00:プロローグ
10万字ほどストックがあるので、しばらくはテンポ良く更新できると思います。
よろしくお願いします。
1. 決意の章
00:プロローグ
魔王軍最高幹部十魔将が一人、鬼葬のラーゼウル——それがぼくだ。
今から遡ること一年前、魔王軍は魔族以外の全人類(人族、亜人族、エルフ族等)に宣戦布告をし、そして先日、見事完全勝利を飾った。
結末は人類の滅亡。魔族以外の絶滅。
この戦争の第一功労者は間違いなくぼくだ。
戦時中に殺戮された人類の約九割は実にぼく一人の手によってなされたものだ。
今やぼくは魔王軍の英雄だ。
皆が皆、ぼくを讃えている。魔族の長たる魔王ゾディアーグにも並ぶ偉大なる魔族として——。
しかし、
偉大? 本当にそうか?
果たしてぼくは本当に素晴らしいことをしたのか?
ぼくが積み上げた死体の上に成ったこの世界はあまりにも暗黒だ。
魔族以外いない世界。
それはとても虚しく、そして寂しい。
魔王城の中門前、中央大階段——そこの最高段に腰掛け、自らが導いた世界を一望する。それが世界征服を為してからのぼくの朝の日課だった。
ふと足下を見ると勇者パーティの死体が転がっている。
この勇者たちを殺したのも当然ぼくだ。
生前は自信と自尊心に満ちあふれ、威風堂々としていたものだったが、今ではもう腐って蠅がたかっている。
臭う。ここはとても臭う。
死の臭いで溢れている。否が応でも思い出す。この手にかけたその瞬間を。彼らの無為な断末魔を。
人類最強の五名による勇者のパーティ。彼らが人類最後の希望だった。
しかしそれは脆くも、いとも容易く、ぼくの前に崩れ去った。
彼らの死により望みを絶たれた人類軍は総崩れとなり、戦意喪失し、最後には自決か虐殺かを迫られ、集団自決で死絶えた。
そして到来したのがこの暗黒の世界——。
「この世界は終わっている」
ぼくは明確に後悔していた。
こんな世界にしてしまったこと。
「今なんと言った? ラーゼウル」
「——っ!」
突然の呼びかけに振り返ると、そこには魔王と軍幹部たちがいた。
どうやら今の呟きを聞かれてしまったらしい。
「なんと言ったのだと訊いておる。お前はこの美しい暗黒の世界が嫌だと言うのか?」
「…………はい」
正直に告白したことで、魔王の背後で勢揃いしている幹部たちがざわめく。
「我は今、ラーゼウルよ、お前を讃えに来たのだ。この素晴らしい世界の担い手——人類どもを絶滅させたお前に、今一度最大の賛辞をと皆で話していたのだ。なのに……くくく、がっかりだ、なあラーゼウル、世界最強の殺人者よ。しかし如何にお前と言えど、今のような不遜な発言を許すわけにはいかん。……故に、だ、」
その言葉が終わる頃、およそ現在残存している全ての魔王軍兵士たちが一斉にこの階段に集結する。そしてぼくを包囲した。
その分厚い兵の壁の向こうで、魔王は静かにせせら嗤う。
「ラーゼウル、貴様を反逆罪で死刑に処す」
魔王の笑みから、はなからこのつもりであったことが透けた。世界征服後、用済みのぼくを排除すれば、彼の支配が揺らぐことはもうない。
「……ぼくを殺すか。このぼくを、おまえたちが」
兵士たちが殺意に満ちた剣を抜く。
今や魔族しかいなくなったこの世界で、全魔族がぼくに牙を剥こうとしている。
「だが許そう。甘んじて受け入れる」
別に死んでも良い。むしろ自死してみせる。ぼくは間違いなくこの世界での最悪なのだから。
ただし——
「おまえたちも道連れだ」
闇はこの世界には不要。せめてもの償いだ、最後に大掃除をしていってやる。
「いかに鬼葬といえど、俺たち全員を敵に回して勝てると思っているのか! 驕っているぞ、ラーゼウル!!」
「【絶殺奥義・鬼人千装櫓】」
奥義を発動——。
するとぼくの背後に異界の門が開き、般若の如き面をした巨大な鬼が這い出てくる。
この鬼には過去にぼくが蒐集した全ての伝説級"人類未確認武装"——即ち最強の武器たちを預けてあり、普段はそれらが盗られないよう世界の果てに隠匿させている。そしてぼくの奥義はこの鬼をいつでも好きな時に一瞬で召喚することにある。
奥義と言うにはシンプルだが、既にあらゆる最強殺人術をマスターしているぼくにとってはこれが最適解なのだ。
その時使いたい最強術に合った最強武器をその都度自由に、そして即座に取り出せる——これにかなう最強は他にない。
「喰魂草薙を出せ」
ギャギャギャ——。
鬼が呻く。
鬼は巨大な武器櫓を背負っており、それを翼のように扇状に展開すると、その中の一本を抜き、ぼくに手渡した。
「ぎゃああああ!!」
「なんだ!? どうなっている!!??」
「死ん——ぐああ」
次の瞬間、あたりの兵士たちが次々と死絶えていく。
伝説級UMA"魔剣・喰魂草薙"——。
持ち主が握るだけで発動。半径十キロ圏内で生命エネルギー値:10,000以下の者の魂を自動で吸い上げ殺害し、吸い上げたものは攻撃力に等価転換する。刀剣系最強UMA。
「くっこれがたった一人で人類を滅ぼした世界最強と謳われる鬼葬の力なのか! 剣を持つだけで兵が死ぬ!」
幹部の一人が狼狽える。
「……魔剣の力だ。使えるのはぼくだけだが」
魔王に向かって進む。道を譲るように周囲の兵たちがバタバタと順に魂を吸われて倒れていく。
——しかし、
「まあ、ちょっと待ちなよ」
そんなぼくの肩を一人の魔族が掴んだ。
「……ラマツ」
如何に魔剣でも、彼女の魂は吸えない。
ぼくと同じ魔王軍最高幹部が一人、鏖魔のラマシュトゥ(愛称はラマツ)。彼女は魔王の娘でもある。生命エネルギー値は推定1千万オーバー。
白い顔に、緋色の髪と瞳。とても美しい女だ。
彼女はぼくに微笑むと、ひそひそと内緒話のように耳元で囁いた。
「キミは相変わらず無茶をするね。私たちまで敵にまわして、いったいどう決着を付けるつもり? もしかして魔王を殺そうとでも?」
「…………」
ぼくの無言を彼女は肯定と捉えたようだ。
気味の悪い笑みを浮かべた。
「そう、なら元同僚のよしみで教えてあげる。不可能だよ。如何にキミと言えど、魔王だけは絶対に殺せない」
「……いや、殺す。この世界に遺恨は残さない」
「遺恨か。キミのそういう生真面目なところは嫌いじゃないよ。でも無理なんだ。たしかにキミは強い。間違いなく最強だ。全人類の中でキミにかなう奴なんていなかった。この魔王軍でもきっとそう。私たち全員を敵に回して、余裕で返り討ちに出来るのなんて世界でキミくらいのものだ」
しかし——と、ラマツは言う。
「いくらキミでも、いやキミだからこそ、絶対に無理だよ」
「なぜだ」
「"王威機構"があるから。魔王の末裔は決して親たる王の意思には背けない。その血を引く者の身体には、生まれながらにして王威機構が刻み込まれているんだ」
王威……? そんなものが?
「だがぼくに魔王の血は——」
「ひいている。ひいているよ。キミは落胤——王の落とし子だ。嗚呼、哀れな落とし子ラーゼオンよ、思い出してもみて。キミは戦争が始まってすぐ、とっくの昔に虐殺が嫌になっていたよ。なのになぜそれを忘却した? なぜ魔王の命令通り愚直に人類を殺し尽くした?」
「…………」
「そう、そのまさかだよ。王威の力だ」
「うそだ……そんなものあるはずが……」
意思をねじ曲げられた殺戮の強制——。
それは純粋に自身のあやまちとしての罪よりも遙かに恐ろしい。
(嘘だ!! そんなもの信じてたまるか!!!!)
ぼくは跳躍し、兵の壁を飛び越え、直接魔王に襲いかかる。
剣を大きく振りかぶり、その命を——
「『止まれ』」
「————ッっ!!???」
魔王が発したそのひと言——。
たったそれだけでぼくは微塵も動けなくなる。何も出来ない。呼吸すらも——。
(王威機構——!)
存在している。たしかに、間違いなく。
「——ぐっ!!? た、助けてください、命だけは! 命だけはあああ!! 死にたくない、死にたくないんですううう!!!」
次にぼくは地面に額を擦りつけ、どういうわけか命乞いを始めていた。
魔王がぼくに土下座し、泣いて命乞いしろと、そう望むだけで、それが叶ってしまう。
「くくく、あははははは!!」
勝ち誇り、魔王は高笑いした。
完全にこちらを見下した、下卑た笑い声だった。
「憐れだな、鬼葬のラーゼオン。我が最強にして、最高の殺戮兵器。如何にお前と言えど、この俺の前ではそのザマだ。なあ、これが何を意味するか分かるか?」
王は込み上げる感情を抑えきれない様子で叫んだ。
「この俺こそが最強ということだ!! 世界最強は貴様ではない、この俺だッッ!!!! 貴様は所詮使い捨ての駒にすぎない! ただの人を殺すための道具!! 馬鹿な奴め!! 俺に操られているとも知らず、とうとう人類を滅ぼした!!!! くくく、あははは!!!! 嫌がるお前を上書きする瞬間——あの時の快感は今でも忘れられん!!! 先ほどその階段で世界を見渡している時のお前の後ろ姿も滑稽でなかった!! なにが最強だ!! お前はタダの馬鹿で愚か者だ!!! 悔しいか? 悔しいよなあ!!? 造作も無い! 本当に、馬鹿とナイフは使いようだ!!」
魔王は、やがて「殺れ」とラマツに命ずる。
ラマツが静かにやって来て、遂行する。剣を振りかぶり、振り下ろす。
「ラーゼ様っっ!!」
ぼくの首が斬り落とされるその瞬間、ぼくと刃の間に一人の女が割って入ってくる。
うちの隊の副官、シエラである。戦争中、人殺ししかできないこんなぼくをあらゆる方面で支えてくれた、忠実で優秀な部下だった。
庇うようにして立ちはだかった彼女は、しかしラマツの鋭い剣尖によってぼくの首もろとも真っ二つに切断される。
「ラーゼ様……、生まれ変わってもどうかこのシエラを貴方様の側に……」
次こそは——。次こそは————。そう呟く彼女はやがて息絶え、そんな彼女を見つめながらやがてぼくも息絶える。
「愚かな女だ」
魔王のあざ笑う声が聞こえた。
そうしてぼくは魔族としての生涯の幕を閉じる。
さまざまな後悔とともに——。
読んでいただきありがとうございます。
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