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イバーラク空戦録  作者: 南雲司
5/12

天空の雷鳴

[姫太子]

 お姫様…じゃなくて太子殿下が王都にお帰りになられた。森が存外ぞんがいお気に入りに成られたらしく、大分おごねに成り遊ばしていらしたが、橇つき飛空艇の出現で何時最前線になるかもしれない森に、病む事(やんごと)なき御方をお留めするのは、私の首が胴と泣き別れになる事に、と翻心ほんしん願った。


[手直し]

 編成を変えた。

 二機で一個分隊、二個分隊で一個小隊とした。三個小隊で一個中隊は変わらず。

 森には現在二個小隊の二連気球部隊がいる。森人のと合わせて一個中隊分で、羽気球相手なら十分な戦力だろう。

 問題は橇つき飛空艇が出てきた時だよな。どうするかなあ。とりあえず二番艦は森に移動してもらうか。

 中尉には三番艦を旗艦にして移って貰おう。


 王都防衛隊は壊滅してて空軍初の戦死者も出た。低空で撃墜されたため、降下布が開かなかったのだと言う。

 比較的被害軽微であった飛空艇が修理を終えた後、防空任務に就いている。

 いま空軍府にいる動ける艦艇は飛空艦三艦のみだ。二連気球は纏めて修理中で、というより、一旦バラバラにして使える部品から、新たにでっち上げる作業になってるようだ。


[オーク]

 陸戦隊の人選を任せた兵曹が報告に来た。二個小隊百数人の名簿を渡された。

 ん、ご苦労、指揮官はこの准尉殿ね、いいんじゃない、じゃこれで頼むわ。オークの仮村落が作戦の起点だから準備できたら、そのまま行っちゃって、んなに?長から伝言?え?俺も行くの?


 プロトタイプの飛空艇は連絡機として活躍している。同型機がないから部隊運用し難いのよね。で、ガタガタ震えながらオークの集落に飛んだ。本隊は陸路。

 あんこ型の体形に豚面とは、伝聞に継ぐ伝聞の末のイメージであったらしく、同じ力士でもそっぷ型エラの張ったガッシリとした強面で、好みの女性も多いのではないかと、意外に思った。

 まあ、尖った耳と下顎から飛び出した牙がなければだけど。

「おで、おまえ、くう」え、いきなりたべられちゃうの?

「要通訳」通訳殿同行中

「我等オークは圧倒的体力差により人族を蹂躙できる。って、なめんなよごら的威嚇と共に、互いに尊重しつつ対話を試みたい、と言っている」

 え?いまの三言にそんな長い深い意味あったの?てか、通訳さん、簡略化がポリシーじゃないの?

「ケースバイケース」


[睨むシャオ]

 シャオは鹵獲ろかくした敵飛空艇の発動機をにらみ付けていた。

 羽気球の水車は確かに高性能ではあったが、加工職人の技量の範囲内に留まっていた。

 だが、新たに鹵獲されたこれは次元が違っているかの様にすら思えた。


 水車の元となる湯石は恐ろしく複雑な術式の塊で、堅固な術式の場に絡め取られた物質が、湯石の体を成すのだと言われている。

 術式が何らかの原因で破壊されてしまえば、湯石はその形を失い、細かな砂に崩れてしまう。

 その堅牢な術式に手を加えた者がいる。睨み付けた眼の奥でめらめらと炎が燃えていた。


[鷲型]

 新型の飛空艇がロールアウトした。

 例の尾部に噴進発動機を載せたタイプである。後ろに重心が寄ったため翼は後方に下がった。

 舵の位置は変遷へんせんがあった。最初操舵席のまえにV字に取り付けたが視界が悪すぎると撤廃。次案の下向き逆V字は着床時の破損を防ぎ得ず図面すら起こしていない。

 取り敢えず試作機に採用されたのは後方のV字型、敵機とシルエットが被るのが難とされた。それまでの三枚組の舵と比べ機構が簡略化できるのは大きな利点ではあったが、思わぬ欠点が判明した。

 ヨー(機軸が左右に揺れる事)が酷い。次に操舵の癖が大きい。

 結局後方三舵式になったが、至近になった翼との干渉もあってまだまだ確定とは言えないそうだ。

 操舵席は中席、前席は操舵手の視界を確保するため一段下げてある。足を前方に投げ出して座るタイプの低い座椅子の背もたれを、大きく後ろに倒して低さを確保した。機首の半固定水擊銃を操作する銃手が乗る。

 後席も銃手、後ろ向きに付いていて銃は旋回式。

 鼻面にも見える機首のシルエットを嘴に見立てて、鷲型飛空艇と呼ばれることになった。


[トールハンマー]

 王弟のクーデターの失敗自体は、勇者にとって折り込み済みの事ではあった。

 しかし、雪が消える前に飛行艇部隊を再編しないと、性能の劣るオーニソプターに制空権を委ねなければならない。湖水軍を頼らざるを得ないのは、いささか不本意ではある。

「勇者様、湖水軍より水戦を借り受けることができました」

 借りるとはいっても戦闘に使うのだ、消耗もする、新品で返すことになる。そう交渉しろと指示した。

「等乗員は出せないと」問題ない。慣熟を終え次第、進撃するとしようか。

「電撃隊に出陣が近いと伝えて下さい」

 二百両もの水車雪上戦車と歩兵車両、跨乗こじょうもある。三千の兵を運べる。


 おあつらえむきに吹雪いていた。雪上戦車の立てる雪煙は発見されるのが遅れるだろう。跨乗歩兵は乗せたままで進軍、敵に発見される前に出来るだけだけ距離を稼ぐ。

 敵陣に動きが見えた、兵の影が増え揺れるカンテラの明かりも増え た。

 怒号がここまで聞こえる。

「跨乗そのまま、敵陣に突っ込む!」

 砲が吠える。

 防柵や掩体えんたいが吹き飛ぶ。


 戦車は壕を乗り越え敵陣に入った。

 反撃は散発的で何名かの兵が落車したが怪我らしい怪我もなく、損害を出さずに敵陣をとした。

 捕虜を一箇所に集め二個小隊を見張りに残す。

 一個小隊は戦車二両、跨乗歩兵十二名の編成だ。後続を待たず次のポイントへと急ぐ、それが勇者様の立てた電撃の鉄槌作戦だ。

「準備でき次第、順次出撃せよ」


 ウルクハイには魔法が効かない。なので付与頼みの弩は置いてきた。兵には陸軍から借りた火薬式の銃を持たせてある。とても威力があるが火薬に含まれる硫黄が厄介で周辺の魔素を吸ってしまう。

 つまり付与が付けられない。気球や飛空艇で使われない理由でもある。

 水軍だと魔素遮断の魔道具で火薬を管理している。が、嵩張がさばるので、やはり空軍では使いにくい。


 森人が待ち受ける地点まで追い立てる作戦だ。彼等の弓の腕なら魔法の付与など無くても百発百中だろうよ。

 その為の散開を命じる段になって、聞き慣れた音が近付いてきた。

「司令、連絡艇です」兵曹が指差す。


「防衛線が突破された?」勇者が攻めてきた?寒さいや増す二月、なぜこの時期に侵攻できる。

「参謀長がお呼びです」後の事は兵曹に…いやいや、准尉に任せて連絡艇に飛び乗った。

「兵曹を頼れ、それが指揮の基本だ」

 准尉に投げた言葉は届いたのやら、艇は既にきびすを返していた。


[森人の属性]

 水車の前身たる湯石の産地は然程多くはない。その数少ない産地の一つが北の森、森人の領域だ。

 産業を育むとすれば林業か炭焼き位しかなく、そのどちらにも忌避きひを示す森人が意外にも、高い経済力を持っている理由の一つが湯石である。

 活動資金の不安定な騎士団が狙うところでもある。

 重要な資金源とて部外者には頑として所在を明かさぬ、湯石の「生まれる場所」幾重にも隠蔽魔法を施した神樹の根方にあるウロの一つに、シャオは来ていた。

 森人から仲間と見為されているらしい。

 いや、通訳の女冒険者もそうらしい事から考えれば、単に森人は言葉足らずの美少女が好きなだけかも知れない。


 シャオは湯石が誕生する瞬間をじっと看ていた。ぽこぽこと、ウロの底部、神樹の木質からどう見てもケイ素系の湯石が生まれてくる。

「これ貰って良い?」

 お眼鏡に叶う石が出たのか、おねだりするシャオ。

 もちろん結構ですとも

 森人の「無口系美少女属性」が決定した。


 湯石は生き物である。シャオはそう考えている。水を取り込んで生きる為のエナジーを得ているのではないか。吐き出される蒸気は余剰分だとすれば、間尺かんじゃくは合う。


[偵察]

 兵部省の対策本部、挨拶もそこそこに席に着く。三元帥は既に来ていて俺を待っていたらしい。すぐに状況説明が始まった。プレゼンターは省宰の爺さん。

 重装甲の橇つきの車両が敵の主力らしい。

 駆動用の車輪と橇の取り付け位置から冬季限定の兵器と思われた。

 なぜそんな無駄なことを…。

 橇飛空艇の援護もあり、無人野を征く如き進撃を続けている、らしい。

 そこで長官が此方を見る。

 はいはい、偵察ですね?空軍にお任せを。

 いや、俺、自分で行くとは言ってないんだけど…。

 なぜか、当たり前のように鷲型飛空艇に押し込められた。

 後席の銃座、射撃自信無いんだけど。まあ、列機がベテランクルーだし、良いか。


[空戦(定番化)]

 村落に敵車両多数、此処で夜営するらしい。

 しかし、もうこんな処迄来ているのか、明後日、いや明日の晩には王都に着くぞ。迎撃間に合うか?

 いきなり急旋回、うぉっと、敵か?いた!こっそり後ろから近付いたようで、て、俺が見付けないと駄目なやつじゃん。

 一連射二連射、だめだ流れて当たらない。射線がぐねぐね曲がって見える。

 操舵手が急な上げ舵を取った。

 敵は着いて来れない。

 なんかデジャブ。


 勇者は先発隊との合流地点の村に急いでいた。そこで夜営の予定である。夜営と言っても村の住民を村長宅や集会場に押し込め、空いた住居を使うのだから少し違うのだが、敵地であってみれば十分夜営と言って差し支えないだろう。

「前方、空戦!」前席の兵が報告した。

 屈むようにして前を窺うが見辛い、側窓を開け顔を付き出した。

 丁度、橇飛行艇=水上戦闘機が敵ジェット機を追い詰めている処だった。

 と、ジェット機が急上昇した。

 水戦も追随しようとするが角度が足りない。

 ジェットはくるりと回って水戦の後ろに着いた。

「なんだあの機動は…」

 北の森制空隊壊滅の理由、その本質に、いま勇者は触れた。


[空戦(続き)]

「おちねぇ!」前席の射手が叫ぶ。

 これこれ、司令が乗ってるんだから敬語使おうよ。

 なんか、クルー仲間だと思われてる節あるなぁ。

 身体を捻って前方を見る。肩ベルトが邪魔だ、緩める、ありゃ片っぽ外れた、ま、いいや腰ベルト締まってるし落ちることは無いだろう。

 …落ちないよね?


 射手の狙いは正確でほぼ命中している様だ。タンクに穴を開けたと思しき証拠の白煙も数条見える。しかし、付与によって開く筈の大きな破口が見当たらない。

 水素反応ボルトが活性化しないのは当然としても、敵の魔法防御を掻い潜る為複数の種類の付与ボルトを使用している筈だ。

 それが全部防がれている。

「ウルクハイみたいな気球だぜ!」操舵手がわめく。気球じゃないし。

「あー、無理に落とさなくても良いからねー、そろそろ退散しないと増援来ちゃうしー」

 敵が離脱を試み続けているお陰で、敵空軍拠点に大分近付いて仕舞っている。列機に遠話函で撤収命令を出し帰投した。


[シャオの魔法講座(実用編)]

 兵部省に帰投するとウルクハイ討伐の報告に准尉が来ていた。

 いや、そんなの書簡でちゃちゃっと、え?兵曹の進言?ライバル多いんだから出来るだけ顔を売っとけと?

 なら、ま、いいか、ご苦労さん。会議あるから控え室で待ってて。  で、なんで、あんたまでいるの、シャオ?

「重要報告、便乗」

 報告があって、准尉の連絡艇に便乗したのね。じゃ、シャオも……、あ、聴きたい事有ったんだ、一緒に来て。

 後すざるシャオを准尉に確保して貰って、会議室に連行した。

 准尉は…、ま、いいか。これも経験だし、後ろの席に座って貰った。


「それはウルクハイと同じ、これが原因」

 敵機に付与ボルトが効かなかった事を報告したら、陸軍から同様な発言が有って、シァオに意見を求めた。

 取り出したのは硫黄の鉱石で不活性化してあると言う。

「魔素を吸うのは知っているが、防御に使える程の速効性はない筈だ」

 取り扱いに慣れている水軍の元帥が指摘した。

「もう一つ」今度は湯石を会議卓の上に置いた。

「相乗効果」とことこと歩き出すシャオ。

 長官の後ろに有ったボードを、皆の見易い位置まで引きずり出すと、おもむろに何やら書き出した。字ちっさ。


「これは人間が魔素を取り込む式」そういや習ったわ。

「ウルクハイはここがこう違う」

 一部をざざっと消すと、どこか見覚えの有る式に書き換えた。これって真空圧縮の一部じゃね?

「魔素を圧縮している」

 人間とかの魔素を操る生物は、硫黄の同族である塩素に、魔素を吸着させている。硫黄と違って割りと簡単に取り出せるのでそうなってるのだそうだ。

 取り込んだ魔素を圧縮すると吸収は加速する。

 ウルクハイの周辺には魔素の真空地帯が発生する。

 そこに飛び込んだ[魔法]は瞬時に霧散する。


「イェードゥは水車から防御式の一部を削った」

 水車は術式の塊だ、ある意味魔素で出来ていると言っても良い。

 硫黄と同族の元素を排除する術式があり、それが削られたと?

「塩素の発生って」

 頷いてシャオ、水車の「防衛術式」が原因だったと言う。


 恐らく硫酸の形で硫黄を供給された水車は、硫黄を躯体の一部として取り込んでしまう。魔素欠乏に陥った水車は周辺から急速に魔素を吸い込み出す。

「高性能にもなる」

 一方で異物を感知し吐き出そうと熱量をあげる。

「まて、魔素を吸収し続けるとどうなる」

「ウルクハイはどうもならない」

 塩素は塩の形で存在し常に交換されている。

 問題は水車、

「臨界に達すれば崩壊する…」

「…世界ごと」


 それじゃ自然界の硫黄はどうなんだ?と訊けば、臨界を越えれは一気に魔素を吐き出す為、問題は無いらしい。

 水車の場合、術式の仕様もあって臨界を越えれば、爆縮がおこる。

 その際、躯体を保持していた物質は磨り潰され、エネルギーに変わる。完全にとはいかないだろうが、仮に数パーセントの質量がエネルギーに変換されただけでも、大都市がまるままクレーターになる。

 しかし、困ったぞ、勇者の侵攻を止めるだけじゃ足りなくて、高性能水車の使用を辞めさせないと駄目なのか。

 ムリゲじゃね?


[偵察いくよ]

「世界の危機は分かったが、取り敢えず王国の危機を脱する算段に戻りたいが良いか」

 卓を叩いての長官の発言で、騒わめきは徐々に収まった。

 勇者軍への対策は簡単だった。敵も付与が使えない。なら、付与無しの矢弾で対抗すれば良い。

 問題は時間だ。準備間に合うか?

「離れた所から高速で打ち出せばあるいは」

 会議は続くが空軍は遅滞作戦あるんでお暇します。


 准尉に伝令を命じた。

 森に帰投する前に軍府に寄って、全軍王都に終結するように参謀長に伝えてね。森の防衛は一個小隊だけ残して、陸戦隊も連れてお出で。

 て、討伐の報告聴くの忘れた、ま、いいか、それどこじゃないし。

 さてと、兵曹!偵察いくよ!


 試しに火薬式弾頭ボルト何発か持って行きたかったんだけど、陸軍の主計官に渋い顔をされた。

 魔石とか劣化させちゃうから、運送経路まで考えないといけないらしい。二十本ぐらいで良いんだけど…。

 それ位なら、と言う事で保管所に貰いに行ったら水撃銃の口径に合うボルトがなかった。大口径水撃銃も必要か、今回は間に合わないな。


 そんな訳で「おちねー」ただ追いかけっこしただけで二度目の強硬偵察は終了。うん二機相手でも有利に戦えるね、落とせないけど。

 知らなかったけど、圧縮真空って防壁代わりになるのね。敵機が側方から苦し紛れに撃ったボルトがバルジに命中、爆発したが、被害はバルジに空いた穴だけ。なんでも斥力が爆発ごと空いた穴から弾き出すらしい。

 そいや、飛んでるボルト空間ごと止めて観察できたな。

 考えるの辞めよう、シャオの作ったもんだし。


[ジーク]

 「申し訳ありません、取り逃がしました」報告に来た搭乗員を手を振って下がらせる。確かに命中したのを見た。爆煙も確認した。しかし、何事も無かったかのように機動を続け水戦を圧倒し、悠々と去った。

「戦車かよ」

 あれを落とすには大型の弾頭が必要だ。しかし魔法の付与無しで当てられるのか?いっそ爆弾積んで体当たりを命じようか。

 ガンルームの航空士官達に、敵ジェット機への対処方針を告げた。


 一つ、三倍以上の優位で空戦に入る事。

 一つ、敵一機に対し常に二機以上で当たる事。

 一つ、上昇する敵は追わない事。

 一つ、敵パイロットか、エンジンを集中して狙う事。

 一つ、後ろに着かれたら急降下で離脱する事。


 離脱の余裕が無い時は、敵の苦手な機動、ロール(機軸を中心に回転する動き)左右の切り返しで前に競り出させる事を、試みるしか手はないだろう。

「敵ジェット戦闘機の呼称を[ジーク]とする」

 零戦と違って火力の小さいのが救いだな。

「それではよろしくお願いします」

 普段使いの敬語に戻す事で、勇者はミーティングの終わりを告げた。


[シャオの魔法講座(応用編)]

「人間と同じ、体表から魔素の散逸を防ぐ機能がある」

 シャオが陸軍の技官達に説明してるのは、なぜ水車は外部にある硫黄の影響を受けないかだった。

「シャオ、いいか?」切りの良さげな処で声を掛けた。

「なに」不活性にした硫黄の事、と言うと、技官達も聞き耳を立てる。

「あれさ、運ぶ時は不活性にして、使う時に活性化するって出来ない?」技官達がざわめく。

 シャオは暫く俺の顔を見てて、ポンと手を叩いた。

「活性化する必要はない」はい?

「不活性なのは、魔素に対してだけ」え?えぇー!!

「不活性でも普通に燃える。火薬も爆発する」

 有りとあらゆる問題が解決した瞬間だった。

 幸い、硫黄不活性化の術式はコロンブスの卵的な簡単な物で、シャオがほんの数分で術式を刻んだ魔石を俺ですら複製できる。

 たぶん。

 後は時間との勝負だ。技官達は各部署へ連絡に走り回っている。

 俺も走った。長官に連絡しないと拗ねる…じゃなくて、報告は義務だった。シャオは魔石が一番手に入りそうな水軍府に行って貰った。

 一人じゃ心配だから先任の陸軍技官に説明役として同伴をお願いした。

 飛空艇部隊には、夜っぴいて遅滞行動して貰おうか、いや、明日の決戦の主役だ、無理させるのはよそう。


[エンカウント]

 幸いな事に勇者の進軍が始まったのは、日が上ってからだった。二時間は稼げた。

 陸水軍にも手伝って貰った突貫作業は、鷲型飛空艇の銃器の換装だけとなった。

 まあ、飛空艦はほぼ載っけるだけでいいし、二連気球隊は弩を歩兵銃に持ち換えるだけだしね。

 昼を大分回った頃、遠くの空に敵らしき黒点が現れた。直ちに出撃命令を出す。鷲型は一機、整備に手間取っている。

 すまん、ペラ飛空艇の援護しててくれ、終わり次第追いかける。

 列機を単機で送り出した。死ぬなよ。

 てか、敵多くないか?三十機位?遠話函を取る。

「気球隊は飛空艦から離れるな、援護下で戦え。飛空艇隊は囲まれる事に注意、単機には絶対なるな」


[空戦?]

「エンカウント、大型飛行船五機内二機新型、小型六機、レシプロジョット四機、ジークはいない」

「予定通り、敵を殲滅せよ」

「急降下爆撃隊、飛行船を撃墜せよ」

「了解、全機高度とれ、単縦陣で突っ込む」

「くそ、高度差がとれない」

「爆弾捨てて銃撃じゃ駄目すか」

「三番機がやられた」

「散開!散開!」

「ジークだ、どこから現れた!」

「振りきれない!援護……ツーツー」

「編隊長!状況を報告せよ!何が起きている!」

「敵は少数だ取り囲め!」

「無理っす、近寄っただけで瞬殺っす……ツーツー」

「全機離脱!こいつは化け物……ツーツー」


[結実]

 いやー間に合った、てか列機を送り出したら、一分もしない内に、整備終わりましたって、大急ぎで飛び出しましたよ。

 ただ今、合流した列機と共に急上昇中

「どこまで上がるんすか」まだまだだよ。

 冬と言っても太陽は可なり高い。そこからの逆落としは完璧な奇襲じゃね?


 飛空艦を狙っている集団に逆落としを掛けた。

 お誂え向きに一直線に並んでいた。

 付与の付いたボルトは敵に肉薄する。

 そこで付与は霧散するが慣性は消えない。

 そして弾頭に詰まっているのは魔法とはなんの関係もない火薬だ。

 爆散する、

 片翼が吹き飛ぶ、

 発動機と舵を破壊されて制御不能になる。

 一航過で五機を撃墜した。

 上昇反転から残った敵に止めを差す。

 回りを見回すと、味方はほぼ優位に戦いを進めていた。


[倍返し]

 一旦停止し。航空隊の戦果を確認し次第、再度進発する手筈になっていた。

「前方機影、友軍機複数、未識別機、その後方」

 対空戦用意の号令が消えもしない内に、空戦中であるらしき集団は、仮陣地の上に殺到してきた。発見が遅れたのも道理、かなりの低空を全速で飛ばしている。

 味方機が一機翼を破壊されて陣地の中程に墜ちた。

 数両の車両が巻き込まれた。

 パン、パパン。

 援護の積もりか対空砲が命令を待たず鳴り出す。

「止め!撃ち方止め!味方に当たるぞ」

 余り意味のない命令ではあった。すでに機影は通りすぎていたからだ。


「いまの敵の陣地じゃないすか?」

 列機の機長である准尉が訊いてきた。兵曹達の薫陶宜しく敬語が適当になりつつある。

「高度あげるよー、反転して偵察しながらきとー」

 ある程度高度ないと全体見えんしね。


 勇者は憮然としていた。

 バラバラに間を開けて帰ってきた攻撃隊は四機だけで、その内一機は目の前で墜落した。帰還と言えるのは三機なのかもしれない。

 三機の内の一機は外翼がちぎれ、同じ側の片方の橇も脱落していた。機軸を傾け空力的なバランスを巧みに取りながら、追撃を交わしここまで帰ってきたのだ。

 着雪もみごとだった。残った方の翼を雪面に触れんばかりに傾け、片方の橇だけで無事降りたってみせた。

 しかし、この技量はこのパイロットひとりのものではない。

 そして、同程度の技量を持っていた二十余名が永久に帰って来ない。


「爆弾があればなー」上空から敵陣を視た感想だ。

 さすがに昨日の今日では用意出来ない。陸軍から砲弾を譲り受けて改造するにしても、最初の一発が出来るのは数日後だろう。

「油でも撒きますか」操舵手がただのぼやきに応える。

「季節がなあ」

 空軍№2の司令官殿は兵曹の不躾な発言にも頓着せず会話を返す。

 (ウチの司令、最高だぜ)

 こうして空軍は勇猛な死兵集団へと育っていくのだが、どちらもそれに気付いていない。


「前線の鉄槌部隊に戦闘停止を伝えて下さい。空爆の恐れがあるので引き返すようにとも」

 伝令を出すと傍らの将校に詰問された。

「勇者様、どうされるお積もりですか」

「降伏ですかね?航空隊がなければ、王都はとせませんし」

 後方に置き去りにした敵の主戦力が必死に追い縋っているだろう。攻略にもたつけば挟み撃ち、弾薬にも限りがある。

「裏切り者め!初めからその積もりだったな!」

 細剣を抜き放つと同時に勇者の胸に突き立てる。恐ろしい程の手練れだ。

「凄いですね、まるで剣尖けんせんが見えなかった」

のんびりと語る勇者。

「でも僕の勇者ギフトはカウンター系の[倍返し]なんです」

 将校は剣から手を離し崩れ落ちた。


 負け戦と言えば、航空隊のそれだけで、ほぼ無傷で勝ち進んできた陸上部隊、突然の降伏宣言に勇者軍の混乱が最小で済んだのには、実質的な不死である勇者への恐れともう一つ因がある。

 敵陣に切り込んで敵を残滅する事を期待された、勇者に付けられた兵はその用法に相応しく、件の将校のような監視役を除けば、殆どが棄兵とも言うべき者達だった。

 その遺棄されるべき兵達が出来るだけ死なぬように心を砕く勇者に、兵達は恐れながらも心酔していた。

「部下達の生命の保証を…」唯一の条件として勇者は降伏した。


[神樹様にお願い]

「へっ?ウチで預かる?」

 勇者の処遇に意見を求められたので、あれはヤバイから処刑すべし!と応えたら、次の日、長官に呼び出された。

「うむ、調べたら勇者軍、最近併合された国の出身で構成されてるのだ」

 これは使えると取り込む事にしたんで、勇者を殺すわけには行かなくなったらしい。

 でもなんでウチに?言ってみれば反勇者派筆頭ですが?

「曲者だね、彼は」

 扱えるのは君しかいないと煽てられてついその気になってしまった。


「それは止めた方が良いですね」

 高性能水車発動機の極めて重大な危険性についてイェードゥに指摘するべきという意見に、勇者が異を唱えた。

「テイコクなら寧ろ利用しようとするでしょう」

 例えば

「臨界ぎりぎりの発動機の水戦(水上戦闘機)を王都上空に飛ばす」

 とか…。

つまり、臨界問題は知られても駄目なのか。てか、水車(いじ)って防御式削った人は、気付いてないのかな?凄腕ぽいけど。

「不明、ただ魔術のスキルと魔法理論の理解はしばしば無縁」

「あ、それ僕です。この辺が怪しいと適当に削ったんで…」

 なんと勇者謹製だったのか。性能上げるのに色々な溶液を試したらしい。希硫酸でヒット、爆発的な出力が得られた。

 しかし…

「硫化水素でも出たか」頷く勇者

「で水車徹底的に解析して」シャオは首を振っている。

「どうした、シャオ」

「殆どわからなかった筈、基本構造が空間魔法」

「ええ、なんとかわかった部分にあれが有ったんです」紛れ当たりに近い?

「偉大な発見は膨大な解析とたった一つのまぐれから出来ている」

 今は軍事機密として秘匿されてはいるが魔導師達の興味を惹けば臨界問題が見付かるのは時間の問題だろう。


「待て、整理するぞ」

 高性能水車の生産は勇者が一手に引き受けていた。

「一人でやってましたよ」

 製法の拡散は取り合えずない。

「残ってるのは湖水軍に三個中隊分ですかね」

 シャオが手を挙げた。

「それ全部潰した後、安全でもっと高性能な水車を提供する」

 へ?敵に塩を贈るの?

 再び首を振るシャオ。

「神樹様にお願いする」はい?


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