(2)乗り換えて-2
飛び込んだ列車には、乗客の姿は少なかった。だからか、席についても、外にいたときに対して、あまり印象が変わらなかった気がした。素直に落ち着けばいいんだ、それがまだできないのは、乗り換えのための焦りが残っていたり、急いだせいで息が上がっていたりするからだ、と自分に言い聞かせているうちに、景色が動き始める。明るかった駅が退場すると、真っ暗になり、窓には、青ざめたような私の固い顔が映った。そして、賑やかな明かりも、すぐに少なくなっていく。
しばらくして、まだ落ち着いているわけでもない気はするけれど、私は鞄からクリアファイルに入れておいた紙の束を取り出し、座席の小さな机に広げた。そして自分で構成を選んだ三色ボールペンを取り出して、ペン先と目線で、文字の列を進んでいく。
いつも不思議なのは、こうしていると、書いていた時には気づかなかった問題がいくらでも見つかるということだ。自分でも恥ずかしくなるような間違いだらけなのにはびっくりする。けれど、訂正の赤、挿入の青、削除の緑、とカラフルに染まっていくと、よりよい形になっていくのだとはっきりと感じられて、嬉しくもなる。今は自分だけの楽しみだとしても、それを共有するためには必要なのだと思えば、もっと。私は今、そんな相手のいない場所から、そんな相手が待っている場所に向かっているんだと、自分に言い聞かせた。
ずっと、そんな相手を見つけたかった。身近には無理なんだと、私はすぐに知った。インターネットという便利な空間に、そんな場所を見つけた気はしたけれど、結局似たような失望が待っていた。それを言い表してはいけないと思ったから、何も言わなかったけれど。私には、そこは、私にとっての居場所ではなく、私とは違う人たちの場所なんだと理解したからだ。いくらでも人はいるのに、ほとんどは、同じような人なのだった。きっと私の探し方が悪かったんだろうけれど。でもそんな中で、一人だけ、私の書いたものを、夢を、本当に、きっと心から向き合ってくれる人がいた。私には、その人しか必要なくなった。夢とか、そんな真面目くさったことだけではなく、遊びを、楽しみを共有した。そして今、もっとたくさんのものをもっと長く分かち合うために、私はその人のところに向かっている。逃避する先になることを、その人は受け入れてくれたから。
窓の外の景色は、これ以上ないほど退屈なのものだった。星ではない明かりが、まばらに見えるだけではどうしようもない。それが、この先も延々と続くように思える。この道のりの間ずっと。あるいは。
車内販売の声が近づいてくるのを聞いて、まるで目が覚めたように、はっとした。そしてお腹が空っぽだったことに、今更思い当たる。サンドイッチとお茶を買った。正直おいしくなかったけれど、昔の人の言い方を借りれば、飲食の欲を追い払ってしまうと、焦燥感のような気持ちが、いくらか和らいだような気がした。
ゴミを捨てて席に戻ると、窓の外に、急に建物が多くなってきた。遠くの山のてっぺんに鉄塔が立っていて、紫色にライトアップされているのが見える。何というか、街に、一つの『圏』に、あるいはその中心に近づいている気がした。この不思議な眺めも、それの構成要素なのだろうと思った。
そして実際に、賑やかな街の中に停車する。駅の明かり、そして街の、見覚えのある店のロゴもある景色や明るさには、なんだか安心するものがあった。
腕時計を見ると、九時近くだった。分かってはいたけれど、実際経験してみると、自分が今まで従ってきた規範からこうして明確に逸脱するというのは、胸を締め付けられるような感覚だった。こういう場合にありがちな、そして出発するまでは確かに抱いていたはずの高揚感は、ほとんど見つけられなかった。
私はパソコンを開き、また景色を置き去りにしながら、メールを確認して、返信に返信を書いた。
『今、仙台を発車したところです。初めて来る街って、わくわくします。降りて見られないのが残念です。まだ先は長いですね。たぶん予定通りに着くと思います。』
そう、もう出発してから四時間くらい経っているけれど、まだ半分くらいでしかない。そして残った道のりの間もずっと、ほとんど真っ暗闇しかない景色が続くのだろうと考えると、この賑やかな街の明かりが、ひどく名残惜しく思えた。