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05:歴史改変

05:歴史改変



 亥国城へ急ぐ。

 魔王軍が何時に姫をどうやって攫うかは不明だ。故に出来るだけ急いだ方が良い。


 街灯、針葉樹、屋根、塔——高いところをピョンピョンと高速で跳び移っていき、アルフォード領を後にする。


「良い街だ」


 小さいが活気に溢れ、生気に満ちていた。

 どうやら父は偉大な領主であるようだ。


 アルフォード領の外に出ると、そこには地平を覆うほどの巨大な森が広がっている。そしてその森の奥深くには天にも届きそうな巨木が見えた。


「あれは……妖精樹(セフィロト)


 妖精樹はハイエルフ族が守護する神木であり、不死であるハイエルフを不死たらしめている生命の源だ。

 ちなみに前世では、開戦とほぼ同時にぼくが燃やし、ハイエルフは根絶やしになった。


(つまりここはニブルヘイムの森の南部——すると亥国城は南東の方角か)


 本国の位置に見当を付け、また全力で駆け出す。

 森の中に入り、背の高い木々を順々に高速で飛び移って進んでいく。


 と——。


「——————!」


 人の声が聞こえた。

 なんだ?

 女の声。


「助けてっ!」


 叫び声である。どうやら助けを求めている。


(今は時間が無い……)


 一分一秒に世界の命運がかかっている。こっちは見ず知らずのたかが女一人の命だ、無視した方が賢明だろう。

 しかし——


 ぼくには出来なかった。

 迷わず声の方角に向かう。


 もう人は殺さない——それがぼくの決めた信念だ。


(すべきは世界と一人を天秤にかけることではない。全て助ける。今度は、ぼくの力はそうやって使う)


 迷わないのが今のぼくの強さだ。


(いた)


 声の主を見つける。

 そしてその子は想定よりも百倍くらい差し迫った状況にいた。


「助けて! 誰か——!!」


 人族の少女と小龍が、あまりに巨大な戦艦の如き蛇の魔獣に追われている。

 魔獣は洞穴の如き大口を開き、目の前の全てを飲み込んでいく。


(ん……? おいおい、あいつは……!)


 そしてその魔獣の頭の上には、見覚えのある魔族が仁王立ちしていた。


(あいつは——タンムズ!? 魔王軍幹部が一人、大食のタンムズじゃないか!!)


 なぜこんなところに奴が?


(いや……——まさか!)


 逃げているドレス姿の少女——もしかしてあれが今夜失踪するレイエス王女か。

 城から失踪するという史実から、てっきり誘拐現場は城であると思い込んでいたが——。


(本当の誘拐現場はここ——ニブルヘイムの森だったのか。そしてそれを実行したのが大食のタンムズとあの魔獣ということ)


 危なかった。情けは人のためならずってやつだ。


 ザッ——!!


 地面に降り、姫の横を通り過ぎながら魔獣の口先に向かう。


「あなたは!? そっちは危ない!! 逃げて!!」


 こちらに気付き叫ぶ姫。一目で美しい少女だった。

 無視して魔獣の前に飛び出る。


(この魔獣、見覚えがあるな。たしかアガースラ……砂漠地帯を住処とする魔物だったか)


 わざわざこのために慣れない森に連れてきたらしい。ご苦労なことだ。


(しかしアガースラなら、今のぼくでも容易に退治できる)


 アガースラは鉄壁の外皮で全身を覆っており、あらゆる物理・魔法攻撃をものともしない。前世においても人魔大戦で大量投入され、不沈戦車の如く人間相手に猛威をふるっていた。


 しかし倒し方は実は簡単なのだ。背中に一カ所、直径十五センチの急所があり、そこを三十センチ以上の得物で刺すだけ。それで終わり。

 要は知らない殺しの権化——それがこのアガースラなのだ。


「なんなんだオマエは? 全く以て邪魔だな、まったく! 人間というのは次から次へと蛆のように湧いてくる」


 タンムズがこちらに気付き、下卑た笑いで見下ろしてくる。


「しかしその距離ではもう逃げられないだろう!? 嗚呼お可哀想に、ウジ虫!! さあ死ね!! アガースラに潰され路上の虫のごとく無様に生涯を終えるが良い!!! ぎゃあははっはは!!」


(五月蠅いやつだ)


 無視してぼくは天高く跳ぶ。


 兎郭・天楼——!!


 ダンッ!!!


「んなっ!? 翔んだ!! 高い!! 人間の餓鬼の分際でこんな兎郭を!?」


 虚空を蹴り、鋭角の軌道でタンムズの頭上を越えてアガースラ背中の急所に降り立つ。

 仁王立ちで静かに腰から剣を抜き、


「そんなばかな!? ソコは!! なぜおまえがソレを知っているっっ!!!!」


 そのまま急所に突き立てた。


「ギャアオアオアオオアオアアオアア!!!!!!」


 アガースラの断末魔。そうして不沈戦車は静かに停止する。


「す……すごい……」


 地上では王女がこちらを見上げ、感嘆の声を漏らしていた。


「おまえ……おまえは……おまえは……おまえはおまえはおまえはおまえはあああ!!!」


 そしてそれとは対照的に死した獣の頭の上でタンムズが怒りに震えている。


(さて、どうするか)


 ワナワナしている隙にぼくは地面に降り立ち、すっかり油断しだしている姫をタンムズから離す。


「あなたとても強いのですね」

「黙れ、いいかレイエス、よく聞け」

「えっ? どうして——」

「黙れ。あの男——怒りで戦慄いているあそこの男が見えるか」

「ええ見えるわ。あの貧弱そうな彼ね。死んだ魔獣と比べるととても弱そう」

「魔王軍最高幹部の一人だ」

「えっ!??」

「たしかに魔王軍幹部の中では圧倒的に戦闘力で劣っているが、しかし少なくとも今の魔獣の数百倍は強い。分かったら離れてじっとしてろ」

「は、はい。そうします。でも、あなたは……?」

「ぼくは、あいつを始末していく」


 タンムズの生命E値はたしか30,000,000オーバー。

 対するぼくは現状300。

 かなりキツい。


(できれば逃げたい。しかし——)


 視認されている。このまま魔王城に帰してしまえば、報告されうる。

 本来人族では知るはずのない、アガースラの急所を知っており、且つ王女誘拐阻止を為した者として。特定され、マークされる危険もある。


(故にここで殺るしかない)


 まだ相手がタンムズで良かった。

 奴は弱く、そしてとても愚かだ。

 今も、未だ背中を向けて戦慄くばかりで、こちらを見ようともしない。


(アレを使うか……)


 今のぼくが奴に勝てるとしたら、方法は一つしかない。


(瞬歩——兎郭・天楼!)


 一気に距離を詰める。奴はまだ戦慄いている。こちらを格下の獲物と思い込み、故に敵を背に激情に身を任せている。相変わらず愚かだ。

 こいつは戦士ではない。前世の頃からまるでなってなかった。

 油断、驕り、侮り、怠慢——

 まるで戦士の精神状態ではない。


(だから足をすくわれる)


 二秒——


「絶殺奥義」


 本来なら圧倒的に不足なこの時間も、隙だらけの貴様なら、十分すぎる猶予だ。


「【鬼人千装櫓(きじんせんそうやぐら)】——」


 ぼくの背後に鬼が湧いて出る。


「奥義? 人間風情のクソ餓鬼が奥義を創造したというのか!?」


 奴が振り向く。しかしもう遅い。おまえはもう射程圏内に入っている。

 ブンッ!

 空手のまま大きく振りかぶる。そしてそのまま脳天目がけて振り下ろす。


「ばかめ!! 何が奥義だ! なにもないじゃないか!! 仮に武器を持っていても俺を切れるものなどはじめから人間ごときには——」


 避けることもしないタンムズ。

 空で振り下ろした手——その中に、命中する寸前、


「UMA魔剣・喰魂(がこん)草薙(くさなぎ)——!!」


 その一瞬だけ、鬼がぼくの手の中にそれを納める。


喰魂転遷(がこんてんせん)


 魔剣はこれまで吸った魂を一気に爆発させ、刀身に纏い、攻撃力に変える。


「なんだこの攻撃力は!? 俺の身体が!!? 人間如きにこの俺が!!? うそだろ人間の餓鬼の分際でえええ!!??」


 それがタンムズの最後の言葉だった。

 次の瞬間には、真っ二つになっている。


 なんとか、勝てた……。


 ズズズ——。

 鬼が魔剣を櫓に納め、役割を終えて帰っていく。


(痛てえ……)


 脳がブチッブチッと裂け千切れるような痛みを発する。


 危なかった。あと少しでも長く草薙を握っていたら、存在瓦解が発生していただろう。


「大丈夫ですか?」


 王女が駆け寄ってくる。


「ああ大丈夫。ただの存在亀裂、この程度なら修復できる」


 UMAの発する深淵は耐性の低い魂を侵食し、瓦解させる。今回はまあなんとかなったが、かなりリスキーなので現段階ではやはりUMAの使用は極力避けた方が良い。


「存在……に、亀裂……?」


 姫は不思議そうに首をかしげていた。

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