」

やれやれという顔をするアオちゃん。

「それにしても、今日は早いのね。大上さんとこ、なんかあった?」

「それがね大上さんの店もそうだし、 あの辺の商会全体がナイアースの勢力下になってしまうかもって。」

「ないあーすって、例のチンピラ?」

「そうそう。それで、夜は治安が悪くなるかもしれないって大上さんが配慮してくれたの。今日は早く帰れって。」

「そっか。大上さん、いい人だね。」

「うん・・・。でも、だからこそね。大上さんの店がこのまま無くなってしまわないか、心配で・・。」

「・・・あのさ・・・きっと大上さんも、商店街のみんなも腕っ節強いから、ナイアースなんてすぐに尻尾巻いて逃げちゃうよ! だから、大丈夫だよ!」

そんな確証、あるわけない。

でも、アオちゃんも大上さんもみんな生きるために働いている。その場所さえ、組織に奪われたら堪ったものではない。

「お姉ちゃーん!すいかわりしないの〜?」

エトの元気な声が居間に響く。

・・・そうだ。今は今を楽しく生きればいい。アオちゃんとエトと楽しい時間を過ごせればいいんだ。

「はーい、今行くよぉ!」

「チョチョ、スイカ叩く棒ってどこやった?」

「あれぇ、あれどこやったっけなぁ。」

「お姉ちゃん、すいかさん叩いたら痛くない?」

「スイカどこで割る?もう、外暗くなりかけてるけど。」

「そうね、縁側でやろうと思ったんだけど・・・」

「・・・・」

「・・・」

「・・」

「・」

「」


私たちの「サラウンド」は永遠の時間。時間という概念がねじ曲げられた、内側の世界。

外界と触れ合わない時間は、時間ではないのかもしれない。

私たちの知らない時間が、言語化できない永久が、そこにあるのかもしれない。


エトは、どこからきたのだろうか。

・・・私の知らない世界が在る。

でも、それは誰にも言えることだ。

右が痛くても左が痛いのかもしれないし、

左が痛くても右が痛いのかもしれない。

でも、結果としてそれが右でも左でも私は何でもいいのかもしれない。

そこにあるものが愛しいものならば私はそれでいい。

それでいい。

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