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第1話 殺し屋スノウ

 乾いた大地に、砂まじりの風が吹き抜ける。

 スノウはぎゅっと目を閉じながら、羽織っているマントのすそで口元を覆った。


 乾季の間は雨がほとんど降らないこの土地では、マントは生活必需品である。

 フードを頭からすっぽりと被っていれば、襟口から砂が侵入してくることもないし、照りつける日差しから身を守ることもできる。

 それに、日が沈むと昼間とは対照的に極端に気温が下がるので、防寒の為にもこれがないと生活できないのだ。


 辺りは何もない見渡す限りの草原。

 その真ん中で風をやり過ごすと、スノウは再び前方に視線をやり、枯れかけた草に隠れるようにうずくまって息をひそめた。


 その腕には使い込まれた旧型のライフル銃。

 少し離れた先の地面にあいた穴に、狙いをさだめる。

 引き金は、撃鉄が落ちるぎりぎりまで引き絞り、後はひたすら待つのだ。


 風がまた、砂を孕んでとおり抜ける。


 照準した小さな穴から何かが飛び出した瞬間、鋭い銃声が辺りに響いた。

 音に驚いた鳥たちが慌てて飛び去る。

 硝煙の臭いが鼻を掠め、一瞬で風にとけた。


 スノウはライフル銃を肩から外すと、無言のまま立ち上がり狙った穴の場所へ向かう。

 

「今の時期じゃ、この大きさがせいぜいだな……」

 

 残念そうにつぶやきながら、焦げ茶色の塊を掴んで持ち上げた。

 この辺りに生息する野ウサギだ。

 

「あ、いたいた。おーい、スノウ」

 

 誰かに呼ばれて振り返ると、見慣れた男が手を振りながら近づいて来る。

 仲間のサンダースだ。

 サンダースはスノウと同じくフード付きのマントを羽織ってはいるが、フードは被っていない。そのため彼の目立つ特徴である金髪が露わになっていた。

 

「晩メシ調達できたか? 俺、すっげー腹ペコなんだけど」

 

 スノウは無言のまま獲物を縄で縛り、腰のベルトに括り付けた。ベルトにはすでに数羽のウサギがぶら下がっている。

 

「なんだ、またウサギかぁ。そろそろ飽きたな」

 

 サンダースはスノウの腰元を見てつぶやいた。

 

「たまには豚とか食べたいなぁ、丸焼きにしてさ。ソールちゃんが帰ってきたら絶対作ってもらおうぜ! ああ〜、ソールちゃん早く帰ってこないかなぁ。やっぱりソールちゃんがいないとなんつーか、花がないよね。居るのはむさくるしい男ばっかりだしさぁ……」

 

 サンダースは喋り続けているが、スノウは完全に無視をして、無言のままライフル銃を肩に担ぐと帰路を歩き出した。

 すると、呼んでもいないのにサンダースが後をついてくる。


「──まぁ、だからこそソールちゃんが余計に可愛く見えるんだけどね。だいたい元締めがソールちゃんをあんなどうでもいい仕事に駆り出すから、毎日ウサギ汁ばっかり食うことになるんだ。あんなの他の奴にやらせとけばいいのに。なあ? スノウもそう思うだろ?」


 スノウに無視されているという状況をさらに無視して、サンダースはスノウの背中に向かって喋り続ける。

 こいつとは腐れ縁で、幼い頃から一緒にいるのだが、頭のいい男だと思ったことは一度もない。


「別に俺はスノウの料理も嫌いじゃないんだぜ? 俺が作るよかマシだし。でもソールちゃん大好きの俺としては、やっぱりソールちゃんの手料理が一番なんだよなぁ」

「──いい加減に気付いたらどうだ」

 

 後ろから切れ間なく浴びせられる一方的な会話に、ついに我慢できなくなってスノウが口を開いた。

 

「何が?」

 

 きょとんとした表情のサンダース。

 

「ソールに嫌われているって事にだ」

 

 頭の悪いこの男には、この際はっきりと分からせてやった方がいいだろう。


「ああ、その事ね。うん。知ってるよ。ソールちゃんもそう言ってたし。でもそんなことでへこむようなサンちゃんじゃないもんね〜。それにさ、嫌がるソールちゃんを見るのもまた楽しいって言うかなんと言うか……」

 

 知ってるんだったら遠慮してやれよ。

 

 恐ろしく鈍感なのかと思っていたら、なお悪い。この男にとっては相手に嫌われていようがいまいが関係ないのだ。

 

「かわいそうに……」

 

 スノウはため息交じりにつぶやくが、サンダースは明るい表情のままあっけらかんとしている。

 

「大丈夫。俺、こう見えて、結構打たれ強いから」

「お前じゃない」

 

 スノウが同情したのは、ここにはいない人物だ。

 サンダースと同じく幼い頃から兄弟のように育ち、よく知っている女性。

 

「ソールの事を言っているんだ」

 

 そう言っても、サンダースは分かっていないのかポカンとした顔をしている。

 こいつ、タフな上に馬鹿で救いようがないな。

 大きくため息を吐きながらスノウは思った。



 

 先ほど狩りをしていた場所から丘を一つ越え、干上がった沢を一本渡ったところに小さな集落がある。

 スノウやサンダースが日々を過ごす場所、ゴルダ村である。


 この辺りは雨季が訪れれば劇的に緑豊かになるのだが、今は乾季。そのため植物も大地も、統一したように土気色一色だ。


 そんな草原の中に、ぽつんと取り残されたようにあるのがゴルダ村だ。

 村とは言っても、高床式の家が数軒と家畜小屋、自分たちで食べる分の野菜を作る畑があるだけの、ごく小さな村だ。

 周囲をぐるりと柵で囲み、建物はすべて中心を向いて放射状に建っている。村の中央には石を積んで作ったかまどがあり、獣除けのため常に薪をくべて火を絶やさないようにしていた。

 

 取り立てて産業もないこの村では、生活に必要な物のほとんどを自給自足している。

 だが外貨を稼ぐ方法が一つだけあった。


 それは暗殺稼業。


 スノウはこの村の村長で、組織のボスでもある“元締め”に幼い頃に拾われ、それから今日まで殺し屋として数々の暗殺をこなしてきた。


 ちなみに自分の後ろをついて歩いてくるサンダースも同じく殺し屋である。とてもそうは見えないが……。


 

 かまどの前まで来て、スノウは夕食の支度を始めるためマントを脱いだ。

 フードの下から濃いブラウンの髪が現れ、風になびく。

 瞳は深い海のような青。

 涼しげな目元と鼻筋の通った端正な顔立ちをしている。

 だがその横顔には、ただ整っているだけではない、殺し屋として培ってきた気迫も感じられる。

 

「どうでもいいが、さっきから何で俺の後をついてくるんだ?」

 

 切れ味のいいナイフで手際よく獲物をさばきながら、背後に立ったまま離れようとしないサンダースに向ってスノウが尋ねた。

 

「いやあ、なんか俺、スノウに言わなきゃいけないことあった気がするんだけど……」

「何だ」

「それがど忘れしちゃって、思い出せないんだよ」

「じゃあ大したことじゃないんだろ」

「そうかなぁ……」


「……」

「……」

 

 しばらく沈黙が流れるが、サンダースは一向に動く気配がない。

 スノウはだんだんイライラしてきた。

 

「何だよ! 用が無いんだったらさっさとどこかに行け!」

「用はあったんだよ。思い出せないけど」

「だったら早く思い出せ!」

「だから思い出せないんだって!」

「じゃあ思い出してから来いよ!」

「ちょっと待てって今思い出すから!」

 

 村の真ん中でスノウとサンダースが押し問答を始めた。

 すでに日が傾いてきていて、村で飼っているヤギや豚たちは今晩の寝床を確保し、うずくまって寝る体制だ。

 静かに夜が訪れようとしているのどかな村に、二人の男の声だけがこだましていた。


「じゃれ合って楽しそうね」

 

 突然、落ち着いた女性の声が背後から聞こえた。

 

「ソールちゃん!」

 

 サンダースが歓喜の声を上げる。

 ソールと呼ばれた女性は柔らかそうな茶色の長い髪を束ねもせずに背中に流し、腕を組んでこちらを面白そうに見ていた。

 上から下まで黒いレザースーツに身を包み、胸元を大胆に開けた姿で立っている。

 

「二人で一緒に夕飯の支度? ホント仲が良いいこと」

「この状況のどこがそう見えるんだ?」

 

 スノウは納得がいかず反論した。

 

「あら、私にはじゃれ合ってる様にしか見えないけど」


 ソールが意地悪く微笑む。


「こいつが俺の邪魔をしているんだ。用もないのにずっと背中に立たれて、気色悪いったらない」

「ただ後ろに立ってただけだろ?」

「それが気色悪いと言っているんだ」

「何だよ! 俺はただ何か言わなきゃいけないことがあったはずだけど忘れちまったから、思い出そうとしてただけだよ!」

 

 そう言って不満げにサンダースが口をとがらせる。

 まるで大型犬と猫のケンカの様なやり取りを見ていたソールが、ふと思い出したように言った。

 

「言わなきゃいけないことって、もしかしてあの事? サンダース、まだスノウに言ってなかったの?」

「あの事……?」

「ほら、この間元締めに呼ばれて行った時に言われたでしょ? 共軍にスパイとして潜入するって仕事、スノウ一人じゃ大変だからお前も行けって──」

「ああっそうだ! それそれ!」

「何だってッ?」

 

 スノウとサンダースの声は完全にシンクロしていたが、反応は全く正反対だ。

 サンダースはずっと気になっていたモヤモヤが晴れてすっきりした表情だが、一方のスノウはあからさまに不審顔。


「いつからそんな話になったんだ? 俺は聞いてないぞ!」

「だからいま言ったじゃないの」

「いくら元締めの命令だからって、こんな奴足手まといになるだけだろ!」

「まあ気持ちは分かるけどさ、今回はソールちゃんもサポートしてくれるんだ。な? 安心だろ?」

「あんたそれ自分で言ってて情けなくないの?」


 嬉々として話す間抜け面の男に生温かい視線を向けるソール。


「とにかく、そう言う事だから。言っとくけどこれは命令よ。あなたにも勿論私たちにも拒否権は無いわ」


 そう言われてしまっては反対のしようもない。


 スノウはまだ言い足りない文句をぐっと噛みしめ、途中だった夕飯の支度に戻った。






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