黒姫捕縛大作戦~前編~
王女様~? 王女様~!? ……もうっ、またどこかにお隠れになったのですね! どうしてわたしの授業のときだけ失踪しやがりますのでしょうか、あのお転婆王女様は。王女様~! ティアラ王女様~ッ! 聖書のお勉強がつまらないのは重々承知ですが出てきてくださ~いッ! わたしが国王様に怒られてしまいますから~!! …………。…………。――んもぅっ、最終手段です!
肺の奥に溜まった空気を吐き出しながら、ノエル・アズ・グリッドレイは胸の中から煙草を一本取りだした。ブラッディ・ローズと銘打たれた曰く付きの代物。
「やっぱり、まだ不完全みたいね」
独りごちる。細い煙を燻らせる煙草をその形のよい唇で咥えながら、宙を見やる魔術師。
「さて、と。アリスはちゃんとやってるかしら……」
クロエリア・オーゼン・エーレに首を飛ばされてから半刻ほど。ノエルの頭と体は何事もなかったかのように繋がり、赤黒く染まっていた衣服も元の純白に戻っていた。どういう原理なのかは、彼女自身も知らない。だって、どういう感じで元通りになっているかなんて死んでるわたしに分かるわけないでしょう? とは彼女の弁である。
「ふぅ」
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、白い魔術師は紫煙と共に長い息を吐いた。
脳裏をかすめるのは、死ぬ直前の光景。
彼女の首に触れた黒い少女の華奢な指。氷のように冷たい無表情。殺し慣れている、とノエルは思った。あんな二十歳にも満たない少女が。あの長い髪を結ってあげて、明るめのドレスで着飾ればどこかの令嬢と言っても通るであろう可憐な少女が。
「わたしのせい……ね」
白銀の髪をかき上げながら、自分でも驚くほど低く重い声で呟く。もう一度、肺に溜まった空気を押し出すように息を吐いて、魔術師は歩き出した。前方には無残にも木切れと化した扉の残骸が散らばっている。アリスが外側から鍵を掛けた為、扉ごと壊したのだろう。
ほんの少し風通しのよくなってしまった食堂を抜け、ノエルは瞳を閉じる。
「どっこにいるのっかなぁ~?」
虚空で指先をくるくると――その様はトンボを捕まえるときのまさしくそれである――回しながら、指先に魔力を注ぎ込む。中空に刻まれた術式が展開、具現し、淡い光を帯びた魔法陣が一瞬浮かび上がる。状況に似合わぬ気の抜けた詠唱をひとつ。館内全ての生命反応を探知する記述を含んだ術式が、瞬く間にノエルの四方八方へ走った。
「ふふん、手筈通りね、アリス」
脳内に直接飛び込んでくる探査結果に満足そうな笑みを浮かべながら、その赤い瞳を開いた魔術師は悠然と目的の場所――館の地下室へと足を進めたのだった。
――ごめんなさい、レリエ。わたくし聖書自体は好きですのよ、ただ……貴女の授業はとてもとても退屈ですの。ふふ、次の舞踊のお稽古の時間までお父様の書斎に隠れている事にしますわ。さようなら、レリエ――ハッ!? レリエ~~~ッ!? 探査系の魔術を使いましたわね、この卑怯者! それが王女に対しての、ひぃっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁいっ! お勉強でも何でもしますからそれだけはっ、それだけは許してくださいましぃ~~~ッ!