第2話 謎の男
二
「返却ですか。」
西田花江は、本を返しにきたおじいさんに対応していた。
「はい」
と言って、おじいさんは青いエコバックから、5冊ほどの夏目漱石の全集を取り出した。
「ありがとうございます」
花江は、本を受け取って、返却のための事務作業をした。
午前中でかつ平日の図書館にくるのは、おじいさんばかりだった。彼らは静かに自分の求める本を探している。そして、見つからなければ、彼らは花江と他の職員がいるカウンターへとやってくる。この風景は、花江にとって至極当然のことだった。
そんな折、赤いTシャツが花江の目に映った。その色は、図書館の静寂と比べるとあまりにも場違いだった。色がうるさいのである。ついで、花江はTシャツから顔へと目線を移した。この時間に珍しく、若い男だった。彼は頬の周りにニキビがあった。そして、頬は瘦せていて、唇は水分を失い白い筋が浮き出ていた。
こうして、顔を見ているうちに、花江はその男の細い目と自分の目が合ってしまった。男は目が合うと、少しだけ右に視線をそらした。花江は男がカウンターに用があるのかと思い、声をかけようとした。しかし、男は後ろへと引き返し、本を探しにいった。その後ろ姿には憂いの影があった。
男はまっすぐ歩いたのち、左に曲がった。左にあるのは、文庫本のコーナーだった。すると、花江から男の姿は見えなくなった。
「こんな時間に若い人は珍しいね」
と花江は同僚の牧田ゆかりに言った。
「そうね」
とゆかりはどうでもいいように答えた。しかし、花江にとってはなんだかどうでもいいことには思えなかった。
男は目当ての本が見つからなかったのか、手ぶらでカウンターの方へ戻ってきた。男は花江をまじまじと見つめた。今度は花江が男からの視線から目をそらした。すると、男は本を調べるために、パソコンエリアに行った。パソコンエリアは、カウンターに近いが、ついたてがあって、男の姿は花江から見えなくなった。静かな図書館で、男がキーボードを叩く音がする。
パタっとキーボードを叩く音が止まった。男は立ち上がり、カウンターへとやってきた。男は花江の隣にいるゆかりを見た後、急に男は花江を見た。男の口が少しずつ開き始めた。しかし、声が花江には聞こえてこなかった。
「ああ」
「どうしましたか」
男は口をもごもごさせた。
「いえ」
男はこれといって、何も言わず立ち去った。
男の姿が見えなくなった後、花江は
「あの人、どうしたんだろうね」
とゆかり言った。
「なんか、あの人、怖いね」
花江は口には出さなかったが、ゆかりと同意見だった。