第7話 手紙の中身
七
花江様
突然、このような手紙を送ってすみません。僕はあなたにどうしても伝えたいことがあるのです。その想いが抑えきれないのです。
僕があなたを見たのは、ちょうど半年前のことでした。僕がとあるカフェで本を読んでいた時、あなたは僕の横を通り過ぎていきました。その時、サッとシャンプーの残り香がしたのを覚えています。薄いラベンダーの香りでした。僕はその香りに引き寄せられて、本から目を離して、あなたの後ろ姿を見ました。茶に染められた髪が後ろで結ばれていて、ヒラヒラと揺れていました。髪が揺れるたびに、うなじが顔を出していて、僕は胸の高鳴りを抑えられませんでした。あなたは席に座り、少しだけ僕の方を見ました。あなたは僕に微笑んでいました。なんだかそれだけで、嬉しい気持ちになりました。
あなたはバックから文庫本を出しました。僕の距離からは、文庫本だということしか分かりませんでした。僕はあなたが何を読んでいるのかが気になりました。もしかしたら、僕と同じような本を読んでいるのではないかと思ったのです。
また別の日、僕はあなたに会えるのではないかという期待のもと、カフェに行きました。あなたは以前と同じ場所に座っていました。僕はあなたの手を見ました。あなたがブックカバーをつけていなかったので、あなたが何を読んでいるのかが分かりました。あなたは、夏目の『行人』を読んでいました。僕も偶然、『行人』を読んでいました。こんな偶然があるのだろうか。
僕は少しだけ運命のようなものを感じて、あなたの二つ隣の席に座りました。右を向くと、以前と同じようにうなじが露わになっていました。この露わになっている様に何とも言えない蠱惑がありました。そんな僕とは違って、あなたは僕に全く気づいていませんでした。それほど、本に熱中していたのだと思いました。
それ以来、僕はカフェに通うになりました。あなたがいたり、いなかったり、それに合わせて、僕の気分が高揚したり、落ち込んだりしました。僕はあなたがいないと寂しくなります。寂しいのです。そう思っているうちに、僕は確実にあなたに会いたいと思うようになりました。会えたり、会えなかったりするのが本当に嫌なのです。
こんな風に思っている僕にまたもや奇跡が起こりました。偶然、初めて図書館に行った時、あなたに会えました。図書館司書なんですね。一種の神聖さを感じました。言葉でうまく言えないけれども、自分は運が良いのだと思いました。
そして、また僕は本を借りるために、あなたのもとを訪れました。いつ出会っても、あなたの美しさは変わらない。その美しさと司書というのが相まって、知性すら感じさせる。僕は美しさと知性の二つを持ったあなたが好きなんです。僕はそういう女性を求めていました。
一度でいいから、あなたと話したい。本当に好きなんです。お願いします。