第一章 魔法館の殺人
序盤はクローズドサークルミステリー。
事件解決後は、魔法バトルがはじまります。
コスモタウン入口にある掲示板を戦士のロンデルは眺めていた。銀色の鎧を身に纏い頭には兜、腰には直剣、背中に木製の盾を携えている。兜から覗くスカイブルーの髪が平原から吹き込む風でなびいた。
「俺でも倒せそうな奴、いねえかな」
巷を騒がす魔物の討伐依頼や悪事を働き指名手配されている賞金首の情報が掲載されている。賞金首たちの顔写真は所々破け、全体を見ることが出来ない。長い時間が経ち忘れ去られてしまったかのようだ。各人の特徴を示す注意書きのみが短く書かれている。背中に蛇の入れ墨……隻眼……親指に髑髏の指輪……など。
コスモタウンは広大な平原の中央に位置する街で、平原の先のエリアへの中継地点として多くの冒険者に利用されている。夜は空一杯に星々が広がることから、この名がつけられた。
「なーにロンデル? ちょうどいい相手探して経験値とお金稼ぎするつもり?」
タウンのアイテムショップに行っていた白魔導士のティアリスがからかうように笑った。
白いローブ姿で、宝玉がついた小振りの杖を持っている。肩には細長いカバンがかけられ、長い黒髪は一本に結われている。
戦士や白魔導士というのは冒険者のカテゴリーのようなものだ。
この世界の言葉では『ジョブ』と呼ばれている。冒険者は旅立つ時に任意のジョブに就く。彼らが就いている戦士や白魔導士は下級ジョブと呼ばれ、主に冒険者として旅立つときに就くジョブだ。
戦士は剣や槍など近接武器を扱うジョブ。体力自慢だが魔法は不得意だ。
白魔導士は逆に体力は少ないが回復魔法の使い手だ。
「そう思ったがムリだ。回復薬が何個あっても足りねえ」
「急がば回れよ。地道に頑張りましょ!」
ロンデルは頷き、ティアリスの先導で今晩の宿屋へ向かった。
コスモタウンでは多くの宿屋が軒を連ねている。
多くの冒険者が訪れるのに比例して、宿屋の数も年々増加している。中にはサービス豊富な高級宿屋もあるが、その宿泊費を見てロンデルは仰天した。
「これ、ケタ間違いじゃね?」
他の街では、大体値段三桁で一泊できる。が、中には五桁もあるのだ。
「今の私たちには無理ね。もっと安い宿屋探しましょう」
街の中心からどんどん離れていくと、賑やかさの代わりに閑散さが増してくる。薄暗い路地の側溝では大きなネズミが残飯を漁っていた。
その横を通り過ぎ、しばらく歩いていると一軒の宿屋が二人の目に留まる。
「ここ、安くないか?」
「そうね……ここなら残ったお金で魔力回復薬もう一本買えるかも」
廃れた宿屋だった。
外観は所々汚れが目立ち、見るからに手入れが行き届いていないが『ウェルカム』と書かれた立て看板を見る限り営業中らしい。
宿屋の名前は『魔法の宿屋』。
早速入ると、体格の良い髭面の親父が二人を出迎えた。
「よお。よく来たな。二名か?」
店主のマクガーソンである。オレンジ色の短い髪をセットした五十代の男で、年齢の割には爽やかな印象を受ける。右手でペンを持ち、リング状の跡がついたごつい指で名簿に字を走らせる。
「あの、なんで『魔法の宿屋』なんですか?」
ティアリスが杖をカバンにしまいながら言う。マクガーソンによると値段の割には心身ともに回復した気分になることからこの名前らしい。
「高い宿よりいいサービスするぜ! アッハハハハ!」
豪快に高笑いするマクガーソン。名簿にはロンデルたち以外に四人の名前があった。
「じゃあ部屋は二階な。おーいシエル! 客人だ」
マクガーソンの太い声に呼ばれカウンター奥からメイド服姿の若い女性が出てくる。
「はい。ようこそ『魔法の宿屋』へ。使用人のシエルです。ではこちらへ」
シエルの案内で二階の部屋へ案内されるロンデルたち。隙あらば手を伸ばしそうなロンデルをティアリスが睨んでいた。
本日の『魔法の宿屋』の宿泊者は計六人だ。ロンデルたちが最後の宿泊者だった。
宿屋は二階建てで客室は二階にある。一階に食堂とラウンジがあり、ラウンジには冒険に役立つ本やマクガーソンが取り寄せた酒などが置かれている。ちなみに酒は別料金らしい。抜かりない。
ロンデルは部屋へ案内されてから食事時間まで装備やアイテムの見直しをした。食事の時間になり、別部屋のティアリスと合流して食堂へ向かった。
食堂はこぢんまりとしていた。が、シックな雰囲気が漂い、ロンデルはようやく人心地つくことができた。
他の宿泊者たちは一足早く食事をしていた。
入口から一番遠い席にいるのがモンクのブリューと竜騎士のヘザー。二人はペアで冒険をしている。ブリューはマクガーソンより太い腕で豪快に肉に食らいついている。入口に立つロンデルたちを両目で一瞬見つめるも、すぐに食事を再開した。
ヘザーは淑やかなオーラを醸し出しながら姿勢よく肉をサイコロ状にして食べている。
その近くでスープを飲んでいるのがシーフのモックだ。黒いマントを着た姿は怪盗の名に相応しい。この状況で得意技を披露することは難しそうだが。
入口近くには黒魔導士のカーマインが焼き魚の骨を丁寧に取りながら身を口に運んでいる。隣の椅子にはトレードマークであるトンガリ帽子が置かれていた。
ロンデルたちは空いている席についた。間もなくして使用人が食事を運んでくる。
「ようこそ『魔法の宿屋』へ。使用人のミリアンです。ごゆっくり」
シエルと同じくメイドのミリアンだ。シエルよりも若干大人びた笑みにロンデルは残り少ない体力が底をついた感覚がした。
メイド服の裾を持ち上げた後、優雅に去っていくミリアンを涎が垂れる勢いで見つめるロンデルをティアリスが一喝し、二人は食事を始めた。
「魔力回復したいんですけどまだですか?」
食事を終えた黒魔導士のカーマインが近くを通りかかったミリアンを呼び止めた。その声はやや大きく、他の宿泊者たちもそちらに注目するほどだった。
「あ、はい……もう少々お待ちください」
一般的に宿屋では体力が回復する食事と魔力が回復するドリンクが出される。
ドリンクがいつまで経っても出されないのでカーマインは痺れを切らしたのだ。黒魔導士にとって魔力は死活問題、回復できないと満足に身を守れないからだ。
慌てた様子で厨房に引っ込むミリアン。
「何かあったのかな」
「さあ」
心配そうに厨房を見つめるティアリスに対し、ロンデルはどこか他人事だった。
魔力には頼らない彼だから致し方ない。他の宿泊者を見てみてもブリューやモックはロンデルと同じような反応だし、ヘザーはカーマインほどではないが魔力を使うので気になっている様子。
しばらくして厨房から店主のマクガーソンが出てきて貯蔵してあった魔力回復ドリンクが無くなっている事実を宿泊者たちに告げた。
「大変申し訳ない。宿泊費は安くし、代わりに能力アップドリンクをサービスする」
明らかに機嫌が悪そうな表情だ。不測の事態であることは容易に想像できる。
「あっ、オーナー。すみません、火力が足りません……」
ミリアンは厨房から半身を出してマクガーソンに向けて言う。
「ああ。今行く」
その後、各々のジョブに適した能力を微増させるドリンクが出された。魔力回復以上に貴重なドリンクなのである意味得をしたともいえる。食事を終えた宿泊者たちは各々の部屋に戻った。カーマインだけが変わらず不機嫌な様子だった。
その翌日。
モンクのブリューが部屋で焼死体となって発見された。