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見られている  作者: Kusakari
9/14

第9話 栞

 花江はホウレンソウのソテーを食べようとしたが、食べられなかった。花江にとって、ホウレンソウはただの緑の塊だった。まだ、夢から醒めていない気がした。


 花江はいつものように出勤する準備まではすることができた。しかし、玄関ドアを開けることに抵抗を覚える。いつもより、のっそりとドアに向かって歩いて行った。いつもなら、特段、意識することもないドアが正夢へつながる扉に見えた。このドアの背後に男がいるのではないか。そう思うと、手が震えた。


 花江は、ドアの覗き穴から外の世界を見た。あまりにも、覗き穴から見える世界は小さかった。その小さな世界には男の影も形もなかった。けれども、覗き穴の死角に男が潜んでいるような気がした。


 花江はチェーンロックを掛けて、ゆっくりとドアを開けた。右を見ても、左を見ても、男の姿はなかった。安堵した花江はチェーンロックをゆっくり外して、ドアを大きく開いた。そこには誰もいなかった。そこで、花江は大きなため息をついた。そして、体が無意識に鍵を掛けるのだが、今日は意識的に鍵を掛けた。


 花江はいつもより周囲を確認しながら、図書館へと向かった。けれども、これといって何も起こらなかった。花江は、無事に図書館についた。


 「西田さん、どうしたの」

花江の顔色が優れていないことくらい、誰の目で見ても、明らかだった。

「大丈夫です」

花江は、ゆかりに何も言わなかった。ゆかりは、深く追及しなかった。


 そんな折、男がやってきた。開館して、すぐのことだった。男は『明暗』を返しに来た。花江は怯えながらも、それを顔に出さないように努めた。男は、花江に本を返すと、何も言わずに文庫本コーナーに行った。花江は少しだけ、安心した。しかし、『明暗』の中に栞が挟まれていて、その栞に携帯電話の番号が書かれていた。花江は何事もなかったように、栞を抜き取って、手で隠した。


 「花江さんが好きな本ですよね」

男が持ってきた本は、どれも花江が読んだことのある本だった。どうして、知ってるの。花江は愕然とするしかなかった。花江は、ただ事務的に仕事を済ませた。

「都合のいい時に、電話をください」

男はか細い声で、そう言い残して去っていった。その後、花江は栞をゴミ箱に捨てた。


 どうして、私が読んだことのある本を知っているの。まさか、カフェでずっとわたしのことを見ていたの。けれども、それだけでは説明がつかなかった。花江はカフェだけではなく、自宅でも本を読むからだ。すると、一層花江は吐き気がした。もしかして、家にカメラでもあるの。カフェだけでなく、家でも見られている。花江の推理は花江自身を苦しめた。


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