07:決意
07:決意
城に到着し、レイエスの指示したテラスに降り立つ。
「入って」
誘われるままに部屋に入ると、さすがは王国の姫の私室——ジェシカの部屋とは比べものにならぬ豪華さだった。
「私の部屋に入った同年代の男子はキミがはじめてです」
「……あ、おう」
なんだろう、もはやなんだかんだで男扱いされると違和感たっぷりだ。
「ふふふ。あと、私の部屋に入った友人もキミがはじめて」
「……そうか」
「ええ、だからこれからもたまに遊びに来てくれると、私はとっても喜んじゃいます」
「考えておくよ」
「もし来ないなら、キミを探し出して、私が会いに行ったりして」
「それは困るな、王女」
「私のことはレイエスって呼んで」
「……レイエス」
「うん、ジェシカちゃん」
彼女は友人が部屋にいることを心底喜んでいるようだ。
そういえば彼女は、普段は城に半ば監禁状態で他との接触を断たれているんだったな。
可哀想なことだ。
ある意味で寝たきり時代のジェシカと似た境遇の者同士と言えなくもない。
「エイミ、お茶の用意を二つお願いします」
チリンチ——シュシュン!!
彼女が鐘を鳴らすや否や、その音も半ばにメイドが二つのカップをお盆にのせて現れる。
「お茶ですどうぞ」
速い、速すぎる。
「って!? レイエス様!? こ、この者は!? しかもこんな夜更けに! 嗚呼!! もしやレイエス様!!? いえそんないけませんわ! レイエス様の純血がああ!!!!」
テキパキとカップとお菓子をテーブルに並べながら器用に絶望をはじめるエイミ。
「ぼくは女だぞ」
目腐ってんのか。
「ぼくっ子だとぉ!!? ていうか性別が関係ありますか!?」
「ないのか?」
「ええ、ありません! ていうか無いと困ります! だってそうじゃないと私が姫を食べれないじゃないですか!! 百合サイコーイエエエ!!!」
「百合の者か」
「ええ、そうなんです……。これがなければ、仕事の出来る素晴らしいメイドなのですが」
そう言いながら王女は然程気にしていない様子。
「おいところでぼくっ子」
「誰がぼくっ子だ。なんだ?」
エイミはジロリとこちらを観察し、告げる。
「おまえ、なんか底知れないぞ。いったい何者だ」
「エイミ、この方はとてもお強い剣士様なんですよ」
「強い……? ふうん? しかしたしかに、何か感じるものがある。戦士として、なにかゾワゾワと……、うん? いやこれはまた別の感情の方か?」
おい、なんで舌なめずりしてんだ。やめろおい。
ん? ていうか——。
そこでぼくはとあることに気付く。
「おまえもしかして、グールゲン流の薙刀使いか?」
「——っ!!?」
ぼくの問いにエイミの顔色が変わる。
「キサマ……なぜそれを?」
やはりあっていたか。
あまりにキャラが濃いんでさしものぼくでも覚えていた。
このエイミとかいう女は、前世ではぼくが直々に殺している。つまりかなり腕が立つってことだ。
「質問に答えろ! そう多くないはずだぞ、私の流派を知ってまだ生きているのは!」
「エイミ。この方は先ほど魔王軍幹部から私を救ってくださった命の恩人です。無礼な態度は許しませんよ」
「魔王軍幹部!? どうしてそんなことに!? しかも魔王軍幹部からこの者が姫を逃がしたと?」
「いえ、逃がしたのではなく、倒しています」
「なっ——!? そんな馬鹿な!? このわたくしですら、幹部クラスは勝てるかどうか——それをこいつが!?」
「しかし事実です。この目で見ています」
本当は王女目線、タンムズを魔王軍幹部と断定することはできない。なぜなら判断材料がぼくの証言だけだから。
まあそれほどぼくを信頼してくれているということだろうか。
「姫様の言葉でなければ到底信じれる話ではない……。しかしそれが真なら国際問題ものです。他国の姫をそれも国の上層部が襲撃したなどと」
「その通りです。遺憾なことですが、しかし自ら戦争を引き寄せることも私は容認できません。この件は内密に、口外無用ということにしましょう」
「……姫様がそうおっしゃるなら」
賢明な判断だ。
両者が戦争になればどうなるかは、前世で明らかだ。
「しかしまた奴らが襲ってきたら……」
「ふふ、その時はあなたがいるでしょうエイミ。それに……この方も」
しっとりとこちらを見る王女。
それを嫉妬と発情の複雑なミックスで壊れそうになりながら睨んでくるエイミ。
「レイエス姫、ならばぼくからひとつアドバイスをいいか」
「なんです?」
「おそらくだが、裏切り者が貴方の周りにひとりいる。今後の為に早いうちに見つけ出しておいた方が良い」
「なっ!? この城で裏切りだと!? 不遜だぞ! なにを根拠に——」
「今夜レイエス王女が襲われたことがその何よりの証拠だ」
「なんだと!?」
「他に攫いやすい王族などいくらでもいる。しかし魔王軍はわざわざレイエスを選んだ。一切の外出を許されておらず、故に最もガードの堅いレイエスをだ」
「何が言いたい? いや、まさかおまえ……」
エイミはそう問いながらも、既に察している。
ぼくはそれに頷き首肯する。
「そう——レイエス王女は"聖女"だから襲われたんだ。王族だからではない」
「くそ! 悔しいがたしかに貴様の言う通りだ。しかし待て、だが貴様はなんだ? なぜ貴様がそんなことまで知っている? 裏切り者というなら貴様こそがそうなのではないのか!?」
聖女——それは世界で唯一死者を生き返らせられる蘇生術の担い手。
必ずその時代に一人のみ存在するアグリアス神より祝福されし聖なる乙女。
次代の聖女が誰なのかは完全にランダムであり、故にその代の聖女が死んだ場合、各国は全力で次の聖女やわ探す。そして見つけ次第国家権力で買い上げ囲い込もうとする。
この時代の聖女は偶然にも王族であるレイエスだった。故に亥国がいち早く発見し、情報を秘匿した。
結果、現状レイエスが聖女であると知るのは亥国上層部のみ。
故に聖女を狙ったと思われる今回の魔王軍の誘拐は、聖女の秘密を一体誰が漏らしたのかという不穏を孕んでいる。
ちなみに前世のぼくは、この事件を後日談でしか知らないので、当然裏切り者が誰なのかも知っていない。
「おまえはなぜ姫様が聖女だと知っている!! 吐け!!」
エイミは激昂しぼくに尋問を始めようとする。
「エイミ、おやめなさい」
「しかし姫様! こいつは国家機密である"聖女"が誰か知っていたんですよ?」
「たしかにこの方にはなにか秘密があるようです。しかし私の魂がこう囁いているのも事実——この方は極めて善であると」
「魂のささやき……。姫様がそこまでおっしゃるなら、私も信じるしかありません。しかし——いえ、やっぱり信じるしかないですね。姫様の直感はよく当たりますし」
すごくイヤそうだが、彼女は諦めるように頭を下げた。
「……一応教えておいてやるけど、ぼくは間違いなく世界最高の極悪人だぞ」
「なっ——!? 姫様コイツこんなこと言ってます!?」
「うふふ、それがホントだとすると、随分と正直な極悪人さんですね」
「本当に信じて大丈夫なのでしょうか!?」
「エイミ、私が信用できないの?」
「うぉおおおお! そんなまさか! 信じる! 私、信じます!!」
「本当に良いのか? 後悔しないか? ぼくは本当に極悪の極みだぞ」
「やめろおおお! 私に姫様の決断をうたがわせるんじゃないいい!!」
裏切り者については「重々注意しておきます」と返答をもらい、あとはこんな感じのノリで楽しくお茶をした。
※
間もなく夜も更けるので帰ることにする。
居心地がよくて思ったよりも長居してしまった。
「なんだぼくっ子、もう帰っちゃうのか? なんならもう一晩くらい泊めてやってもいいんだぞ? 日中は私の部屋に匿ってやれるだろうし」
「エイミ、あなたすっかり気に入ったのですね。まさか自室に連れ込もうとするなんて」
「——あっ! ち、違いますよ姫様!! アレですから、私が愛しているのは姫様だけですから!」
「なんの心配をしているのエイミ」
テラスから飛び立つ前に、ふと、最後にもう一つだけ忠告すべきことをぼくは思い出す。
「そういえばレイエス、キミはまだ死者蘇生の術を一度も使ったことがないだろ?」
「え、はい……」
頷く彼女の目は、なぜ分かるの? と訊ねてきている。
なぜか——。
それは、
レイエスがまだ生きているから。
聖女が生涯で蘇生できる数は無限ではない。その聖女ごとで異なる限度数が存在している。
百回以上蘇生できる聖女もいれば、数十のみの聖女もいる。
その生涯限度数を使い切った時、その聖女は死ぬ。
限度数を事前に知る術はないのだが、ぼくは前世でレイエスが何度目で死んだのかを見て知っている。
レイエスはたったの"1回"のみで死んだ。
過去に類をみない、驚くべき極貧蘇生数の聖女——それが彼女だった。
前世での彼女は、魔王城で捕虜となり、ボロボロに蹂躙され、やがて試しにと名も無き魔族を一人蘇生したが最後、そのまま虚しく息絶えた。
あまりにも悲惨だ。
今世の彼女は、そんな人生にさせたくない。長生きをさせてあげたい。
「君は何があっても、誰一人として、生き返らせるべきじゃない。やめておけ。いいか、たったの一人も蘇生してはならない」
「……貴方は変わっていますね。他の皆は決まって、まったく逆の——どうか一人でも多くのものを生き返らせてくれと——そう言ってくるのに」
大人びた表情で答えるレイエス。
しかしその横で、エイミがわんわんと泣き出す。
「うぉおおおお! ぼくっ子、ありがとお! ぼくっ子の気持ち、私すっごい分かるぞお! おまえ良い奴じゃんかよお!! また来いよお!! 二人で一緒に姫様を守っていこうなあ!!」
ぼくは飛び立つ。
「安心して」
最後にぼくの背中に彼女は告げた。
「お父様の権限で、私は満十二歳まで力の使用を強要されないことになってるの。今九歳だから、まだ三年はあります」
三年……か。
前世では、姫の誘拐事件から五年後に戦争は起きる。
この世界では、いったいどうなるだろうか。
まだ先は読めない。
しかし——
「ならばぼくが、プリシラがその力を使わないで済むようにしてみせる」
柄にもないことを言ってしまったけど、本気だ。
振り返らなかったのでプリシラの表情は不明だが、小さく、極小さく——
「うん、信じてます」
そう聞こえた。
※
アルファードの屋敷に戻る頃にはすっかり日が昇り、朝になっていた。
さすがに亥国往復は遠すぎた。
「朝帰りになっちまったな……」
《ヒャッハッハー、なに焦ってやがんだお嬢!》
ぼくの身体に住み着いた龍が、怯えるぼくに向かって思念波で大笑いする。
呼び名には真名の暁ではなく、レイエスが呼んでいたクロを使うことにした。
《むっちゃ強えお嬢に文句言える奴なんていねえだろー? それともあれか? もしかしてお嬢でもかなわないほどの強い奴がこの屋敷に住んでるってか? んなわけねーよな、ぎゃははー!》
屋敷の壁に着地し、そっと自室の窓を開け、中に入る。
「おかえりなさい」
その瞬間声をかけられた。全身が凍り付けになってしまいそうな、冷ややかな声音。
フユが無表情に立っていた。
《えぇぇえ……!? なんかヤベー奴がいるぞおお!??》
さっきからうるせえぞクロ。
「……随分と遅いお帰りですね」
「いや、……わるい」
「ですがまあ、昼までには戻ってくれて、本当に助かりました。昼を過ぎると、ジェシカくんの不在を隠すのが困難になります」
おや?
そこでぼくは気が付いた。
思ったよりもフユは怒っていない。むしろ——
「ジェシカくん、こちらに」
サッと近付いてくると彼女はぼくの状態を念入りにチェックする。
「怪我がないようで安心しました」
彼女はホッと胸をなで下ろす。
他人に怪我の心配を本気でされるというのは、変な気分だ。
前世で確認されることはたった一つだけだった。
『殺せたか、否か』
「ふっ」
おかしくなってぼくが笑むと、彼女は少しだけ尾を振る。
「……昨晩は、参りました。なかなかやりますね、ジェシカくん。でも次は、私ももう少し本気を出します。同じやり方では、もうムリですよ」
「ああ、分かっているよ」
多分、彼女は元より、ぼくがある一定のラインにまで達した時には、その一回だけ、見逃してくれるつもりだったのだろう。
ぼくの頬に手を当ててくる。その時の彼女の表情は、いつになく感情に溢れていた。否、一般的には無表情に類されるだろうが、彼女としてはそうだった。
とても嬉しそうだった。
そして誇らしげだった。
「ところでジェシカくん、なにか顔つきが変わりましたね」
そうだろうか。
「はい。……決意を固めた者の顔ですね。少しだけ、かっこいいですよ」