慟哭
王都・アーヴェンハイトは大まかに分けて三つに区分される。
富豪や政治家、魔術師たちの住む貴族街。我らが国王様の王城もこの区域にある。
金のねぇ奴ら、犯罪を犯した奴らの住む貧民街。一応、王城の騎士達が眼を光らせちゃあいるが治安は最悪だ。用もねぇのに近寄るんじゃねぇぜ。
んで、それ以外の平民街。何を隠そう今俺達のいる場所だ。食い物屋に武器屋、薬屋、売春宿なんでもござれだ。
あぁ? 最後のはどこにあるのかだって。
情報料銀貨三枚ってとこだな、ほれ出しな。ったく、兄ちゃんも好きだねぇ。
平民街の最西端、夜に行ってみな、合言葉は『ここ掘れワンワン』だ。
へへっ、毎度あり。
「………」
漆黒の少女は特に表情を変える事もなく、頷いた。白い魔術師の瞳がゆっくりと開かれる。遠くで小鳥の鳴き声と、風が葉を揺らす音が聞こえた気がした。
「改めて、自己紹介をするわ。わたしはノエル。ノエル・アズ・グリッドレイ」
その豊かな曲線を描く胸の上に手を置いて、ノエルは言った。黒い煙草はいつの間にか彼女の指の間から消えて無くなっていた。次の言葉を待つクロエリアを半眼で見やりながら、
「元・レベル7――神秘的魔術師――ミスティックの頂点に至った魔術師。そして、幼少期のクロエリア・オーゼン・エーレに特別な“魔眼”を与えた組織の一員だった」
魔眼、と謳われたクロエリアの瞳が見開かれる。それは驚きの感情からではない、知っていた。知っていたからこそ今彼女はここにいる。しかし改めて、十年前のあの部屋の、あの行為を、嗤いながら観ていた連中の一人が目の前にいる。触れれば――すぐにでも届く距離に。
自制のタガが外れて伸ばしそうになる右腕を抑える。呼吸が驚く程に荒くなっているのをクロエリアは自覚した。口を開く。
「……魔眼って、何? あたしの眼はどうなってるの?」
「貴女の網膜には特殊な術式が刻み込まれているの。視るだけでこの世のありとあらゆるモノを消滅させてしまう、滅びを具現化させる術式が、ね。けれど、貴女は不完全だった。視て――そして『触れる』というプロセスを経ないと貴女の魔眼は力を発揮出来ない。まぁ、それでも当時としては十分運用に値する実験体だったわ。何故なら、人間を殺せたのは貴女が初めてだったから。わたしの知る限りでは……ね」
その言葉に、脳裏を支配するのは幼い頃の記憶。狭い部屋、無機質な壁、嗤う大人達に囲まれながら、十にも満たない少女は繰り返した。
最初は石ころ。乾いた音を立てて砕けた。何度も何度も差し出されるがまま、砕き続けた。
次いで綺麗な石――それがこの世で一番硬度とされる鉱石だと当時は知る由も無かったが。それも呆気ない程に四散した。囲う人間達の群れから歓声とも畏怖とも取れる声が上がった。
その次は、白い猫だった。人懐っこい小さな猫。最初はプレゼントか何かだと思った。頑張っている少女に大人達が与えてくれたご褒美だと。けれど――やってみなさい、誰かが言う。殺ってみなさい、と。
歓声は盛大な拍手と共に少女に降り注いだ。素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい、重なる声。胴体から真っ二つに分断された――穢れなき白と鮮やかな赤を纏ったソレを抱きながら、少女は返り血を浴びた頰に涙を垂らした。次は――誰かが言う。次は、次は、次は、重なる声。
――ヒトだ。
「やめてぇぇぇーーッ!!」
クロエリアの慟哭。と共に魔術師に向かって滅びの魔手が伸ばされた。涙で濡れた黒い瞳が火を灯したように赤く染まる。ノエルの華奢な首目掛けて、あの時の石ころのように、綺麗な石のように、白い猫のように――自分と同い年くらいの、幼い少女のように。
――夜。
あぁ、アンタも騙されたのか。ここ掘れワンワンだろ?
ちょうどいい。ここいらは昔貴族街の区画だったらしいんだが、どっかの魔術師が暴れまくったせいで倒壊して今は平民街の区画になってるんだと。
試しに適当に掘ってみたら金目のモノが出るかも知らないぜ。オレは諦めたから、アンタに譲るよ。
このスコップ使いな、銅貨一枚ショップで買ったもんだが割りと丈夫だぜ。