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AからAに  作者: 入江晶
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(3)到着まで-1

 静かだった。どれだけの音が響いて、その中に包まれていても、私には何の意味もないからか、どこまでも静かだった。話し声だとか、人に結びつく音は何も聞こえない。何人かは、他にも乗っていたはずだけれど。あるいは、もうみんな降りてしまったのかもしれない。

 景色も同じだった。私には何も感じ取れない、暗い眺めが続くだけ。

 こんな中でも、いつもなら落ち着けるはずなのに、胸の痛みや息苦しさが消えてくれない。

 疲れているのかもしれない。もう四時間も、窮屈というほどではないにしても広くもない席で、座りっぱなしでいるのだから。空腹も、さっきの食事の前よりも、はっきりしてしまっている気がする。この不安というか不安感の原因が、そんな単純な理由であればいいのに、と思った。

 本当はきっと、不安なのは、気持ちそのものがそうだからなのだろう。決めたはずなのに、決心したはずなのに。

 確かに、決心の前まで、あるいは決心してから今日の出発まで、不安はずっとあった。それがずっと居座って、今になって、ずいぶん存在感が大きくなってしまっている。ほったらかした宿題みたいだ。

 手も目もペン先も、紙の上の一つの文字に止めたまま、私は、自分に言い聞かせた。こんな気持ちになるのは最初だけだ、この最初の、今までの居場所を捨てるという変化が、一番不安になる段階なんだ、と。

 しかし、じゃあその次は?と思うと、結局、不安はむしろ大きく、というか、はっきりしてしまう。それはつまり、明日から、あるいはあと一時間ほど後からの生活を、具体的に思い描くことが全くできないということだった。

 北海道とか函館という、聞けば聞くほど魅惑的だった名前は、こうして実際に近づいてみると、むしろ威圧的で、ひどく恐ろしげなものになってしまっていた。大きな壁、背後を全く伺うことのできない境界線の向こう側。

 私はそこでどうやって生きるんだろう? それを考えなかったわけではなかった。どころか、生活の計画を考えて、紙一枚をびっしり埋めるくらいに書き、これから会うことになる、待っている人に見せもした。それを見返す気にはとてもならないけれど。昔書いたどうしようもない物語と同じ。今自分が広げている、読み進めるほどに原型をまるでとどめないほどズタズタになっていく、この、作品と呼ぶのもはばかられるような気がする紙の束、あるいは文字列のデータと、いったいどのくらい差があるのだろう!

 延々と、窓の間近を明かりが過ぎ去るだけの時間が続く。地の底どころか、海の下を走っているらしかった。山に穿たれたトンネルと大して違わないように思えるし、そういうルートを通るのだと知らなければ、全く気づけなかっただろう。これ以上ないほど特別なはずの道のりは、退屈で、平板で、驚きのないものになっていた。自分の頭上に海があるなんて、とんでもないことのはずなのに。

 パソコンを開き、メールの返信を書こうとしながら、私はその人について考えた。自分がこれからとんでもない迷惑をかけ、負担を押しつけようとしている人のことを。優しいことばかりを言ってくれているけれど、それは本当のものだろうか。あるいは、いつまで続くのだろうか。

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