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イバーラク空戦録  作者: 南雲司
4/12

王都航空戦

[森の青年]

 森人の青年は気球の横腹に書き上げた物を満足気に見渡した。全体に掛かる隠蔽魔法を練り込んだ迷彩塗装に紛れ、初めからそうであったかの様に書かれた森人文字は、この気球の機名を表していた。

 森人が手にいれた最初の気球だ。

「カーマンチュニーニヌーシチョガ(お兄ちゃん何してるの)」下の方から妹が呼び掛けて来た。

「ナムアランサ(なんでもないよ)」

「マンマーヤシガウリテチュラセ(ご飯だよ降りてきて)」

 木を伝って降りる途中、遠い空に小さな黒点を見つけた。十個程もある。気球だ。

 敵が来る方とは方位が真逆だから王国だろうか。違和感を感じ、遠見の魔法を使った。

 見慣れた気球が三機、飛空艦とよばれる大型が三機、あまりに小さくて見逃してしまいそうになる見たこともないのが四機。

 残りの地面との距離を飛び降りて省略すると青年は走り出した。

「ニーニマーカイガマンマチュイサンド!(どこいくの?ご飯食べないの?)」

「ウエーカタ!(長老のところへ!)」


[都会の壮年]

 参謀長から届いた書簡に斜めに眼を通し、長官は盛大に溜め息を突きどっかりとソファーに腰を下ろした。

「やっと逃げ出してくれたか」

 愛弟子でもある司令の事だが、書簡にはそんな事は一言も書いていない。早急に森に司令部を移す必要があるので移動を開始した、と事後承諾を求めているだけである。


 遅滞工作も限界に達し、憲兵本部は空軍司令に対する尋問権を漸く手にいれた。一両日中には憲兵隊が派遣されるだろう。

 尋問権は陛下からの委任の形を取る。委任状をかざされれば逆らうことは出来ない。

 なので治外法権であるエルフの森にこもる。後は言を左右してほとぼりが覚めるのを待てば良い。

「心配なのは俺を救いだそうと動き兼ねないことだな」

 長官が一人事言(ひとりごち)る。あまり知られてないが長官は王族の末席に座する。逮捕権を持つのは王一人、実はごく安全な身分なのであった。


[帝国の勇者]

 「「勇者様此方でしたか」」声が重なって聴こえる。精神分裂症の前段階であったかどうか。調べたくても手元にはスマホがない。

 もし有ってもネットがないのだから、大したことは調べられないのだが、持ち去ったのが宰相の一人息子で取り返すことも文句を言うことも出来ない、と有っては鬱積うっせきする物がある。

 恐ろしく大事な物だったと思えてくる。


 話し掛けてきたのは、文部乃廓主席次官もんべのくるわしゅせきじかんの娘で年の頃は十五六。

 寄ってくる娘で立ち位置がどう見られているか判る。少し前までは高級武官の娘達だった。

 口の端を上げてにこやかに、たわいのない会話をする。

 心の奥底のおりが次第に溜まっていく。

 こうやって人間はちょっとずつ狂っていくのかもな。

 いや、もう狂っているのか、勇者と呼ばれる青年には判らなかった。


[空軍府の塩]

 捕縛団、暗にそう呼ばれる憲兵隊百四人が空軍府=工廠に到着した時には、既に捕らえるべき[間諜]の陰も形もなかった。

 軍府内では憲兵に捜査権も逮捕権もない。あるのは、[空軍司令]に対する尋問権とそれに付随する任意同行という建前の強制連行権だけだ。

 それで十分なはずだった。

 連行しさえすれば薬物や魔法で自在に自供が取れる。真実がどうあれ、[事実]が作り出される。

 しかしそれもホシが居てこその話で、恫喝どうかつせざるを得なかった。

「司令を呼び戻せと?貴官は作戦行動を妨害するつもりか」

 参謀長が恫喝し返した。

 ここは軍府内で、警察権は空軍にある。作戦中の妨害は明確な利敵行為その物で、その場での斬殺がゆるされている。憲兵隊は引き下がらざるを得なかった。

 帰っていく憲兵隊の背中に向け、居残り組は打ち揃って、塩をまいた。


[神樹の領域]

 葉を落とした枝に、霜や雪を纏わりつかせた純白の満開の桜の如き木々の領域を抜けると森人の森だ。

 中央の一際ひときわ目立つ巨木・神樹を中心に広がる広大で豊かな緑が森人の領域だ。

「なんで葉を落とさないんだ?」

 眼下を観察しても針葉樹より寧ろ広葉樹の方が勢力を誇っている様に見える。

「エルフねがう ユグダあおくする あおくあおくあおく」

 眼下の木々を順繰りに指差して空先案内の森人が教えてくれた。

「コウカぽいと アソコ」次いで、到着地も。

「状況!艦隊順次入港停泊!陣形変位単縦陣!降下手順に入れ」

 艦隊司令=中尉の命令を新任の副官、地獄の教練を生き延びた准尉が怒鳴る様に叫ぶ。まあ、教練で死んだのは居ないんだけどね。

「うぉっと!」

 降下して近付いて、漸く大木に密着するように係留してあった移譲気球の存在に気付けた。

「隠蔽魔法すげーな、目の前じゃなきゃ解らんぞ」

 ちなみに譲り渡したのはまだ一機で、ロールアウトし次第順次空輸することになっている。


[シャオの魔法講座]

「魔法には空間魔法しか無い」シャオの持論だ。

 火魔法、水魔法等まるで違う形態に見えるが、シャオに言わせれば単にソウが変わっただけなのだそうだ。

 義塾で教わった魔法学とは真っ向からぶつかるぞ、よく主席とれたな。実技とその他の学科?魔法学はギリギリ及第点?なるほど。ところで、ソウってなんだ?

 説明されてもよく分からなかった。


 魔法使いを指す六つの名詞、魔術師、魔導師、魔道師それの[師]が[士]に替わった物、全て意味が違う。まあ一般人から見ればどれも似たような物で区別の要はないがね。

 そも魔法使いと言うのも、魔道具を使って、例えば火を起こしたとしても、名乗れるくらいにぼんやりした名称で、[業界]の中で明確な区分が必要になって生まれたのが、その六つの言葉なんだろう。

 魔術とは魔法を使うための技術の事で、師はそれを伝授する資格を表す。魔導師となると、魔法その物を研究し教え導く事を期待され、魔術が不得手である事も問題にされない。

 ここに解離が発生し、恐らくこの時代の誰より魔法を理解しているシャオは魔導師にはなれなかった。


[森の客人(複数(寧ろ超多数))]

 いきなり大勢で押し掛けて恐縮です。そういう意味合いの謝罪を作法に則って長々としたのだが、通訳の女冒険者は二言三言で済ませた。空気読めよ。長老の返事も長々しい物だった。

「謝るなら飛空艇を寄越せ」要約しすぎ、知ってたけど。

 さすがに飛空艇は無理で、二連気球新型噴進機付き二機で手を打って貰った。相変わらず商売上手だにゃ。

 隠蔽付与塗装を教えて貰おうと切り出したら、この森に駐留する飛空艦も含めた全機体を塗装して貰える事になった。

「目立つのは迷惑」いやいや通訳様、長老、もっと気を使った言い方してたでしょ。

 通訳様小首を傾げて「なまら罵倒にちかい?」決裂の危機を回避してくれてたようだ。

 隠蔽の都合もあり、かなり分散させられたが、十分な空間を王国空軍の為用意して貰えた。勿論森人の防空能力が十分に育つ迄の契約だ。ま、実質恒久的かな?

「森人甘く見ない方が良い」

「シャオ?」

 王国の魔法機関で未だに解除式が編めていない[致死付与]?例の投射機のやつか?

「森人解決した」


[改良(改造?)]

 飛空艇にシャオ謹製の新型噴進機が取り付けてある。場所は翼下で強度的な効率の良い尾部ではない。バランスが悪く成り過ぎるのだ。

 尾部に取り付けるタイプのは図面を起こし始めてはいるが、開発はこの実験が成功してからになる。


 この飛空艇にしてもプロトタイプの実験機とは別物だ。

 上面が完全に解放されていた、ボートのような舷側のやけに高い、胴体の形状は卵形の断面を持つ紡錘形。

 側面上部には二本の気室=バルジが貼り付いており、気室も兼ねた全通翼がその上に載っている。

 機体内の移動は考慮せずとも良いため、胴体の開口は三つの座席の部分だけである。座席はそれぞれ独立しており三ヶ所の開口の前部にはガラス製の風避けがある。

 二個の水車発動機がペラと胴体が干渉しない位置に載せてあり、新型噴進機が、その内側胴体に程近くぶら下げてあった。


 試験飛行とて、乗員は曹舵手の曹長一人。

 まずは、ゆっくりと浮いていく。

 十分な高度に上がった後、素晴らしい快速で飛び去っていった。

 早急な新型機の開発を指示した。


[暇な作戦会議]

「そいつぁ止めた方がいいな」幹部を集めて長官救出についてはかった処、工廠長に異論があった。

「いくつか理由がある」

 まず、それをやれば王国を完全に敵に回してしまう事。

「これは機密なんだが」

 次に長官が王族である事。

 はい?室内がざわめく、皆初耳のようだ。知ってた人手挙げて。工廠長と参謀長か。なんで機密なん?訊いちゃ駄目なのかな?

「良くは知らねぇが」王家から内偵を命じられてるらしい。なんの?

「知らねぇと言ったろ?」

 なんかいきなり暇んなったな。またせたな、ちょーかん大作戦に時間取られる算段だったし。ま、いいか。


[ごわすさんが来るってよ]

「騎士団長が面会求めているって?」

 参謀長は軍府の面倒を視てくれているが、8日毎の定例会議には森に来る。でその折に書簡なんかだと都合の悪そうな情報、主に噂とか、を持ってくる。

「現状では難しいと伝えてはあります」

 どうにも騎士団は信用できない、暗にそう言う事だろう。

 脳筋だから頭が悪いとか、そんな事は全く無い。むしろ専門の分野については、素人では及びもつかぬ知恵を発揮する訳で、先の団長と副団長の行動は果たして何らかの連携が有ったのではないか、と疑い得るものだった。

 うん、会おう、今度連れてきて。

 片眉をあげて眼を見張ったあと、ではそのように、と参謀長は退出した。

 参謀長の搭乗した、軍府に帰る飛空艦が二機の気球を曳いていく。高度を上げすぎてバイプを破裂させたのだそうだ。流石に発動機関連の修理は工廠になる。

 機体の方はと言うと、意外な事に森人の工芸能力がそのまま運用出来た。資材も森からの調達でほぼ間に合うらしい。

 この際ドック造っちゃうか。撤収後は森人にも使えるし。


[プチ千客万来]

 なんだって?陸軍が面会要請?

 参謀長から、帰った翌日、書簡が届いた。

 憲兵隊以外なら構わない、どうせ水軍から申し入れがあるだろうから予定にいれといて、と返事を書いた。なんで水軍もって判るかって?勘?いやさ、これ絶対来るパターンだろ。

 外で歓声が上がった。なんだろうと窓の曇りを手袋で拭いて見てみると、兵達が帽子を空に放り上げていた。寒くないのか?

 どうやら飛空艇の試験飛行の最中で、様々な機動を試しているらしい。

 見てくるか?・・・寒いから止めよう。これから何時でも見れるし。

 当番兵を呼んで返信を託した。これこれ、ちゃんと復唱しなさい。


[かつる]

 工廠長から連絡があって、有望銃器の目処が付いた試射をするから来い、と。工廠長は工房をしつらえて実験を続けていた。

 でもなあ、ここから遠いんだよなあ、寒いし、飛空艇乗ってくか。

 冬の上空を甘く見ていた。むちゃくちゃ寒かった、寒いなんてもんじゃなかった。こんなん毎日飛んでんのか、なんか考えないと反乱起きかねん。

 取り敢えず曹長には取って置きの蒸留酒を遣ることにした。


 試射はうまくいった。十間ほど先に的を置いて弾倉の十発撃ち放して、全弾命中は、ほぼ真ん中に集中している。

 専用の水車を必要とするので重くて歩兵用には向かない。が、飛空艇の固定武装ならいける。装弾数をどれだけ増やせるか改良点も煮詰まってきた。春までに全機体に装備させたい。取り敢えず現行の図面での量産を指示した。

 これで、かつる。ごうせい魔獣じゃないよ。


[四軍会談]

 三軍の使者を戦装束の森人兵が出迎える。ここは、森人の国だというアピールだ。憲兵隊とつるんでなにかを企むなら覚悟してね、そう言った訳だ。

 騎士団長はなにか思うところがあるのか、傍らの森人兵に話し掛けた。森人兵はピクリとも反応しない。むしろそれが気に入ったらしい。

「よく鍛えてあるでごわす」

 言葉が通じないからとは思わなかったらしい。ま、空軍所属だし通じない分けないか。そんなの教えた覚えもないし森人気質だろうよ、言わないけど。


 空軍も入るから四軍会談の形になった。まず陸水それと騎士団の三軍は長官を疑ってはいない。長官の小飼である俺の事も[白]だろうと判断している。この一連の状況は隣国からの工作である疑いが強い。

「なぜそう思う」のですか?

 三軍とも長官が王命で動いていたのを知っていた。知らなかったの俺だけ?

 困った事にどうやら敵に取り込まれているのは憲兵隊の上、王弟だろう、と話が進み「恐れ多い事ながら」簒奪の恐れありと。

「空軍にどうしろと?」

「太子殿下をかくまって貰いたい」


[太子殿下]

 これ、罠じゃないよね。

 陸軍には、やけにシャープな顔立ちの美形の女官がいるなぁ、と思ったら、それが太子殿下で「宜しく」と挨拶された。

 王都には近衛と憲兵隊が本拠を構えている。建前は憲兵隊は近衛の下部であるが、王弟が実権を持つため力関係は時に逆転する。

 近衛上層になにがしかの嫌疑が掛かれば、憲兵を押し止めることは出来ない。

 今まさにその状況で、兵部省、空軍に対するちょっかいも、長官の動きを封じ四軍を牽制するのが目的であったかと、漸くにして知れた。

「一応準備しといて」

 参謀長に書簡で指示を出し森の兵力の半数を軍府に差し向けた。


[逃げ出した司令]

「何時になったら人員増やして貰えるんですか」医療班に捩じ込まれた。すまぬ、忘れていた。

 環境が変わって体調を崩す者が増えた。

 ここ暫くの緊張が慣れて解けてきたのは良い事だが、気の緩みからか怪我が増えてきている。

 医療班はてんてこ舞いだ。元防空隊の一個中隊(約二百五十名)に対応できる人数しか居なかった処に、今や二千名の大所帯だ。参謀長えもーん、へるぷ。

 書簡を書き出したが視線が針の筵だ。今なら憲兵も空軍に構ってる暇は無い筈、直接頼みに行こう。逃げる訳じゃないからね。


 久し振りに二連気球に乗った。飛空艇と比べて速度が落ちる分、寒さは弱まるかと思ったら、ガラスの風避けもない吹きっさらしの篭じゃ、寧ろ寒いことが分かった。

 むちゃくちゃ寒かった。こりゃあれだ、完全密閉型の乗員席作んないと、まじで反乱もんだぞ。


[救出作戦]

 「長官が拉致された?」

 軍府に着いていきなりのびっくり情報。

 拐ったのは近衛?なんじゃそりゃ。

 凡ては長官の策謀と短絡化した連中がやったらしい。

 拘禁されてる場所はわかる?奪回作戦は今夜?あ、そ。

 段取りはついてるらしい。

「ここにサインを」

 作戦指示書にサインして俺の仕事終了、楽で良いがなんかむなしいぞ。

「あ、医療班大量増員お願い」おし、今度は忘れずに言えたぞ。

 工廠で篭の密閉化と飛空艇の暖房の検討を留守番の量産型准尉に指示、大任だけどこれも経験。

 やけに機敏な敬礼に答礼を返して犬小屋へ向かう。たまに取ってこい遊びしてやらないと拗ねるからな。


「まるまるひとまるに状況を開始する、各員時計合わせ……三、ニ、一、今」参謀長の時計合わせでブリーフィングは終了。

 俺も旗艦に席を確保した。だって今回全然仕事してないし、旗艦の後ろ座席で鷹揚に頷いてれば良いだけだし楽チンかつ安全、やらいでかみたいな?

 楽チンでも安全でもなかった。


[シャオの魔法講座]

 シャオが言うには

「空間魔法しかない」

 物質は凡そ百種類の元素が組み合わさって出来ているが、そも元素自体空間が変質した物なのだと言う。

 微細化した空間に然るべき情報を書き込んでやれば、有りとあらゆる元素を出現せしめる事が可能だと。

「それって錬金術じゃね?」

「全ては空間魔法に帰結、錬金術も然り」

 情報を直接書き込むには膨大な魔素が基本的に必要で、殆んどの魔法はアカシックレコードを経由して人間の手に負えるようになっている。

「アカシックレコードて何なんだ?」世界の記憶になんでそんな機能があるんだ?

「真空=空間から染み出した魔素の集合」

「宇宙の創成から続く時間を支えるもの」

「果てしなく続く宇宙の見る夢=未来」

 訊いても解らんことが、判った。知ってたけど。


[王都航空戦]

「作戦は中止だ!」

「各個に迎撃、敵を残滅せよ!」

 王都上空にはイェードゥの飛空艇が無数に舞っていた。

 シャオの遠話函が間に合って良かったよ、隣国のもの程高性能じゃないが王都周辺ならなんとか声が届く。

 しかし何故この時期に空襲?謎の一つは直ぐに解けた。飛空艇は二枚の橇板を履いていたからだ。

「雪か!」

 敵の進攻を遅らせる筈の雪が航続距離の短い敵飛空艇の長駆を可能にしたのだ。しかし陸軍は動けないだろうに、なぜ今なんだ?

「4時上方、敵機!急降下!来ます!」

 見張り員が叫んだ。空襲用の爆弾をぶつける積もりらしい。

「とぉぉりかぁじ!」

 旗艦艦長の中尉が叫ぶ。副長の復唱も待たず舵が切られる。

 トルクを利用した急旋回はしかし、敵機が軸線を合わせる手伝いをしてしまった。

「面舵だったか」中尉が呟く。

 気にするな誰だって失敗くらいするさ。

「左翼被弾!」副官の准尉が悲鳴のように叫ぶ。

 轟音と衝撃。主桁を破壊された翼は千切れ飛び、上空に向かって落ちていった後、魔力を喪い舞うように回転しながら今度は地表へと落ちていった。


「右翼斥力縮小!」「胴体気室圧縮度最大!」

 中尉の命令が矢継ぎ早に飛ぶ。

 飛空艦は浮力バランスを崩し、緩やかに落下しつつ大きく左に傾いていた。右発動機は、衝撃でトラブったか停止している。

 バランスをある程度取り戻したら、

「落下を利用して滑空してくれ」そう指示を出した。

 そして、これは命令。

「目標、王城中庭」

 多分だが、この空襲の目的はクーデターの支援だろう。ならば主戦場は王城。行くぜトルーパーズ(野郎共)


[対峙]

「下部銃座員上がれ!接地するぞ!」

 その命令のタイミングはギリギリすぎた。

 上がってきて指定の席についてベルトを締める余裕は、多分ない。

 飛空艦は近衛と憲兵隊が対峙するど真ん中に降り立った。両方の兵が這う這うの体で避ける、飛び退ざる、転げ回る。

 艦は地面をえぐり、極短い距離を走り、内壁にぶつかって止まった。

 艦橋の前部が潰れたが人的被害は、操舵手が足を挟まれただけですんだ。

 下部銃座員と銃座からの脱出を手伝った介添員は、座席に座らずにしがみついて難を逃れた。咄嗟の機転て奴だね、こいつら使えるな。

 搭乗口の有る下部が塞がってるので銃座から顔を出した。

 へろー?げんきですかー?

 いやー搭乗口塞がったのは誤算だよ。下界の連中が度肝抜かれてる間にワラワラ飛び出して、ひかえおろー、て遣るつもりだったのに。

 頭上の空戦は一段落ついたみたいで飛空艇と二連気球が編隊を組み始めていた。下に声をかける

「何機か此方に呼んでくれ」

 上部銃座は二つ有り、俺が顔を出している他のもう一つには射手、水擊銃を憲兵隊に向けている。


「近衛はどうします」あぁ、まだ敵の認識なんだよな。

「暫定放置」

「貴様等、何故銃を向ける」

 憲兵隊の中に何人か私服がいて、一番高そうなのを着てるのが、詰問した。王弟殿下の関係者か?

「遠話を傍受した。憲兵隊が敵空軍を引き込む内容だったのでおっとり刀で馳せ参じた」

「戯れ言を、何処に証拠がある」

 ぶっちゃけこれは賭けだ。殿下の企みに荷担しているのは、恐らく上層部の一部、ここに来ている大多数の兵士等は命令で来ているだけだろう。

 そうでなくてバリバリクーデターやる気のばかりなら、詰みだね。

「これが証拠だ」大袈裟に手を振って千切れた左翼を指し示す。

「傍受がなければ、我々は間に合わなかった。そして、命がけで戦った」

 勿論嘘っぱちだ。近衛と一戦交える積もりで来たら、隣国空軍がいただけの話。

「嘘をくな!あの暗号を解読出来るはずがない!…!!」

「語るに落ちたな、なぜ暗号と知っている。しかも難度すらご存知だ。」

 どよめきが広がる。私服と数人の憲兵が偉そうな男の回りに集まる。

「ええい、切れ!切って捨てよ!」


[シャオの魔法講座]

 真空=空間を水面に例えると、存在=物質は、そこにたった細波の中心点に見立てられる。これは魔法学で教えられる事だが、シャオの言うには、

「不完全あるいは手抜き」中心には魔素がある。

 それは無限の長さの紐の様な魔素で、真空平面に突き刺さり細波を起こす。ぐるりと回って今度は裏側から突き抜け細波を起こす。

 これを無限に繰り返し世界が生まれた。

 いや、訊きたいのは、ダンジョン脱出用にしか使えない転移石でなんで水補給ができるか、なんだけど。

 小首を傾げてシャオ「その説明」

 訊くんじゃなかった。


[舌戦]

 中庭からは一際立派な入り口が見える。陛下の在ます奥の院に通ずる。ここを守る衛兵に通せと捩じ込む憲兵隊。応援に駆けつけた十名ほどの近衛。

 俺達が降り立ったのはそう言う状況下であったらしい。

 近衛が抜剣した。衛兵が躊躇いながらそれに続く。なんか動きが鈍いなと思ったら、

「殿下ここは一旦退きましょう」王弟殿下だった。

 やば、言いたい放題言っちゃったよ、不敬罪だよ。

 人数は憲兵隊の方が多い。一個中隊二百五十名、多分連れてきている。

 だが、「殿下に与するなら須らく反逆罪と知れ!」

 はったり上等、強気で行かないと此方が死ぬ、まじで。

 聞き慣れた音が降ってきた。俺等の上に飛空艇が四機援護の位置に着いた。

「王は病床に有る」

 不利とみたか説得作戦に出てきたようだ。

「太子も既にみまかった、王足るは余ひとり、剣を納めよ」へ?空軍府うちにいますけど?あーそう言うことか。

「恐れながら殿下、太子殿下は空軍府にて御療養遊あそばされて居ります、亡くなられたのは別の方かと」

 王族相手に敬語で難詰するってどうするんだ?


 これが決定打となって、憲兵隊は降伏した。

「そこまで見越しておったか。名を聴こう」

 王弟殿下は貴重な予備だ。滅多な事では処刑されたりはしない。そう踏んでいるのか、余裕を見せている。


[救出成功(結果論)]

 近衛から幾重もの謝罪と共に長官が帰って来た。顔のあちこちが腫れていたが、まあ不問だな。

 後になって陛下のお病気は毒によるもので王弟殿下の差配であったらしいと聴いた。勿論、証拠は無い。

 医師団が気付き、快方へ向かった事が今回の凶行に繋がったと判断された。

 そもそもなぜ王位が欲しかったのか、なぜ隣国を引き込んだのか、謎は山積さんせきしているが、一介の空軍指令が関与するべき事でもない。


[お帰りなさいませ、御主人様]

「お帰りなさいませ、御主人様」

 森に帰ると、やけにシャープな顔立ちの美形の女官に、出迎えられた。太子様なんだけどね。

 いや勘弁してください、どう反応して良いか分からんじゃないですか。

「こういうのが好きと聞いたぞ」誰から?長官?

 なんで王族巻き込んで冗談仕掛けるかな、不敬罪…あ、長官も王族か。兎に角困りますからそういうのやめて。

 女装は気に入ったみたいで止める積もりは無いらしい。

「胸元が苦しくなくて良い」

 はい?聞かなかったことにしよう。


[後始末]

 憲兵隊の脅威も無くなった事で、工廠長は軍府に帰ることになった。留守番の准尉が泣き付いてきたらしい。やっぱ無理だったか。てか挫折早くない?

 シャオは残る。神樹に用があるらしい。

 中尉は旗艦を二番艦に乗り換えて、気球隊の再編が終わるまで軍府に残る予定。

 一番艦は多分廃艦になるだろう。あっちこっちゆがみまくってたし。

 でも五番艦から艦型ががらりと変わるんだよな。同型艦がなくなる。二番から四番まで纏めて運用するか。

 そいや五番艦の進空何時だっけか。


[空軍暇なし、つまり貧乏?]

「ウルクハイ?」

 森人の長は鷹様に頷いた。冬季限定でオーク、コボルト、ゴブリン等の精霊由来の亜人に森人の領域の周辺域での居留を許しているらしい。女性が拐われたりしないのか?

「それは人族の妄言」通訳殿は森人よりのスタンスらしい。

「子供を作ることは出来るが無闇と襲うことはない」

 さらに

「強姦や獣姦は人族の専売」手厳しい。

 でウルクハイてのは?オークと人間を魔法的に掛け合わせて生まれるんだっけ?

「オークの肉体に人間の狡猾さ」

「ちなみにレイプを常習する唯一の亜人種」

「下劣さも人間並み」なんか人間ディスられてるし。

 そのウルクハイは隣国軍の置き土産で、駆逐した筈が生き残りがいたらしく、繁殖しているのだと言う。

 魔法でしか生まれないんじゃないの?

「普通に普通の繁殖もする」

 で、退治するのを手伝えと?うち空軍なんだけど。

 ま、いっか、二連気球部隊の気球は半数が出撃不能だし。て、空戦に参加したの全滅なんだけど、大丈夫か?空軍。

 支援部隊や陸戦要員は開店休業状態、訓練代わりに参加するか。

 ん?オークの仮集落で作戦会議?了解。


[神樹の正体]

 ここの処シャオは毎日のように神樹を訪れている。仕事はきちんと熟なしているので、構わないのだが何をしているのか気になった。

「時空の交点」もっと詳しく。

「レコードのアーカイブが露出している」アカシックレコードの事かな?コクりと頷くシャオ。

「全ての魔素=情報はアカシックレコードに吸い込まれ出てくることはない」「神樹は例外言わば…」

「…言わば裸の特異点」

 なんか凄いものらしい事は分かった。


[事後]

 王都上空空戦の報告書が纏まったと書簡が届いた。

 敵機総数の集計五十余機、撃墜十二機、撃破約二十機、我が方は被墜四機、大破中破合わせて八機。それに旗艦も墜ちてる。

 数字で視ると赫々足る戦果だが、補足があって、戦果の重複甚だしと認む、と。敵に与えた損害はこの半分以下だろうと、参謀長。

 少し考えれば判る。グルングルン機動しながら周りの情況を正確に捉えるのは至難の技だ。たった一機相手の空戦を身を持って体験した俺が言う。わけがわからなかった。

 況してや数十機の敵味方が入り乱れる戦場で正確な記憶など保持できる筈もない。

 目の前で墜ちていく敵機があれば、自分が撃墜したのだと錯誤も生まれるだろう。急降下で離脱する敵機は気球の機動に慣れた者には、墜落に見えるのではないか。


 報告には続きがあって墜落した敵機は、王都内で二機、郊外大分離れた所に一機見付かったと言う。捜索は続いているらしいので、まだ見付かる可能性はあるが余り期待は出来ない。

 なんか、考えないと駄目だな、常に二機で行動して、互いに確認し合うとかどうだろう。


[勇者の誤算]

 勇者は眉を潜めていた。

 橇つき飛行艇二個中隊での作戦は予想外の被害を受けた。

 撃墜されたのは三機に止まったが、帰りつくことが出来なかったのは更に五機合計八機もの未帰還が出た。

 帰還したものの廃棄せざるを得ない物も数機ある。まるまる一個中隊失ったのと同じだ。

 いや、パイロットの損害は数人に留まるから、機体さえ補充出来れば直ぐにも再編出来ることは出来る。しかし、これは避けるべき消耗戦の到来を示しているのではないか。

 憮然たる思いできびすを返した。


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