第12話 何もない日常へ
十二
覚醒と睡眠の狭間。花江は眠っているのだか、起きているのだか判然としなかった。けれども、男のイメージがくっきりと脳裏に浮かんだ。手で振り払ってみても、男の影は花江の体から離れなかった。
男の手が胸に伸びる。けれども、触れられている気はしなかった。影は確実に胸に伸びていた。ついで、のっぺらぼうの黒い塊が顔に近づいてくる。次第に影の全体が花江の体に覆いかぶさった。
いったい、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。花江は襲い掛かる影と戦った。けれども、影は花江の意識から消え去ってくれなかった。やがて、日が差した。部屋全体が優しい色に包まれた。
こうして、花江は影から解放された。花江は汗に濡れながら、キッチンに行って、水を飲んだ。汗となって消えていった水分を体に取り戻したような気がした。そして、いつものように朝食をつくった。ベーコンを焼いている。ジュージューという音だけが部屋の中に充満した。そのベーコンの上に花江は卵を落とした。
花江は小さいテーブルで、朝食を食べていた。なんとか完食することができた。花江は、皿を洗い終えると、ベッドにあるスマホを手に取った。特に理由はないが、最新のツイートを見ていた。花江は最新のツイートから右手の親指で下にスクロールさせて、ぼんやりとテキストを読んでいた。
それが終わると、身支度をして、スマホをバックに入れて、図書館に向かった。何事もなく、花江は図書館についた。花江は、図書館に男が来ないことを祈った。階段から音がするたびに男が来るのかと思って、身構えた。しかし、おじさんばかりだった。花江はほっとした。しかし、見られているという意識はいつまで経っても、拭い去ることができなかった。何かスッキリすることのできない気持ちだった。
けれども、いつものように業務を終えることができた。運が良いことに、図書館の玄関で男が待ち伏せているということもなかった。無事に花江は家に帰ることができた。久々に心を落ち着かせることができた。
花江はバックから、スマホを取って、何気なしにツイートを見ていた。その後、興味を失うと、動画を見た。花江は夕食を食べ、お風呂に入り、ベッドでスマホを見ていた。取り立てて、何もいう必要のない日常の風景だった。花江は眠る時間になると、スマホをベッドに備え付けられている棚に置いて、眠った。
悪夢にうなされることなく、花江は朝を迎えることができた。こんなにも晴れやかな朝は久しぶりだった。男の影から、解放されたのだ。結局のところ、花江の杞憂だったのだ。これといって、事件など起こらなかったのだから。こうして、花江は、いつものようにツイートを漁っていた。




