仁という男
「おいおい、おかしいだろ。笑わせんな。」
机の上に足を組んで座っているのは俺だ。
「なんせ管轄外だなぁ。それに《Love second》なんざ知らねぇけど、俺は機械全般は苦手なんだが?」
しかし正面にいる奴は俺の文句を飄々と流し、俺の言葉を否定…いやスルーした。
「これは日本の未来…いや、全世界の未来よ。それを成し遂げる為にこの日本政府に配属されたんでしょ?」
「スケールがちげぇ…。そんなこと言ったら俺以外の公務員全員当てはまんじゃねぇか?」
「とりあえず、これは上層部の決定なの。明日にも《Love second》に入る為の一式が届くからね。君ん家に」
突如そんな意味のわからないセリフを吐かれる。
「はぁっ!? ふざ、ふざけんな!? てか作戦実行は2週間も先だろっ!?」
ここで俺初めてコイツは本当なんだなと思い知った。いや別に全部冗談だと思って聞いていた訳でも無いが。
「もう2週間前なんだよ? 危機感持ちな? それに、作戦実行まで《Love second》内で慣れることも必要だよ? 作戦って言っても基本的にはソロ行動だからね」
ソロね…。
ぶっちゃけソロ行動は有難い。なぜなら俺はコミュニケーション能力を得意としない。と言えば聞こえは悪いかもしれないが、ようするにコミュニケーション能力を必要としていないからこそ、だ。
もちろん並の人間に出来る受け答えなんてものは当然できる。ただ私情を挟んだいわゆるプライベートな関係を持つほど他人に魅力を感じていない。それは趣味がどうとか異性がどうとか、結局俺には関係がない事だからだ。
俺は結果主義。その人間が俺に利益をもたらすと判断した時、利用価値を見出した時、初めて俺から踏み込む。そんな性格なもんだから自然とコミュニケーション能力が欠落したのかもしれないがとりあえず俺にはソロ行動がピッタリなのでそこは救われたと言うべきか。
加えて実は《Love second》には興味があった。つまりさっきの台詞は嘘だ。理由はとやかく、そんな気がかりを解消する機会を日本政府はくれたわけだ。こんな千載一遇のチャンスを逃すまい。せっかくの仮想空間バカンスを堪能させてもらうとするか。
「因み君の《Love second》での行動はこっちから筒抜けだからね。くれぐれも変な行為なんてしたらすぐさま君の自宅に突撃するから」
はい詰んだ。
…まぁそれでもいつもの仕事よりかは遥かに楽だし。引き受けない理由がねぇ。
「そんなことはしねぇよ。じゃあ、俺はこれで。あと資料とかその他諸々があるなら後日俺ん家に発送しといてくれ」
そう告げ俺は組んでいた足を解き、ソファから立ち上がる。
ドアの前まで歩いたところで後ろから再び声がした。
「これは一部の人間にのみ配属される。私は君を推薦したんだよ」
「上層部の決定じゃないんか。こりゃ余計なお世話ってやつだな」
こちらの返事を再びスルーし彼女は言葉を続ける。
「君は、他の人には無い何かがある。そう感じる。初めて君を拾った時からね」
「…」
「別に特別な感情があった訳じゃない。けれど、そんな感情抜きにして君には才がある。そう感じる。だから、成果を上げられる事を願っているよ、仁」
その言葉を聞いて、仁と呼ばれた男は部屋を後にした。