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AからAに  作者: 入江晶
6/9

(3)到着まで-2

 悪い可能性を――例えば命の危険まで含めて――、考えてこなかったわけではない。自分の書いたものの不細工さに、今日初めて気づいたわけでもないように。そういう考えも全て押しのけてしまうくらい、私は逃げることばかりを考えていた。それが正しかったとしても、そのための、今日私が実行している方法が、有効であったり現実的ではないのだという当たり前の事実が、目的地で私を待っているみたいだった。

 一つ頭に浮かんだのは、駅で降りたところで、私を待ち構えていた駅員や警察官という同じような帽子と制服姿の人たちに取り囲まれ、大人の現実的な理屈を述べられた上でどこかに連れて行かれるというシナリオだった。そして人垣の向こうに、あの人がいる。そういう準備を整えて、私を待っていたというわけだ。少し前に、そんな感じと言えなくもない展開を、映画で見ていたからかもしれない。その映画に対する私の激しい悪評も、あの人はおおよそ同意して、ついでに私の間違いを訂正してくれたけれど。いずれにしても、私はその映画の主人公の男の子のように街で拾った拳銃を持っていたりはしないから、もっとどうしようもない立場ということになる。その子よりも私はうまくやってやると、思っていたはずなのに。

 もうすぐ終点に到着するというアナウンスが聞こえた。相変わらず暗いけれど、いつの間にかトンネルを抜けていて、広大な空間が窓の向こうに延々と続いている、ように見える。あと三十分ほどで日付が変わる。こんな時間に家や宿の外にいるのも、電車に乗っているのも初めてだった。

 あれほど強かった不安も、降りるための準備を妨げはしなかった。どうしようもなくなって、開き直っていたからかもしれない。心臓の鼓動は激しくなり、足はすくむというよりも、早く飛び出してしまいたくて仕方がないという感じだった。

 白い骨組みが隠されもしないがらんどうの駅に降りると、空気の冷たさに驚いた。四時間以上も閉じ込められていた場所から解放されたからでもあるだろうけれど、その空気はとても新鮮で、すっきりとしているように感じられる。そこは確かに、私が生きていた場所とは全く違う世界だった。そしてそこに、私を遮る人はいなかった。

 だだっ広いそこを、何人かの人が出口に向かって歩いていった。気づきもしなかったけれど、私の他にもまだ乗っている人がいたらしい。呆然と、あるいは何か不思議と感心しながらそんな様子を見送っていると、その反対に、私以外には誰もいなくなったこちら側に、歩いてくる人がいた。プラットフォームの縁と待合室の間の通路を、窮屈そうに。

 紺色のジャケットとズボン姿に眼鏡をかけた男の人で、飾り気のない、地味な印象を受けた。特に、駅で働くための仕事着姿を想像してばかりいたこともあって。それでも、あらかじめ見せてもらっていた写真よりは、好意的に親しみを感じられる気がした。私よりも十年以上長く生きているとは信じられないくらいに。

 近づき、目が合い、さっきまでとは違う形で息苦しくなり始めた。私から声をかけなければいけないのだと思って、用意していた言葉もあったけれど、それはどこかに消えてしまっていた。

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