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03:幼馴染み

03:幼馴染み



 夜間のメイド攻略を始めて約一週間が経過した日のとある昼——。


「ジュジュ! あーそぼっ!!」


 ジェシカの幼馴染みであるという少年、ソードがアルフォード家にやって来た。

 病気の間もほぼ毎日見舞いにやって来ていたらしいので、ジェシカとはそれなりの間柄だったのだろう。

 ならば(正直かまっている暇はないのだが)宿主(ジェシカ)への手前、無下にするわけにもいくまい。


「おねがいー! ねっ、一緒にやろー!」

「仕方ないな。でもやるっていったい何をやるんだ?」


 彼はぼくの腕に腕を絡め、じゃれるように外に引っ張っていく。

 その手には木剣が二つ握られており、そして顔や腕にはたくさんの生傷が。


(ほう、なるほど。するとアレか)


 彼がこれから行おうとしている遊びについてある程度見当が付いた。


「さしずめ"食人鬼(マンイーター)ごっこ"だな?」


 剣を使って二人でやるキッズの定番と言えばやっぱこれだよな。


「マン……え、なに?」


 しかしソードくんはポカン顔だ。


「違ったか?」

「マン……イーターって、それどういう遊びなの? 人を食べるの?」

「いやあ、はは、そんなわけないだろ。食人種じゃあるまいし、ぼくたち(、、、、)は人など食わない。そもそも人間の肉は臭すぎるんだ! あんなのとても食えたもんじゃない」

「う、うん……そうだよね、はは」


 え、なにその乾いた笑い。


「それで、食人鬼ごっこってどういう遊びなの?」

「基本的には剣試合。でも勝利条件だけが少し通常の剣試合とは異なる。ほら食人鬼って人を食べる前に相手の全身の皮を綺麗に剥ぐだろ?」

「え、うん……そうなの?」

「なんだ、知らないのか? 食人鬼界隈ではその巧みさが男の甲斐性となる。つまりモテる。如何に肉を傷つけず綺麗に皮だけを剥ぐか——それが肝要なわけだ」

「へ、へえー……」


 なんだろう、どんどん彼がどん引いていくのが伝わってくる。

 いったい何故だ? 分からぬ。子供社会がとんと分からぬ。


「それで結局、勝利条件はなんなの?」

「えーと、相手の身体に傷を付けることなく服だけを綺麗に斬り落とせた方が勝ち。木刀で薄い衣服だけを切るのはけっこう難しい。その練度を競う」


 教えながら目を瞑る。またもの凄くドン引きされそうな気がした。


「ぱあああああ!」


 うん?

 しかし今度の彼はメチャメチャ興奮で光り輝いている。


「たっのしそー!! もう普通の剣稽古には飽きてたとこだったんだ!! やってみたーい!! わあー木刀で服だけを斬るなんて、ボクにもできるかなー??? えへへ!」

「……やってみるか」

「うん! わーい!!」


 庭に駆けだしていく。

 急にテンション上がったけどどうしたんだアイツ? それまではあんなに分かりやすくドン引きしていたというのに。


 と——ふとそこで答えに思い至る。


(ああ、なるほど。そういえばぼくは女だ)


 つまりぼく(女子)の服を剥げると思って喜んだのか。


「ふふん……」


 ぼくは邪悪に笑む。

 そうはいくか、エロ餓鬼が。


「はい、じゃーこれっ! ジュジュの剣ね!」


 健全なる青少年の如き満面の笑みで剣を手渡してくるソードくん。

 内面できっと爆発しかけているに違いない性欲をおくびにも出さぬのは、ほんに天晴れである。

 しかしぼくも元魔族っ子のはしくれ、負けてやるわけにはいかぬ。


「ソードよ、食人鬼ごっこ界隈において"最多ちんこ見たで賞"を受賞したことのあるこのぼくだ。このドレスの一ミクロンすらも貴様にくれてやるつもりはない」

「うん! わかった! でへへー! ジュジュちゃんと剣を振れるなんて夢みたいだー!!」


 めっちゃ嬉しそう。

 くっ、舐められている。しゃーない、ちょっと本気出すか。


「よーい、はじめ!!」


 合図を出すと、直後、ソードの目つきが変わる。

 存外に剣士の目だった。

 そして、


 ガッ————っっッ!!


 まるで子供とは思えぬ鋭い踏み込み。


 戦技【瞬歩】を使っている。


(……へえ、やるな)


 予想外。

 いや、そんな生やさしい度合いではない。想定の数億倍の速度で間合いを詰めてくる。

 素晴らしくキレのある瞬歩だ。


「やるな、人族の子供」


 もしかするとぼくも、少しは本気になっていなかったら危なかったかもしれない。

 彼よりも数兆倍のキレのある瞬歩で回避行動を——


(ん……?)


 いや、まずい。

 寸前になって思い出した。


(この身体……)


 そういえばまだ瞬歩が使えないんだった。


 加えて相当に貧弱だ。連夜のメイドとのシャトルラン合戦で相当こたえているらしく、あらゆる箇所が軋んでまったく思った通りに動けない。


 故に避けられない。


 現時点において、この身体はソードの足下にも及んでいない。


(……しかたない)


 方針を変える。

 前世のような身体能力をフルに活かした戦い方は当面の間は無理そうだ。

 だから——


「ほい」

「——っえ? ひゃあ!?」


 強さではなく、巧さで。

 避けない。

 ただ、いなせば良い。

 剣を相手の剣に当て、軌道を逸らす。すると相手は勢いが相殺できず、バランスを崩壊させる。


 ズザザザザ——っっ!!!


 そのまま倒れ込み、転がっていく。


「ええぇえええ?」


 ソードくんは尻餅をつきながら驚いていた。

 信じられないとばかりにこちらを見上げ、そしてこれまた存外に、輝く笑みを浮かべた。


「……すごい。でも今度は、ボクも本気だ」


 笑みを消し、剣士の鋭い瞳——それで立ち上がりもう一度踏み込みを行う。


 ダンッ————!!


 しかも本当に、先ほどよりも数段上の速さだった。


(手加減していたのか……)


 この歳でこの瞬歩(クイックネス)は称賛に値する。ジェシカと同じ人族とはまるで思えぬスピードである。

 ——しかし、


(速いだけではな)


 ザッ——!


「えぇっっっ!??」


 先ほど同様にいなし、転倒させる。

 そして今度はきちんと隙をつく。起き攻めで奴の服を全て削ぎ落とす。

 丸裸にした。

 ぼくの勝利だ。


「きゃあ!!!」


(きゃあ?)


 ソードくんがずいぶんと可愛らしい声をだした。


「ま、負けちゃった……? うそ、ボクが負けた……??」

「……残念だったな」


 裸が見られなくて。


 しかし彼は存外に、負けたことへの衝撃の方が大きいようだ。


「し、信じられない。このボクが手も足も出ないなんて……!!」


 かなり腕に自信があったようだ。

 まあたしかに、結構いい線いってた気がする。

 人族の子供の中でも彼はすごい方なのかも。


「ジュジュちゃん……剣握ったことあったの? 本当は今日の勝利を皮切りにボクがこれから剣を教えてあげようって……そう言おうと思ってたんだけど」

「そうだったのか。……ええとまあ、剣は一応今日が初めてってことになるかな」


 今世では。


「は、はじめて……? う、うそ……。それでボクに勝ったの……? しかもあの見事な剣さばき……。身体には傷一つつけず、衣服だけを斬り落としてる……!」


 彼は愕然として、


「もしかして……、ジュジュちゃんって天才??」


 そんなことを言う。


「いや……違うが」

「ううん! ぜったいそうだよ! すごい! だってボク、二回目のは本気で打ち込んだんだよ? あれって父上ですら受け太刀せずには返せない踏み込みなのに! 父上や兄上たち以外に負けたの今日がはじめて!」


 初めて?


「ここらへんってあんまり子供いないのか?」


 少子化か?


「なに言ってんの? いっぱいいるよーあはは、おっかしー!」

「そ、そか」

「でもはじめて負けたのがジュジュちゃんでよかった! ボク、男にはぜったいに負けられないから! えへへ」


 なにかとても嬉しそうだった。まるで勇気を貰ったと言わんばかりの笑みである。

 ただのエロガキかと思っていたが、なんか違う気がしてきた。


「あとそれと」

「うん」


 頬を赤らめて、伏し目がちにソードくんは付け加えた。


「ずーっと、こうしてジュジュちゃんと一緒にお外で遊ぶのを夢みてたから。……その夢が叶って、ほんとーにうれしい。よかった……ほんとによかった」


 そう言って笑う彼の目には、少し涙が浮かんでいた。

 それに気付いたぼくも、不覚にも、そして柄にもなく、ウルウルと涙ぐんでしまう。

 ……きっと、身体の持ち主のジェシカの感情が、今この瞬間だけぼくに乗り移ったんだろう。きっとそうだ。


「ありがとう。ぼくもキミと遊べてとても嬉しいよ」

「えへへ!! これからもたっくさん遊ぶんだ!」

「ああ、そうだな」


 人族の友だちとは、存外に良いものだと思った。

 前世では、殺人道具と書いて友だちと読んでいたくらいだったから。

 目の前のこの少年は——正真正銘の、友達と書く友達だ。


「…………ところでソードくん、どうして上も隠しているんだ?」


 彼は今、股間と胸を手で覆っていた。


「えっ……? だって、いくら相手がジュジュちゃんでも……恥ずかしいもん。ボク、ちっちゃいから。ジュジュちゃんはいいよね、おっきくて」


 ソードくんは顔を真っ赤にしてモジモジとする。


「……」


 なんだろう。ちんこのはなしか? いやでも今のぼくは女だ。ちんこは付いてないからな。転生してすぐ何度もこの目で確認したから間違いない。


 ——と、近くを通りかかったメイド長がこちらを見て驚嘆する。


「ア、アリア様!? なんてお恰好でまあ! いけませんわ!!」


 そう騒ぎ立てながら服を持ってきて彼に着せる。

 ソードは口を尖らせながらブツブツと言った。


「もう、その名前で呼ばないでっていってるのに。ボクは剣士ソードだ!」

「はいはい、ソード様、おとなしく服を着てくださいませね。剣士の名門ベオウルフ家の名に傷が付いてしまいます」


 本当はアリアというのか。

 なんだか女みたいな名前だな。


「ところでソード様、どうして服がギタギタに……?」

「えへへ、ジュジュちゃんに。ボクが負けちゃって」


 ソードくんはあらましを話した。

 しかし、メイド長はそれを信じなかった。特に、ぼくが彼に剣の勝負で勝ったという点を。


 なぜなら、実はソードくんは代々王家に宮殿剣士を輩出してきた超名門ベオウルフ家の子で、しかも《剣聖》の神託を受けているのだとか。

 人族で最高の剣の才を持って生まれる子にアグネス神より与えられるお告げ。

 生まれながらにしての英雄。将来を嘱望されし者。


(つまりソードくんは将来、最強の剣士になるということか……?)


 前世始末した剣士たちのことを思い出そうとする。


(うーん? ソードなんて男、いたかなあ?)


 いなかった気がする。

 まあ才を持っていても腐らせる者はいるから。もしかするとソードくんもそうなのか?


 分からん。


「違うよ! 正々堂々闘ってボクが負けたんだよ! ジュジュちゃんはすごいんだから!」

「……ソード様、そんな嘘誰も信じませんよ」


 ソードくんは真実を伝えようとしたが、しかし結局、現段階における剣聖が病弱な貴族令嬢に敗北したという言い分を大人たちは毛ほども信じず、ぼくが負けた腹いせにソードの服を破ったことにされしこたま叱られた。




 しかしその夜——。

 少し嬉しいことがあった。


 懲りもせず一晩かけてフユの包囲網の突破を試みていた最中のことだ。


「ジェシカお嬢様」


 いつもは無言で影の者の如く仕事に徹している彼女がなんと声をかけてきた。


「聞きました、昼の件」

「……なんだよ、おまえもぼくを叱る気か?」

「ええ、ダメですよ、お嬢様」


 また嘘つき云々と——


「ソード様をコテンパンにされたのでしょう? 丸裸にするなど……ご友人は大切にされたほうが良いと思いますよ」

「……?」


 しかし違っていた。


「おまえは信じてくれるのか? ぼくが剣聖に勝ったと?」

「ええ、それは当然勝つでしょう。お嬢様は加減を知りませんからね」

「……そ、そうか」

「どうされました?」

「いや……別に。ただ……、ありがとう。忠告痛み入る。そうだな、友達は大事にしないといけなかった。あれはやり過ぎだったかな、素っ裸はあんまりだったか」

「ふふ、思ったよりも素直なんですね」


 存外にこの無骨なメイドは、ぼくのことをよく知ってくれているみたいだ。

 というか、信頼してくれているというか。


 素直に嬉しかった。


(専属メイドというのは……案外良いものだな)


 前世での魔族の専属メイドには、"殺人機械"というルビが振られていたものだったが。

 また考えを改めなくてはな。


「フユ、これからはぼくのこと、お嬢様なんて他人行儀な呼び方はしなくていいぞ」

「どういうことですか? そうはいきません。あなたは私のご主人さまです」

「ぼくはおまえともっと対等に話したい。だから名前呼びで良い。ぼくは無知だから、色々と教えてくれると嬉しい」

「同じ……目線……? 私とあなたが……?」

「そうだ」

「いいのですか……?」

「いい。むしろお願いしたい」

「……それは本当に、まさかの申し出です……」


 ドア越しに聞くその声は、とても嬉しそうで光り輝いていた。

 今このドアを開いたら、彼女はいったいどんな顔をしているのだろう? 気になったが、やめておく。あまりにも不粋だからな。


「……案外、いいかもしれませんね、そういうカタチも」

「うん?」

「……いえ、では二人きりの時だけ、ジェシカくんと呼びます」

「いつもじゃないのか」

「はい二人きりの時だけです。あと、如何に呼び方を変えようと、フユはあなたのサーバント(使用人)——友達は他に作った方が良いですよ」

「わかってるよ」

「……ソードさん、明日も来てくれると良いですね」

「だな」


 剣聖と知らず、負かして服剥いじゃったからな。

 気にしてないといいけど。

 もし来なかったら、謝りに行こうかな。



 翌朝——。


「ジュジュちゃーん!! 食人鬼ごっこやろー!!」


 ソードくんはむしろハイテンションで連日ぼくを訪ねてくるようになった。

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