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イバーラク空戦録  作者: 南雲司
2/12

飛空艇初陣


[量産型士官]

 人手不足は深刻で、北の森に派遣する地上員に冒険者を宛てることになった。陸軍は正面の国境線に張り付いているし、それを理由に実際にドンパチやっている森に来るのを渋った。

 騎士団は元々「死んだエルフ(だけ)が良いエルフ」と言い放つ程、森人達と仲が悪い。そのくせ、神樹が代表する森の利権を涎を垂らす程に欲しがっているのだから、とても危なっかしくて頼めない。

 冒険者にしても未帰還の半数の原因が森人の矢だと言われる位で関係が良いとは言えないのだが、上手く付き合う術を知っている。

 ・・・たぶん。・・・だといいな。


「森は森人の国、森人の領土だ。勝手な真似は慎むように」エロフねーちゃんのスカート覗いて、頭の皮を剥がされても当局は一切関知しない、なおこのテープは以下略。

 そう訓示して進空したての三番艦を送り出した。勿論冒険者達と、新任の准尉を三人ばかり積み込んである。貨物じゃないって?少なくとも空中じゃ、まだまだお荷物だろ?

 言い忘れたが新任達は義塾出のお茶引き組だ。義塾に視察に行ったら職員に入軍希望者のリストを押し付けられ、丁度良いから全員採用した。てか、多いな五十人越えてるじゃないか、一個小隊出来るぞ。


 十メートル程の櫓の天辺から数メートル程、板が張り出していて飛び込み台のようだ。降下訓練に使うのだから強ち間違った感想と言うわけでもない。

「准尉殿!!蛆虫以下であります」

 地上では教官役の三人の兵曹が、本来上官である筈の若者達に、丁寧な言葉遣いで罵声を浴びせ、扱いていた。ひっくり返ってるのもいるな、大丈夫か?

 櫓上から悲鳴が上がった。いつもの如くもたつく上官殿を蹴り落としたのだろう。うん、降下姿勢は大分ましになった。

 兵曹達には甘やかすなと言ってある。「不良品の士官は、兵を殺す」死ぬのはお前らだ、と脅した。


[飛空挺]

 兵部省から呼び出しを受けた。

「会議をするから来い」騎士団が焦れているらしい。

 すわ鎌倉と飛び出したは良いが、一戦も交えず敵は後退した。報奨も貰えず分取り品もない、このまま睨み合いが続けば持ち出しは増えるばかりだ。

 なんだ最近見ないと思ったら正面の前線に移動していたのか。

 そんな事から先に仕掛けることを主張しているらしい。反対すれば、ならば補償金を出せとか絡まれそうで、結局王国側から戦端を開く事に為りそうな案配らしい。

 なになに、気球に乗って来いとな。最新型?まだ試験終わってないんだよな。ま、いいか。


 最新型を見て、気球だとおもう者は少ないかもしれない。俺自身これが気球なのかどうか、よく判らない。

 篭を廃し気嚢を廃し、機体の左右に気室を設けそこに真空を閉じ込めてある。翼に厚みを持たせてそこにも真空を閉じ込めてある。

 が、どう見ても浮力足りないよね、なんかした?シャオさん?

「真空を圧縮して質量を」マイナスにしたと?

 出来るわけ無いだろ。こんな物が浮く訳がない!滔々と小一時間論じて完璧に論破した。

 気球は軽々と浮いた。シャオはドヤ顔だ。

 「それでも地球は」ムカつく台詞のおまけ付き。

 まあ、シャオだからな。


 真空を圧縮すると言うごり押しで最新型は超コンパクトな機体になった。空気抵抗が極端に減ったため無茶苦茶速い。

「目開けてられないんで」

 風を防ぐ工夫が必要になった。

 機動がキツすぎて操縦者が放り出される事故があった。降下布が地上ギリギリで開いて事なきを得た。

 立ったまま操舵するのは無理がある、と座席を設けることになった。やっつけ仕事の改修は実験機に留め、新たに図面を起こす事になった。

 取り敢えずの改修だが、舵輪や視界の都合で立ち椅子、背凭れは降下布に干渉しないように低く、腰の辺りをベルトで固定、呼び出されたのは改修が終わった直後だった。


「飛空艇?」同乗している参謀長が訊いた。

 空の旅の徒然に最新型の名前考えていたんだ。だって、これってどう見ても気球じゃないし。

「では、それで発表しましょう」

 立ち椅子の参謀長は揺れる機上で器用にメモをとる。陸軍からの出向、階級は少佐、名前はカヌーベ。鷲のような鉤鼻の物静かな男だ。

 ウチの過半を占める出向組の一人だが、生まれたときから空軍にいたと言われても、俺は信じるね。なんでって?うーん、鼻の形?

「司令、検問どうします」

 操舵手が訊いてきた。

「パスで」文句は兵部省までお願いします。

 悪いのは気球持って来いと言った長官だからね。


 飛空艇と気球の違いは、細かいところを含めれば、ちょっとした本を書けるくらいある。駐機するのに係留の必要がないのは如実な例だ。堂々と兵部省の中庭に降りたら、邪魔だと隅に追い遣られた。

「これじゃ仕事にならん」

 省宰の髭の爺さんがぼやく。飛空艇の周りは見物の武官やら文官で鈴なりだ。操舵手を見張りに残すことにした。

「どうやって浮いているんだ」俺にも判りません。

 会う人会う人同じことを訊いてくる。工廠長かシャオに付いてきて貰えば良かった。まあ無理だけど。今頃新型機の事で侃々諤々やりあってるんだろうな。


[ごわすさんが来た]

 会議は明日からということで、現在夕辺の立食会。親睦を図るためだろうけど、このマイノリティー感はなんだ。陸軍と水軍と騎士団、それと我が空軍しかいない筈なのに百人はいる。

「空軍司令殿でごわすな」

 南部訛りの大柄な男に話し掛けられた。

 年の頃は四十前後、サーコートの紋章からして騎士団の偉いさん。カモーリ・モイ・サイゴと名乗り、挨拶もそこそこに本題を切り出してきた。

 気球船は何艘出せるのか、敵気球との戦力差はどうか。

 船じゃないし、数え方違うし。

 まあ、持って来た飛空艇が舷側のやけに高い小舟にバルジを張り出して羽を着けた様な形状だから無理もないか。


 飛空艦一艦、気球数機が限界、それも王都防衛に残してある低速で小回りの効かない旧式、たぶん三日もしない内に全滅する。

 そう答えると不満げな顔で去っていった。

 出せるとは言ったが勿論出すつもりはない。最近の羽気球の性能から言ってただの的だ。

 かと言って双気嚢の高速気球部隊を引いてくれば、森が陥ちる。

 森が陥ちれば後背地が蹂躙され、王国は終わりだ。

 そこを守る筈の騎士団が前線に行っちゃってるしね。

 空軍は参加しないよ、戦争したいなら地上部隊だけでどうぞ。

 そう思ってたら長官がきた。新型機で強硬偵察しろと?


[偵察行その1]

 騙してたみたいで悪いが、空軍のトップは俺じゃない。長官が空軍元帥を兼任している。

 元帥と言っても階級ではなく軍府の長を示す称号だ。文官の長官でも成れる訳だが武官を下に付けた処でまともに機能でき得る筈もなく、義塾出の俺を抜擢したと、まあ、苦肉の策であったわけだ。

 その元帥たる長官が命令した。

「お前、行ってこい」

 斯くして空軍ナンバー2である筈の空軍司令自ら偵察行に出立する事と相成った。

 新型機=飛空艇の速度に付いてこれる気球はないし、ほぼ危険はないからって事なんだけどね。

 付いてこれるのがあって、気球じゃなかった。


[空戦その1]

 「5時羽気球!」

 のんびり空の散歩気分でいたところで、後席の兵長が叫んだ。振り返ると確かに羽らしき物が付いた何かが見える。

「増速」

 前席の兵曹に指示して敵機と思しき物を観測する。シルエットに違和感を感じる。

「近付いてきます!」

 上体を捻るように後方を観察していた兵長がまた叫んだ。

「フルブースト!」

「既に一杯です!」

 さらに近付いてきて違和感の正体が判明した。

「気嚢がありません!」

 隣国も真空圧縮型の気球を開発したのか?違う、あれは翼の揚力で飛ぶタイプの[飛空艇]だ。

「止まれ!」

 ペラ逆ピッチを指示、強烈な制動が掛かる。


[会議]

 会議は想像以上に退屈な物だった。強硬に攻勢を主張する騎士団に、言質を取られぬようにのらりくらりと否定的な意見を小出しにする陸軍、傍観者に徹している水軍。

 あれ?結構見処はあるな。興味の無い者には退屈ってことか、空軍ナンバーツーとしてどうなの?>俺。

 あんまり暇だから自問自答を始めた処で、議長である長官が発言した。

「判断を下すには余りにも情報が足りない」

 俺達の偵察を待って結論を出す事になった。

 敵の布陣、総兵力、等々、責任重大だな。

 新型の弩と名手の兵長を紹介された。新婚なのだと言う。フラグじゃないよね。


[空戦その2]

 数本のボルトが頭上を掠める。急激な減速に狙いが逸れたか。次いで過速を制御しきれずに敵の飛空艇が頭上を飛び過ぎる。

 漸く形状がほぼ飲み込めてきた。

 胴体は底面がV字のほぼ円筒形先端が上向きに尖っている。

 大きな三角の翼が胴体やや後方上面にあり、それと接するように二枚の舵がV字型に屹立している。

 発動機はほ尾部上面に高く配してあり大型のペラを回している。そして見覚えのある噴煙。

「噴進発動機だ!」

 ペラを回した蒸気を吐き出して推力の足しにしているらしい。なら、逃げ回れば勝ちだ。

 相手はいつまでも、飛んではいられない。


[偵察行その2]

 敵の砦の上空を飛んで奇妙な胸騒ぎをおぼえた。まるで攻める気が感じられない。

 こいつら、いったい何をしに来たんだ?かと言って防備は厚く見えた。生なかな戦力では落とせそうにない。攻めるなら騎士団が納得出来る程度の戦果をあげたら程々のところで引き揚げるべきだろう。

 だが、なぜ、何をしに来たんだ。同じ問いに戻る。

 森を陥として搦め手攻めなら判るが、それは封じた。まだ、森を諦めていないのか、それともまだ何かあるのか。あるとしたら何だ。

 頭を振って疑問を振り払う。

「兵曹、取り舵、帰投する」

 悩むのは長官の仕事だ、俺はただの偵察員。


[空戦その3]

「右ペラ反転」

 反転とは言うが逆ピッチにするだけで回転の方向は変わっていない。低速での機動は此方の物で、敵飛空艇は追随できないでいた。過速で前にのめり出す度に兵長はボルトを当てていた。

 なる程名手だ。え?俺?訊くなよ。

「敵機、白煙!」

 水タンクかパイプを傷つけたらしい。それで空戦は終わった。

 敵機は、損傷に気付いたらしくそのまま離脱していった。

 恐れ入ったのは、敵飛空艇の機首に複数の小穴があってそこからボルトを打ち出す仕組みだ。工廠長クラスの技官が何人もいるんじゃなかろか。

 これでシャオ並みの魔術師が居れば以下略。


[尋問]

 結局、騎士団の主張する攻勢防御作戦は保留となった。偵察の結果というより空戦の結果だ。

 飛空艇に付き立った十数本のボルトが敵の航空優勢を雄弁に語ってくれたのだ。

 命中率いいな。何本ボルトを持ってたかは知らないが、仮に五十本で全矢射ち尽くしたとしても三割近い。少尉や兵長並みじゃないか。


 帰還して直ぐに参謀長の聴取を受けた。根掘り葉掘り訊かれた。

「すんません、おれがやりました」そう言いそうになった処で開放された。

 デスクワークばかりの参謀長にとっては、実戦の情報を得る貴重な機会なんだそうだ。

 だけどさ、尋問と聴取の違い判ってる?


[お暇するでごわす]

 騎士団長が来たと言うので、会ってみると、立食会で話し掛けてきた大柄な偉いさんだった。

「お暇するでごわす」

 なんと、騎士団の撤収が決まったので挨拶に来たのだと言う。

 見下されてるのかと思ってたよ、俺ユンカー出だし。陸水軍と違い騎士団の幹部構成員のほとんどはユンカーの嫡男次男で占められている。上級貴族の三男四男もいるにはいるが少ない。と言うのもユンカーの家の継承条件が武勇を示すこと、だからだ。

 なので兵学校や義塾から国軍に入るユンカーの子弟は下に見られる。まあ、脳筋揃いだから武功を立てて昇進すれば本気で敬意を払うんだけどね。


 話をしてて、判ってきた。どうやら、俺は武功を立てた口らしい。実際に頑張ったのは部下達だが、機上で敵弾を浴びながら指揮を執ったのが偉い、のらしい。

 ワインもう一本いく?あ、これも旨いよ食べて食べて、おーい参謀長お代わり追加、食いねぇ食いねぇ寿…略。

「気になる事があるでごわす」

 帰りしな団長が呟くように言った。居残りの副団長が王都防衛の為此方へ向かっているらしい。

 旧上級貴族の係累で、先の粛正の折りきちんと職務を果たしたので、連座を免れている。真摯な国王派と見なされてはいるが、団長の口の端が歪む。

「食えぬ男でごわす」


[水軍からのラブレター]

「これどう思う」長官が水軍からの書状を渡して訊いてきた。

 なになに、真空気球を艦載機として使いたい。なのでノウハウを寄越せ、ウチのいっちゃん賢い技官バクったんだから、それくらい良いだろう。

 あー、それ言われると弱いな。

「良いんじゃないすか」

 真空圧縮はシャオ以外無理だから、魔石で提供するか。でもなんで?着弾観測なら現状の係留気球でも間に合う筈。

「爆撃するらしい」

 なにそれ、避けようがないじゃん、怖いんですけど。

「敵も同じことを考える筈」

 迎撃気球も必要か。うん、面倒見きれないや。資料どばって渡して自分等で何とかして貰おう。


[次回に続く請うご期待]

 前線の騎士団が王都に帰還してきた。これから三々五々それぞれの領地に帰って行くことになる。我が空軍も撤収が決まった。

 後ろの空いてる処に兵長を詰め込んで帰ろうと思ったら、防空隊(空軍)司令に泣きつかれた。ただでさえ足りない射手を連れてくな。

 ごめん、悪かった。

 ちょっとばかりすったもんだしたんで、飛空艇に空きがあると知った水軍が乗せろと言ってきた。

 空きはあるけど、座席はないんだよね、しょうがない作るか。出立が少し延び、大いに後悔する事になった。

 何だかんだですっかり忘れていた、騎士団の別動隊、副団長が到着したからだ。


誤字脱字等、あれば教えて頂けると有り難いです。

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