第6話 謎の手紙
六
花江は職員玄関から、外に出た。外に一歩飛び出した瞬間、花江は男がどこかに潜んでいるような気がした。ブロック塀に囲まれた家の角、電柱、ありとあらゆる死角。花江は、誰の視線も感じなかったが、恐ろしかった。そんな中、救いといえるのは日が沈んでいないことだった。そのおかげで、花江は男が尾行まではしないだろうと確信した。しかし、根拠のない確信だった。
花江は後ろを振り返らず、前を向いて早歩きで歩いて行った。スタスタと電柱の間を通っていく。早く家に帰りたい。花江はその一心だった。やっと、自分の部屋の窓が見えた。カツカツカツカツ。自分と同じ方向を歩く音がする。体中の筋肉という筋肉が緊張した。カツカツカツカツ。音が大きくなっていく。それでも、花江は後ろを振り返ることができなかった。何か恐ろしいことが起これば、悲鳴を上げればいいのだろうか。しかし、声帯が誰かに掴まれているかのような気がして、声が出なかった。ただ、歩くペースを早めるしかなかった。
カツカツカツカツ。すっと女性が花江のそばを通り抜けた。花江は安堵のため息をついた。よかった。ただ、その一言が頭の中に浮かんだ。花江は神経質になっている自分を意識した。けれども、たんに気にしすぎているのだと花江は思い直した。こうして、花江は普段の歩行スピードに戻って、自分のアパートに帰った。
玄関ドアに備え付けられているポストには、即座にゴミ箱行きとなるチラシが挟まっていた。花江は、ドアを開けずにチラシを抜き取った。そして、ドアを開けた。そこに落ちていたのは白い封筒だった。封筒には、西田花江様と宛名が書かれていた。花江は何気なく、封筒の裏を見た。しかし、差出人の名前はなかった。誰からなのだろうか。花江は疑問に思いながらも、ハサミで封筒を開けた。
封筒の中にあったのは、二枚の便箋だった。便箋に書いてある文字に、花江は見覚えがあった。このみみずのような文字。あの男だ。花江は便箋の内容を読むよりも前に、男が自分の家を知っていることに対して、悪寒が走った。
もしかしたら、図書館から家に帰るまでの間を男に見られていたのだろうか。もしかしたら、男は図書館で見る前に私を見たことがあるのだろうか。様々な問いが頭をもたげる。花江は、机の上に便箋を置いて、崩れ落ちた。
男は私に対して何を思っているのだろうか。花江は恐れと同時に不可解な男の目的を知りたいという思いに駆られた。花江は最初の一行に目を通した。