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02:専属メイド

1.決意の章

02:専属メイド



 翌日——。

 呪詛は完治していた。

 ぼくはベッドから起き上がり、開いた窓から外の様子を眺める。

 気持ちの良い風が入ってくる。

 外の景色はのどかで、通りかかる人たちは皆笑顔だ。


(いい街だ)


 かつてぼくが最後に見たあの暗黒の世界とは真逆——。


 この街を守りたい。


 心からそう思った。


「でもなにか……この屋敷、変だな……?」


 原因不明の違和感。


(いったいこの"感じ"はなんだ?)


 身体がまだ馴染んでないせいだろうか。分からない。

 まあいい。嫌な感じではないのでとりあえずは平気だろう。



「戦争がこの世界でも起こるのなら、あまり猶予はない」


 ここがぼくの元いた世界の十年前というならば、これより五年後に人魔大戦は起きる。

 人族が滅ぶ未来——ぼくはそれ(、、)を変えたい。


 その為の方法論は大雑把に考えて二つ。

 ①大戦そのものを起こさせない

 ②大戦にて魔王軍を打ち倒す


 ①の場合、戦争の契機と言われるものを無くしていけば実現するのだろうか? しかしそんな単純なものとも思えない……。


「ふうむ。まあ今はとりあえず、やり方どうのこうのよりも、先に自分の状態を知るべきか」


 何をするにも戦いは避けられないし、そもそもぼくは戦闘以外に取り柄がない。

 そういうわけで以前のぼくの力がこの身体にも引き継がれているかどうかを調べる。


 瞳を閉じ、意識を集中させて技能(スキル)を発動させる。

 頭の中に(ウィンド)が開き、修得済みのスキル情報が一覧で浮かび上がった。技能管理スキルである【ステータスウィンド】の効果である。


(良かった、ステータスウィンドは使えるようだ。管理がかなり楽になる)


 自身の情報一覧に目を通していく。

 そこでまずひときわ目を引いたのは——


(なっ!?)


 『生命E値:3』


「3……? たった……?」


 生命エネルギーは原則的にその者の成長と共に増加する。故に大雑把にその強さの物差しとなる。

 それが3。

 驚愕の数値である。なんなら前世のぼくは七歳で既に5十万だった。


(この値だと使える術技なんて一つもないんじゃ……)


 カテゴリ——、

 武術——。

 魔法——。

 以前極めた、ありとあらゆる分野での最強殺人術がきちんと今もラインナップされている。つまりこの身体にもきちんと引き継がれている。


 ——が。


 ただしそれらの表示はどれもこれも薄暗い。つまり使用不可を意味する。この貧弱な身体がその使用条件を満たせていないのだ。


 毒や石化などへの耐性系に関しては、全て問題なく引き継がれ、且つ発揮されているようだが、それ以外はダメ。


(……ん? いや、しかしひとつだけ使えるものがある)


 よく見るとひとつだけ点灯していることに気がつく。

 それは——


「奥義……!? 【絶殺奥義・鬼人千装櫓(きじんせんそうやぐら)】が使用可能なのか——っ!!」


 奥義はぼくが自ら考え、編み出した技である故に、如何なる状態でも使用不可には成り得ないのかも。これは転生して初めて知る事実だ。


(つまりあの伝説武装(UMA)たちが使える——!!)


 これはかなり大きい。あの強力無比な武器を全て自由に使えるのならば、少なくとも現時点で既に世界の九割に勝てる。


「【鬼人千装櫓】——」


 奥義を発動すると、きちんと異界の門が開き鬼が出現した。

 本当に使える。

 すごいぞ!


 鬼に櫓を開かせる。そこには問題なく前世で蒐集した全UMAが揃っている。


(これならばたとえ人魔大戦で魔王軍と正面から立ち向かうことになっても、かなりの確率で勝利できる——!!)


 そう興奮し、一つのUMAを手に取ったその時である。


「っうがぁあ————ッッ!!!!??!」


 その瞬間、UMAからあふれ出した"深淵"が瞬時にぼくを飲み込んだ。圧倒的強制力の精神干渉に(さら)される。

 まるで脳髄に直接、他者という重油を大量に流し込まれているような感覚。

 それが体感で毎秒一億五千万回くらいで繰り返される。

 ぼくは前世仕込みの精神コントロールを駆使しギリギリのところでそれに抗い、耐え抜き、そして慌てて武器を手放した。


「はあ……はあ……はあ……」


 死ぬかと思った。

 否、正確には、消滅しかけた。深淵が奪うのは命ではなく存在そのものなのだ。

 しかし問われたのが精神でまだ良かった。肉体なら無理だっただろう。


「ぼくはこんな恐ろしい武器を平気な顔で扱っていたのか……。なんて馬鹿げた深淵耐性だったんだ。どうりで他に使える者がいなかったわけだ」


 一般人になって初めて知る、以前の超人ぶり。


 時間にして約二秒——。

 今のぼくではたったそれだけ握るのすら、命——否、存在がけ。


 グギ、グギギ……。


 鬼がぼくの落とした武器を拾い、櫓に戻す。


(一ミリでもミスれば存在消滅のリスクを抱えつつ必死で二秒——今はそれが限界か)


 しかも実践の中で使うのなら、全コレクション中、最もぼくと親和性の高い"魔剣・喰魂(がこん)草薙(くさなぎ)"くらいしか無理だ。

 持つだけで周りの奴ら全員が死ぬあの剣である。

 使いにくいったらないな。


(まあ切り札だな……)


 これから少しずつ、使えるUMAと時間を増やしていこう。


「はやくこの身体を鍛えなくては」


 試しにピョンピョンとその場で跳ねてみる。

 動きは非常に重く、芳しくない。


(……なんて鈍重で不自由な身体なんだ)


 どうやらジェシカは戦闘には不向きな人物であるようだ。まあただの地方令嬢であるのだから当然と言えば当然だが。


(こんな身体で、あの魔王軍と戦うのか……)


 なかなか骨が折れそうだ。



 次にドレスを脱いで裸になり、姿見の前で自身の身体を確認する。


「やはり女だな……」


 サファイア魔鉱石の如き儚げな空色のロングヘアと瞳。ほっそりとしながらも、適度に肉の付いたバランスの良い身体。


「なかなかだ」


 肉体の性能面以外の評価は上々。

 ジェシカはわりと——否、かなり可愛い。元魔族のぼくから見ても普通に美少女だ。これは自画自讃ではない。元の持ち主(ジェシカ)への賛美である。


 ——と、


「まあお嬢様! そんなお恰好ではしたない!!」


 やって来たメイド長がぼくの全裸姿を見て驚嘆した。


「いけません! どうぞこれを!」


 彼女が取り急ぎ、布を手渡してくる。


「この布は?」

「どうか使ってくださいませ」

「……?」


 ぼくは首を傾げて問う。


「この布で人が死ぬのか?」

「は?」

「ん?」


 何か変なことを言ったか? メイドがポカンとしている。


「何をおっしゃっているんです? とりあえずそれで身体をお隠しくださいと言ってるんです!」

「あ、ああ……そういうことか。すまない」


 前世の習性だ。全部前世が悪い。

 あの頃は人とやり取りする物と言えば、総じて人殺しの道具だったから。てっきり新しい殺人道具をくれたのかと勘違いした。


 ぼくは取り急ぎ布を巻く。


「お嬢様ぁあ!」

「なんだ、ちゃんと巻いたぞ? なにを息巻いている」

「男の子じゃないんだから、下だけ隠したってダメですよ!」

「ああ、そうか。たしかに」


 前世の習性で。

 腰に巻いていた布を胸の上から巻きなおす。


 ぼくはもう人族でお嬢様なのだ。

 早く慣れないとな。



「そうでしたジェシカお嬢様」


 ぼくをドレスに着替えさせていたメイド長が思い出して手を叩く。


「ジェシカ様に専属のメイドをつけるよう、アルガス様より言いつけられているんでした」


 アルガスは父のことだ。


「いらないよ」


 即答する。

 正直言って、常に近くで控える存在は今のぼくには邪魔だ。


「そうはいきませんよ。今候補の者たちをここに呼びます、好きなものを一人お選びくださいな」


 しかしメイド長は強引に話を進めた。

 口笛を吹くと、やがて長蛇の列でメイドが部屋に折目正しく行進してくる。凄い数だ。どんだけメイドを持て余しているのか。


 この屋敷には数え切れないメイドが住み込みで働いている。はじめはおっさん()の趣味性を疑ったものだったが、ジェシカの兄曰く事実は違うらしい。


「街で職にあぶれ、困っている人たちを見ると父はついつい雇ってしまうんだ。それで増えていく使用人の為に屋敷も増築し、住処と仕事を提供する。給金を増やす為に自分たちは節制を心がけて——まったく、出来た父を持つとお互い大変だよね」


 とのこと。

 ふうむ。素晴らしい気位だ。

 ならばぼくもこの家の者として、メイドの仕事を奪うわけにはいくまいか。


「わかった、選ぼう」

「さすがはアルファード家のお嬢様です」

「うむ」


 メイドの顔を順に眺めていく。多種多様な人種の顔ぶれである。


 ——と、


(……どういうことだ)


 異常事態——。

 その候補の中に一人、とんでもない者がいる。


(本当にメイドか?)


 到底メイドとは思えぬ、もの凄い強さの女だ。

 勇者と同等——否、もしかするとそれ以上かもしれない。前世の勇者は一対一ならば(ぼく以外の)魔王軍幹部を倒しうる力を持っていたが、この目の前のメイドにもおそらくそれと近いことが可能。


 なぜこんな者がしがない地方貴族の住み込みメイドなどやっている?


 しかも更に奇妙なことに(今当人を目の前にして気付けたのだが)このメイドはどういうわけか、この屋敷を監視している。


 "存在感知"——索敵技術の最高峰。

 彼女が使っているのはそれだ。この屋敷は彼女の"存在"で満たされおり、それにより中の者の一挙手一投足が全て彼女に掌握されることになる。

 ぼくが感じていた違和感は絶えず充満する彼女の"存在"だったのだ。


 存在は魔力、神秘などと並ぶ生命エネルギーのひとつであるが、その中で最もコントロールが難しく、実践レベルで使いこなせる者は世界で魔族を含めても十人ほどしかいない。

 それをこいつはすまし顔で二十四時間連続運行している。


(控えめに言って猛者——)


 だがそんな実力者が人族(敵側)にいれば、当然前世でぼくが直接対峙しているはず。


(こんな女会ったことがない。つまり殺してない)


 だとすると前世において、彼女は開戦までにぼくに関係なく、しかも大した名声も得る事無く死んだということになる。

 こんな完成された戦士にそんなことがあり得るのか。

 それとも、この世界はやはり、ぼくのいた世界とはまったく同じではないのか。


 分からない。


 謎の実力者——。


(こいつは誰だ?)


 不気味。

 異様——。


「その子が気に入りましたか?」


 メイド長が言う。


「その子はフユといいます。愛想はありませんが、この仕事にとても情熱を持っています。きっとお役に立てるかと」


「フユ……か」


 やはり聞いたことのない名だ。

 

 銀眼に縁なし眼鏡、それにストレートロングの銀髪。

 小柄で、やたら胸が大きい。

 頭からは三角の耳が生えており、腰のあたりには同色の尻尾がある。

 獣人だ。

 たぶん幼孤種。

 "幼孤"は"妖狐"の派生種で、不老である。故にいくつになっても見た目が幼いままだ。

 彼女も見た目は十五歳ほどだが、実年齢はどうかわからない。


(ふうむ……)


 とても涼しい顔で、こちらを見つめてきているその女——。


 誰かが言っていた格言。

 友は近くに。敵はもっと近くに。


「フユ——おまえをぼくのメイドにするよ」


 彼女は愛想のない、距離を感じさせる口調で、


「よろしくお願いします、ご主人さま」


 そう答えると、どこか挑戦的、まるで全てを見透かしたような笑みを浮かべた。



 その夜。

 むくっ。

 ぼくはひとり起き上がり、外出を試みる。


 情報収集や下調べ等、やっておきたいことはいくらでもある。


(いくか……)


 ベッドを降りて、ネグリジェのまま部屋の扉のノブを掴む。


 ——しかし。


「………………!」


 開ける前にぼくは戦慄する。

 その扉の向こうに、


(フユがいる——!?)


 ずっとそこにいたわけではない。

 今、来た。

 ぼくがノブを握り、回そうとしたその瞬間——一秒にも満たないその瞬間に。


(そういえばコイツは、屋敷全体を監視し続けているんだった……!)


 しかもものすごいスピードだ。あっという間に駆けつけ、回り込んできた。

 そして彼女のオーラは如実に物語っている。


 ——無断外出など許しません。


(……ならば、出し抜くまで)


 今度は全力で窓の方に走る。

 ——が、


(もう回り込んでいる——!)


 カーテンの向こうに彼女の眼光を感じる。

 窓の外に彼女が立っている。


(……ここ五階だぞ)


 その程度でこの私をだし抜けるとでも——?

 そんな風にあざ笑われている気がする。


「……おもしろい」


 ぼくとフユのシャトルラン合戦はそれから一晩中続いた。


 しかも結局突破は出来なかった。


(化け物かよ、あのメイド……)


 あまりにフユがスゴすぎて後半なんて少し楽しくなってすらいた。


 ベッドに汗だくで倒れ込むと、全身が疲労で悲鳴をあげている。

 貧弱な身体だ。しかし彼女とのこの追いかけっこは、なかなかいいトレーニングになるかもしれない。



 これから毎晩、フユとこのやり取りを続ける。



 ちなみに後で知ることだが、この時フユはぼくに対しある程度の"存在"の負荷をもかけている為、トレーニングとして爆発的な効果をもたらすことになる。


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