表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたがり姫と傲慢王子  作者: やまなし
一章 死にたがり姫と傲慢王子
5/23

5話 楽しい催しをしよう

 エレアノーラと接触がないまま三日が過ぎた。完全に避けられている自覚はあった。

 座学には出席していると報告は受けていたから、次の魔法の訓練の日に顔を出そうと考えていた。一度くらい訓練の風景を確認しなくてはならないと思い直したからだ。


「アルフレッド王子!」


 部屋を出たところで若い侍女二人に捕まった。どこかはしゃいだ様子で、手にした赤いベルベットの箱を差し出してくる。いわゆるジュエリーケースだ。


「なんだこれは」

「レオン王子から仰せつかっております。こちらの中から、エレアノーラ様に贈る装飾品をお選びくださいと」


 さっぱり理解できなかった。金細工を施された蓋を開けると、クッションの上に色とりどりのペンダントやイヤリングが並んでいる。


「なんの話だ……?」

「お出かけになられるのでしたら、お部屋に置かせていただいてもよろしいでしょうか。後日回収に参りますので」


 にこやかな表情を崩さず、侍女はアルフレッドの渋面にも怯まない。この肝の据わり方はアルフレッド付の侍女ではなく、レオン付の侍女か――アルフレッドは従順そうな大人しい者を率先して選んでいる。大してレオンが選ぶ侍女はみな奔放でやたらと我が強い。


「僕は何も聞いていないぞ」

「はい。ですので、今申し上げました。エレアノーラ様は流行の宝石やデザインをご存知ありませんので、どうかアルフレッド様のお見立てで、と」

「そもそもなんのために、どこで使うためのものだ」


 侍女は「後日レオン王子が直接お話に上がります」と強気な態度を曲げない。

 だったら話を通してから持ち掛けるのが筋ではないのか。


「あのな。勝手な真似は――」

「エレアノーラ様は大変憔悴していらっしゃいます」

「だからなんだ」

「環境の変化によるお疲れもありましょう」


 侍女――ではなく侍女の口を借りたレオンが言わんとしていることを察する。あの兄のことだ、寄り添ってやれだとか理解してやれだとか、口当たりのいい言葉を使うんだろう。


「これで機嫌を取れということなら突き返してくれ。どうせあいつは土だとか鳥の方が好きなんだ。部屋に花でも運ばせろ」

「そのように手配いたします」


 代替え案を示した途端あっさりと引き下がった侍女には一瞥もくれず、アルフレッドは訓練場に向かった。






 普段はもっぱら騎士の修練所として活用されている聖堂の奥、巨大な施設の一画にエレアノーラはいた。難しい顔をしているメイジたちを前に困ったように首を振り、整った眉尻を下げている。アルフレッドはつかつかと彼女たちのもとへ歩み寄ると、エレアノーラ、と声をかけた。

 黒檀の双眸がパッと見開かれ、澄んだ声が「アル」と呼ぶ。釣られてアルフレッドに気づいたメイジたちが一斉に頭を垂れた。


「結局進展はなしか。一体なにをまごついているんだ、お前は」

「アルフレッド王子、申し訳ございません、我々どもが――」

「お前たちはいい、教育にあたり適正な人選をしたつもりだ。問題はこいつにあるんだろう」


 謝罪の姿勢を見せたメイジたちを制し、アルフレッドはエレアノーラを睨む。


「駄々を捏ねるのはもう終わりだ。僕が来たからには今日こそ魔法を使ってもらう」


 エレアノーラがさっと目を反らして痛みを堪えるような顔をした。けれどアルフレッドは構わず彼女に詰め寄り、逃げるな、と語気を強める。


「いいかエレアノーラ、これはお前に課された義務だと思え。好き嫌いは通用しないんだ」

「……ねえ、アルははじめて出会ったとき、お母さまを殺すために育てられたって言ってたでしょう」

「それがどうした。逃げる口実に僕を使うなよ」

「わたしが乗っ取られたら責任を取って屠ってくれるとも言ったわ。それって、あなたにはわたしを御するだけの力があるということ?」


 忠告を無視して問いかけられ、アルフレッドは「だからなんだ」とつっけんどんに返した。エレアノーラの質問の意図を図りかねたからだ。

 彼女は胸の前で拳を握り、きゅっと目を瞑る。


「……じゃあ、やるわ。その代わり、約束して。この施設にいる人たちを誰一人傷つけないように守ってくれるって。わたしが自分の力を制御できなくなったら、アルがどうにかしてくれるって」

「どうにかって……居合わせる限り当然のことだが、なんだその漠然とした物言いは。まさか何が起きるのかお前もわからないのか」

「そうだと言ったらやらなくてもいい?」

「いいわけないだろう」


 アルフレッドは溜息をつき、携えていた剣を引き抜いた。カツ、と足元に切っ先を滑らせると、刀身が淡い光を放つ。光は地面に湾曲した軌道を描き、立ち尽くすメイジたちの足元に白い魔方陣を形成した。守護の魔法だ。


「これであらゆる魔法の力はこの場にいる誰にも影響を及ぼさない。ほら、さっさとしろ」

「……手を握ってもいい?」

「子供か、お前は……まったく、今回だけだぞ」


 おずおずと腕を差し出すエレアノーラはまるで幼い子供のようだ。子供のように――何かに怯えている。触れた細い指がまるで氷のように冷たかったので、アルフレッドは息を飲んだ。これが人の体温か? 少なくとも最初に出会ったとき、担ぎ上げた彼女には人肌のぬくもりがあった。

 それがどうした、まるで死人のように冷えた手をして。

 次の瞬間だ。

 晒した頬を冷気が掠めた。ピリッと皮膚を刺す痛みが奔り、何事かと身構えたときには、吐く息が白く凍えていた。

 視界が銀色に染まる。

 背後でメイジたちがどよめく声が聞こえた。


 一面が氷に覆われている。


 壁も床も天井も、照明すらが氷に覆いつくされていた。見渡す限り施設の内部はすべからく分厚い氷の壁に阻まれている。

 どこまでだ。状況を認識すると同時にさしものアルフレッドにも焦りが芽生えた。この力はどこまで及んでいる? アルフレッドが認識していたのはこの場にいるメイジのみだ。エレアノーラの力が修練所の外にまで及んでいるのなら、そこにいる兵士たちまでは守り切れない。

 まさか――ここまでの力を瞬きの間に発現させるとは、考えていなかった。

 ぐらり、と視界の端で黒髪が揺れた。握った手が力なく滑り落ちる。エレアノーラが氷で覆われた床に崩れ落ちたのだ。


「エレアノーラ!」


 凍えた広間にアルフレッドの声はよく響いた。けれどエレアノーラに声は届いていない。


 息を呑む。まるで抜け殻のように虚空を見つめている彼女が、生きているか死んでいるかもわからなかったからだ。

 雪のように白かった腕は血の気が失せて青くなり、長い睫毛には霜が降りている。丸い双眸はどこにも焦点があっておらず、瞬きすらしていない。


「おい、聞こえるか」


 咄嗟に肩を掴んだ。生きているとは思えないほど冷えていた。


「ノーラ! おい、ノーラ!」

「……アル」


 消え入りそうな声で呼ばれた。ぼんやりと鈍い光を放つ黒檀が、徐々にアルフレッドに焦点を絞る。


「僕が認識できるか」


 凍えた空気が肺に満ち、晒している皮膚が痛みすら訴え始める。けれどアルフレッドは構わず、エレアノーラの頬を挟んで顔を上げさせた。


「ああ……できたのね、みんな、無事……?」

「ああ。大丈夫だ」


 エレアノーラは真っ青なまま「良かった」と微笑み、目を閉じる。寒さを自覚したのか、エレアノーラの全身がカタカタと震えはじめた。

 アルフレッドはその薄い肩を抱きしめた。


「……僕が悪かった。お前の力を見くびっていた」

「でも、アルがいれば大丈夫ね、我儘言ってばかりでごめんなさい……」


 熱を与えるように魔力を送る。このまま放っておけば彼女の生命も危ぶまれるだろう。一秒でも早くこの氷を解かすか、外に避難しなければならない。


「わかっていたのなら最初から話して聞かせろ」

「わからなかったんだもの。わたし、魔法を使うのはこれがはじめてだから。嫌な予感がしていただけ」


 触れた手のひらの表面が刺すように痛んだ。

 この細い身体に今、どれだけの負荷がかかっているのか。


「わたしが誰かを傷つけたら、ううん、どうかその前に、わたしを殺してね、アル」

「……約束しよう」


 エレアノーラの身体の下に白い魔方陣が浮き上がり、眩く光りはじめる。凍っていた髪の先端が、服の裾が溶かされていく。


 痛々しいほど白く、そして赤らんだ目元をふっと和ませて、エレアノーラは気が抜けたように微笑んだ。


「約束よ」


 どうしてなんの罪もない無垢な少女が。

 こんな約束で、なによりも安らかに笑うのか。

 がくん、と崩れ落ちるエレアノーラを抱き留める。氷の人形のように冷たい身体。

 アルフレッドは白い息を吐きながら、動かない少女を抱き上げた。


 ――本当に。


「母上の二の舞じゃないか……」


 嫌なことを思い出す。蓋をしていた忌々しい記憶が、彼女の傍にいるだけで生々しい温度を伴って蘇ってくるようだった。


 拳を握る。痛みは既に麻痺していた。

 アルフレッドは人知れず決意する。

 この力を決して、東の魔女に渡してはならない。



**



「ふうん。それで負傷者は一人も出なかったのか。それはお見事だな」

「……あいつの判断が適切だったということでしょう。僕が来るまで一度も力を振るわなかった」


 アルフレッドの報告書に目を通し終えたレオンは、そうか、と短く答えて羊皮紙を丸めた。手のひらに乗せた紙の塊が、突然炎に包まれて燃える。


 橙色の炎を揺らめかせ、羊皮紙の塊はみるみる灰になって消えた。


「あの子はどうしてる?」


 窓の外に灰が消えていくのを横目に見ながら、レオンは椅子に深く腰掛け、ティーカップを傾けた。この兄は紅茶と焼き菓子に目がなく、執務中は必ず手元に糖分が置いてあった。


「状態は安定してきています。記憶に少々の抜けと混濁が見られたので、被害を過少に伝えていますが信じているので好都合でしょう」


 出された紅茶には手をつけず、執務机の前に立ったままアルフレッドは淡々と告げた。


「嘘も方便だね、第三者の悪意に留意して守ってやれればいいけど。しかし、さすが東の魔女が容れ物に選んだだけあるなぁ」

「ええ。知られれば城の中にエレアノーラの居場所はないでしょうね」


 この件に関してはアルフレッドの指揮のもと、関係者にきついかん口令を敷いた。崩壊した建物は改装の名目で修繕している。


 表向きには、エレアノーラの魔力が想定以上で、修練所が少々破損したためと説明することに決めた。一から十まででっち上げるのは苦しいが、真実を織り交ぜて程度を偽るくらいならボロも出づらい。


 要はエレアノーラに対する印象操作が成功すればいいのだ。『東の魔女に選ばれただけある能力の持ち主だが、害を及ぼさない善良な娘である』。

 間違っても修練所を氷漬けにして破壊したなどと吹聴するわけにはいかない。


 こちらには東の魔女以外の敵と問題があった。


「おおごとにはしないで、力が制御できるように特訓を続ける。万が一の場合はお前が責任を持って対処する。生半可な責任じゃないことは……アルならわかってるか」


 エレアノーラが暴走すれば、もはや誰にも止められない。危険因子と判断されてもう一度鎖で繋がれる可能性だってある。

 そうなれば今度はアルフレッドたちの権力をもってしても解放してやることは難しい。


「僕なら対処できます。ゆくゆくは養子に出して魔法とは無縁の世界に身を置いてもらいますよ」

「簡単に言うよなぁ。そうやって大きく構えていられるのはこの国でもお前ひとりだと思っておけよ、アル」


 懸念を抱きながらもアルフレッドの決断を否定することなく、協力的な姿勢を取ってくれるこの兄はアルフレッドにとっては大きな存在だった。

 もしかしたら何もかもに興味がなくて、この国がどうなっても関係ないと割り切っているのかもしれないが。

 それでも良かった。使えるものはなんだって利用するのが信条だ。


「そうそう、早速俺のところにアグネス派が接触してきたよ。『魔女の娘は本当に安全なのか、早急に処分しなくてもいいのか』ってね。なんでだと思う?」

「エレアノーラが東の魔女のように国を乗っ取ろうとしていると疑っているんでしょう。わかりきったことを聞かないでください」

「っていうのは建前。本音はさ、うっかりお前が彼女に手を出して世継ぎでも作られたら次期国王のポストに王手がかかるから、その前に消しておきたい、ってところ」


 そりゃあんな美少女が傍にいたら間違いたくもなっちゃうよねとレオンはいけしゃあしゃあと笑った。アルフレッドは憚らず軽蔑を籠めて顔をしかめる。


「大の大人が寄ってたかって下世話な。僕には婚約者がいるんですよ、汚らわしいにも程があります」

「世の中の大半は下世話で汚らわしくて醜いものなんだよ。父上だって四人も妻を娶ったわけだし、愛人なんていて当然の世界だろ。自分がそういう目で見られていることを自覚して動くこと。特にあの子の見舞いに行くときは気をつけろよ」


 そういうことかとため息をつく。


「常に侍女をつけておきます」

「ま、本気であの子を好いたのなら話は別だけどね。節度と責任を持ってお前が守ってやるといいさ」


 これで話は終いだという語調で締めくくられてしまい、アルフレッドは「兄上」と厳しい声を上げた。


「まだ話は終わっていませんよ」

「え? 報告書がよく書けてたし事情はわかったからもういいだろ」

「忘れたんですか? 僕にエレアノーラの装飾品を選ばせようとしたこと」


 騒動のせいで問い詰めるのが遅くなった。あんな行為はまるで恋人相手にすることであって、アルフレッドとエレアノーラでは周囲に余計な誤解を生むだけだ。


「迷惑です」

「いや、あれは必要だよ。お前が選んでやるのが一番嬉しいだろうし、あと数日したらドレスも届くから」

「は?」


 一体この兄は何の話をしているのか。憚らず怪訝な顔をするアルフレッドに、レオンはにっこりと邪気のない笑みでもって応えた。


「心のケアも必要だろ?」


 楽しい催しをしよう――悪戯が成功した子どものような無邪気な、けれど有無を言わさない様子に、アルフレッドは苦虫を噛み潰したような顔をした。



**

**



 生きる意味を探せと彼は言った。

 自分の命を簡単に捨てるなとも言った。

 悲しみと後悔に雁字搦めにされた、不自由な人だと思った。


 暗い。

 凍えるように寒い。

 落ちていく意識の中で、いつも得体のしれない恐怖に苛まれる。

 四肢が焼ききれそうなほど痛む。けれど目を開けたとき、あの息苦しさも恐怖も痛みもすべてが夢だったことを知る。

 三晩悪夢にうなされた。

 その都度、誰かの力強い手に導かれた。

 眩い光。鉄格子から差す陽の光よりももっと強烈で、温かく、優しい光だ。


「エレアノーラ?」


 名を呼ばれてはっとした。振り返れれば、従者を連れたアルフレッドがこちらへ向かってくる。

 輝かしい黄金の髪と、鋭く意志の強いエメラルドの双眸。エレアノーラの光。


「アル……こんばんは。もうお仕事は終わり?」

「今からお前の部屋に行こうと思っていた」


 あの日から七日が立っていた。目覚めてから、アルフレッドは日に一度は必ずエレアノーラの様子を見に来てくれる。

 修練所が使い物にならなくなった件に関してはあまり公にせず、エレアノーラは今後も力の制御を身に着けるようにと言い渡され、それを了承している。

 誰も命を落としてはいなかった。誰もエレアノーラを責めなかった。

 全部アルフレッドのおかげだ。

 だからせめて笑っていることにした。

 笑ってさえいればなんだって怖くないと、みんなが教えてくれたことを思い出したのだ。

 今までだってそうだった。笑っていればそのうちなんだって楽しくなった。


「アル?」

「……嫁入り前の女性がそんな薄着で部屋の外をうろつくな」


 眉間の皺の理由は、召し物が気に入らなかったからのようだ。確かに部屋着として渡されたものだったが、エレアノーラとしては十分に着込んでいる方だ。


「ドレスって苦手なんだもの、窮屈だし……」

「言いたいことはわかるが認識を改めろ。何度も言っているだろう、城の中にだって魔女以外の危険があると」

「夜風に当たりたくて」

「部屋にバルコニーがある」

「……一人じゃ心細いから」

「侍女を呼びつければいい」


 アルフレッドの態度はいつも冷たく、一定の距離がある。それでもエレアノーラは嬉しかった。彼は常に等身大でエレアノーラに接してくれている。


「部屋まで送る」


 アルフレッドが踵を返してエレアノーラの部屋に向かい始める。傍らを歩きながら、エレアノーラは自然と口角が緩むのを感じた。


「お前にも心細いなんて概念があったんだな」


 ふいにアルフレッドが感心したように呟いたので、エレアノーラはどうして彼がそう思ったのかが気になった。


「アルは心細くなったりしないの?」

「どうだろうな。言われてみれば思い当たらない。子どもの頃には経験しているはずだが」

「今だって大人じゃないんでしょう? レオンお兄様がアルはまだ子どもだっておっしゃってたわ」

「……兄上からすれば僕はずっと子どものままだろう。向こうは八つも上なんだから」


 不本意そうに顔をしかめるアルフレッドを見つめる。彼は滅多に笑わない代わりに表情が豊かだ。感情がそのまま目に映る。


「魔女の城に囚われているときは心細くなかったのか」


 あの灰色の檻の中で、心細かったのかと問われると。

 エレアノーラは首を捻った。今は毎日が新鮮で楽しく、目まぐるしく景色が変わる。毎日、自分が新しく生まれ変わっているような気分だった。

 鉄格子から覗く世界しか知らなかった頃が、そう遠い過去ではないにも関わらず、あの頃の日々は白いヴェールを被せたようにぼんやりと曖昧だ。何をしていたのか、何を思っていたのか。

 心細かったのだろうか。この感情は、外に出て芽生えたものだと思っていた。

 忘れてしまったのだろうか。


「わからないわ。森のみんなが話し相手になってくれていたけど」

「……今の忘れろ。無理に考えなくてもいい」


 アルフレッドは何かを考え込む顔になる。最近、こうして悩ましげにしていることが増えた。エレアノーラにはその悩みの種を解消してやる術がない。


「わたしがもっと頑張ったら、アルも少しは楽になるのよね」


 部屋の前に辿り着き、エレアノーラは改まってアルフレッドに向き直った。


「なんだ、藪から棒に」

「アル、わたし頑張る。誰も傷つけなくていいように。あなたの期待に応えられるように」


 生きる意味を見つけろと彼は言った。

 エレアノーラなりに考えてはいるのだ。


「間違ってたらいくらでも怒ってね。悲しませるよりずっといいから」

「……ノーラ」

「はい」


 アルフレッドが観念したように息をつく。黙って控えていた従者を促すと、従者は手にしていた木箱を恭しく差し出した。


「これをお前に」


 蓋が空く。ベルベットのクッションの上に、真紅に輝く丸い宝石が光っていた。


「綺麗」


 繊細で美しい金の鎖を手に取り、エレアノーラはまじまじと宝石を見つめる。楕円の宝石は吸い込まれそうに透き通り、明るく力強い輝きを放っている。


「魔力を払う魔石だ。使い方次第では魔力を制御しやすくしてくれる」

「まあ。アルがわたしのために?」

「発案はレオン兄さんだが」

「嬉しい」


 エレアノーラは繰り返した。選んでくれたのはアルフレッドなのだ。


「いただいてもいいの?」

「むしろ肌身離さず着けていろ。この石自体にも魔力があるから、探知すれば何かあったときに居場所もわかるようになっている。それと……」


 言葉を切ったアルフレッドが、また険しい顔をして黙り込んだ。大人しく次の言葉を待っていれば、ややあって躊躇いがちに口を開く。


「これに合いそうなドレスを見繕った。近いうちに開かれる舞踏会に、お前も参列するようにと、兄上が」

「……ブトウカイ?」


 はじめて耳にする音の羅列に首を傾げれば、やっぱり僕が説明するんだよな、とアルフレッドは諦めたように溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ