第4話 花江の日常
四
花江は仕事を終え、自宅アパートに帰宅した。妙に、花江は疲れていた。だから、花江はすぐ木製のベッドに横になった。いつもなら、冷蔵庫にあるあり合わせのものから、適当に料理をつくるはずだった。しかし、それができなかった。
あの男の目が頭に浮かぶ。ほんの一瞬の出来事だったはずなのに。どうして、こんなに恐ろしいのかを花江は説明できなかった。男はまたやってくる。それも早いうちに。花江の不吉な予感は的中しそうだった。
花江は何も手につかなかったが、スマホを片手にSNSを見ていた。右の親指で、花江はテキストの羅列を眺めた。いつものように、情報が頭に入ってこない。テキストは、ただの光の点滅ようだった。しかし、花江は画面を眺めずにはいられない。というのも、親指をスマホから放したら、男のことが目に浮かぶからだ。
けれども、花江は考えすぎているような気がした。よくよく考えれば、男を見たのは二度しかない。わずかな接点しかない。そうやって、花江は自分の思考を捻じ曲げてでも、自分を安心させようとした。大丈夫だと思い込むことにした。
それでも、花江は料理をつくる気にもならず、食欲がわいてもこなかった。ただ、漫然と画面を見ているだけだった。
朝になった。花江は、カーテンを開け、燦燦と輝く日の光を浴びた。頭の中に潜む男の影が白い光によって、消え去っていった。花江は清々しい気分になって、背伸びをした。その後、花江はキッチンに向かった。
花江は、ソーセージを炒めている。パチパチという音がする。そして、ジューシーな香り。ついで、卵を割って、スクランブルエッグをつくっている。ただの何気ない日常の風景だった。
今日は、休日だった。花江はいつも休日になると、カフェで本を読む。花江は夏目漱石の『明暗』を読んでいた。『明暗』は夏目漱石の最後の作品であり、かつ彼の小説の中で最も長い小説である。しかし、花江は粘り強く読み続けて、あと40頁読み終わりそうだった。
カフェはタイピングの音と大学生がシャーペンを走らせる音しかしなかった。それぞれが、自分の世界に浸り、他人のことなど眼中に置かなかった。
花江は、本を読み終えるとスマホを手にし、『明暗』の感想を140字でまとめていた。花江は本を読み終えるごとに、本の感想を投稿していた。ついで、花江は安部公房の『人間そっくり』を読むことにした。