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第3話 司令官と副官

 氏名:ツルギ・ハインロット

 ID:8986100

 階級:陸軍大佐

 年齢:17歳

 出身地:共和国

 入隊種別:士官

 前勤務地:中央情報部

 

 ドライバーが持ち帰った書類にはそれしか記載されていなかった。

 先ほど着任したばかりの新司令官の個人資料なのだが、丁寧にのり付けされた茶封筒に、上質紙が一枚。そこにはたった数行の文字があるだけだった。

 

 抗議のつもりで上層部に電話をすると、今まで取り合ってくれなかった担当者は、どこか投げやりに答えた。

 

「こちらにもそれ以上の情報は下りてきていません。その情報自体、こちらが知り得たのもつい先ほどです」

「どういう事ですか?」

「理由は分かりません。こんな事は初めてです。機密事項にあたるという事じゃないでしょうか」

 

 機密事項?

 彼女の存在自体が?

 そんな事があるのだろうか。

 全く意味が分からない。


「だいたいスエサキ、お前には司令官を迎えに行ったら帰りは出発する前に連絡を入れろと言っておいただろう!」

 

 副官室の自分の机に座り一息ついていたトーマに、スノウは苛立ちをぶつけた。

 

「すいません、つい忘れちゃって」

 

 そう言って頭の後ろを掻きながら悪びれもしないトーマに更にイライラは募る。

 

「俺もまさか司令官があんなに若くて美人なギャルだとは思わなくて、総督府に迎えに行ったら大佐はこの人ですって言われてびっくりして。あんまりびっくりしたもんだから電話するのすっかり忘れてました。」

 

 この役立たずが。

 スノウは胸中で毒づいた。しかしスノウ自身も司令官の美しさに圧倒され立ち尽くしてしまったし、それ自体トーマに目撃されているということもあり声に出すのは控えた。

 

「確かに新しい司令官はすっごい綺麗ですよねぇ!」

 

 机に座りパソコンに向かっていたはずのヒメルが目をキラキラさせながら会話に入ってきた。

 

「でも美人って言うより美少女って感じ。歳は幾つなんですか?」

「17歳だ」

 

 スノウが書類を見ながらぶっきらぼうに言う。

 

「へえー、17歳で司令官なんてかっこいいー!」

 

 ヒメルは更に目を輝かせた。

 

「17歳のぴちぴちギャルかぁ……やべぇ俺、緊張して運転できないかも」

 

 トーマが頭を抱えながら身悶える。

 

「スエサキ軍曹、そのギャルって言い方やめてください。ってゆーか何か全体的にいやらしいです」

「ひどいなヒメルちゃん。俺が送迎車の中でふたりっきりだからって変な事するような男に見える?」

「はい。割りとはっきり」

「おい」

 

 スノウの苛立ちを気にもとめず、二人の部下たちの会話は盛り上がっていく。

 

「でも確かに車の中って密室ですもんね。あんな綺麗な司令官と二人っきりなんて緊張しますね」

「だろ~。困るよなぁ。しかも毎日だぜ?」

 

 そうは言うが、トーマの表情は少しも困った様子はなく。むしろ嬉しくてにやける口許を抑えきれないと言った表情だ。スノウはその表情が妙に癇にさわった。

 

「安心しろスエサキ。司令官の送迎には私も同行する」

 

 いつもの冷静沈着な口調でスノウが言う。

 

「……へ? 副官が? 同行するって言うのは、えっと……毎日ですか?」

「もちろんだ。何か問題でもあるのか?」

 

 トーマは「……いいえ」としか言えず、薔薇色の妄想があっと言う間に終わってしまったという現実を認めるのにしばらくかかった。




 まったく、どいつもこいつも浮かれた顔をしていい気なものだ。

 司令官が若くて美人だからなんだと言うのだ。基地司令官に美しさは必要ない。

 そもそも17歳の少女に司令官を任せること自体おかしいとは思わないのか。

 売り出し中のアイドルがよくやる一日警察署長じゃないんだぞ。

 一体何故なんだ。

 休戦状態とはいえ、ここは帝国軍との境界線上の重要な基地であるはず。その重要な基地の司令官が、何故こんな少女なんだ。


 ……もしかして、これは罠なのか。

 スパイがいることを知った総督府が、わざと情報なんて何も持っていない司令官を送り込んできたのか。

 もしそうだとしたら、どこからスパイの情報が漏れたんだ。今回の仕事の件はゴルダ村でも限られた人間しか知らないはず。

 何か他に理由があるのだろうか。調べる必要がありそうだ。

 

 スノウは席を立つと、司令官室に直接繋がる扉の前まで来て軽くノックをした。

 

「ロウ少尉です」

 

 声を掛けると中から微かに返事が聞こえたので、扉を開けて部屋に入った。


 広々とした室内。床には一面に絨毯が敷かれ、部屋の中央には重厚な執務机が置かれている。

 司令官はふかふかの背もたれが付いた椅子に腰掛け、書類に目を落としていたが、副官が入室してくると顔を上げた。

 

「この報告書はロウ少尉が作ったの?」

 

 見ると、司令官の手には確かにスノウが作成した報告書があった。ガンデルク基地所属の指揮官級幹部に関する報告書だ。経歴はもちろん人柄や部下たちからの評判まで細部に渡って調べつくした。

 スノウのここ2週間のほとんどは、この報告書を作ることに費やされたと言っていい。

 

「はい、お役に立つかどうかわかりませんが、出来る限りの情報をまとめました」

「ふーん」

 

 司令官は書類の一枚目をペラッとめくったが、すぐに元に戻してスノウに突き返した。

 

「いらない。返すわ」

 

 スノウは一瞬何を言っているのか分からなかった。

 新しく着任した司令官ならば、すでにこの基地の重要ポストに就いている幹部たちと良好な関係を築く為、彼らとの接点を知りたいと思うはずだ。どこの出身であるとか、士官学校の何期生だとか。

 そういった接点から糸口を見つけてコミュニケーションを図る。それが基地の運営を円滑にする為に必要な要素のひとつになるのだ。

  もちろん軍隊とは縦割り組織なので、階級が上位の者の命令には服従しなければならないのだが、下した命令に対しより良い結果を得るためには、階級だけではなく人間関係というのも重要なのである。

 スノウは基地司令官の副官として報告すべきことを当然のごとく報告し、さらに司令官の信頼を得るために十分過ぎるほど調べあげたのだが、要らないとはどういうことなのか。

 

「……何か失礼な記載がありましたか?」

「ううん別に。あたしには必要ないからいらないってだけ」

 

 司令官の表情はケロリとしているから、その言葉に嘘はないのだろう。

 

「……わかりました。出過ぎたことをして申し訳ありません」

 

 スノウが差し出された書類を受け取ると、司令官は何事も無かったかのように言った。

 

「今日の予定は?」

「はい、本日は──」

 

 スノウは今日一日の予定を一通り伝えると、また副官室と直接繋がる扉から部屋を出た。




 副官室側の扉の前に立ち、司令官に突き返された報告書を手にしたたままスノウは動かずに考えていた。


『あたしには必要ない』


 この基地の指揮官たちの情報など知る必要はないということか。


 まあ、それもそうだろう。

 あの司令官はあまりにも若い。この基地の他の指揮官たちとは世代が違いすぎる。おじいちゃんと孫とまではいかないが、それに近いのではないか。

 彼らの経歴を知った所で、自分との接点などありはしない。それどころかまともに会話が成り立つかどうかも怪しい。

 それがわかった上での『必要ない』発言なのだろうか。それとも世代だの関係なく、ただ単に他人に興味がないだけか、今の時点では判断しかねる。

 まさか司令官があんなに若い、いや子供と言ってもいいだろう。あんな子供だとは予想もしなかった。これから始めようとしているスパイ活動も、やり方を少し変更する必要があるだろうか。




「ロウ少尉、どうかしましたか?」

 

 ヒメルが仕事の手を止め、無言のまま立ち尽くすスノウに向かって尋ねた。が、答えは返って来ない。


「司令官室で何かあったんですか?」


 心配になってスノウの目前まで行きもう一度尋ねた。

 やっと自分に掛けられている声だと気付いたスノウは我に帰る。

 

「いや、何でもない」

 

 そう言ってヒメルの横を通り抜けると、自分の執務机に座り引き出しから大きめの革の手帳を取り出した。

 

「これからの司令官の予定だが、午後から着任式がある。その後、副司令官から基地の現況説明をする。場所は作戦室。午前中に準備を終わらせておくように」

「りょーかーい」

「了解です!」

 

 ヒメルとトーマの声が重なった。しかし、ヒメルは何かに気付いて「はい質問です」と手を上げた。

 

「なんだ?」

「新しい司令官も、昼食はお部屋で召し上がるということでいいんですよね?」

「ああ、今までの司令官と同様、会議などがなければ司令官室で食べてもらう」

「あ、メシで思い出した」

 

 突然トーマが呟き、スノウとヒメルは揃って声の主に視線を移した。

 

「副官のメシ、申請しといたんで、今日の昼から食堂で食べて下さい」

 

 何を言うかと思えば食事の話か。

 そう言えば赴任してきてすぐに食堂利用の希望を出したのだが、それから音沙汰が無かったのですっかり忘れていた。

 今日になってやっと通ったか。それとも

 

(コイツ、さぼってたな)

 

 スノウがうらめしげに目をやると、トーマは自分の用は済んだとばかりに涼しい顔をしている。

 相変わらず悪びれる様子もない部下のふてぶてしさに呆れ、スノウは小さくため息をついた。




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