姫様はハチミツがお好き!
ハチミツって、結構貴重品なんですよ。あ、王都では普通に売ってますけど。
地方の街――例えば周囲に蜂の住む森とかが無い地域だとものすっごい価値が上がるんです。
王都では銅貨三枚くらいでも、そっちの方だと銀貨五枚くらいで取引されるんですって。
銅貨が銀貨ですよ? 十倍ですよ、十倍。丸儲けじゃないですか。
これはハチミツビジネスのチャンスですよ、チャンス!
……ってまぁ、そんな美味しい話は既に一部の行商人さん達で囲われてて、うちみたいな弱小行商人には取り付くシマもないっていうか、何て言うか。世の中理不尽ですよね、理不尽。
はぁ~……どこかに美味しい話、転がってないかなぁ。
「おいしそう」
グリッドレイ邸、一階。
最後の晩餐を思わせる無駄に長い食卓が部屋の中央に鎮座する食堂にて、クロエリア・オーゼン・エーレは歓喜の声を上げた。彼女の視線は当然、食卓の端っこに置かれた二人分の食事に注がれている。純白のシーツを彩る黄色――スクランブルエッグ――の方ではなく、その隣に悠然と輝く黄金色の液体に。
ハチミツ。
聞くだけで口の中が甘くなっていく魔法の甘味。匂いを嗅いでよし、舐めてよし、口の中に広がる魅惑の世界はただひとつの言葉となって放たれる。
蜂さん、どうもありがとう、と。
「どうぞお召し上がり下さい、お客様」
と、傍らのアリスがトレイを抱えて一礼する。その隣に置かれたカートには湯気の立つポットとティーカップが二つ。アリスの、紅茶でよろしいでしょうか? との問いかけよりも先にクロエリアは食事の席に着いた。ノエルはその様に苦笑しながら空いた方の席に。
向かい合わせではなく、隣り合わせの位置関係。必然、食事中の会話も相手を横目で見ながらとなる。
「いただきます」
「……いただきます。あ、アリス、わたしは紅茶で。クロは?」
「これでいいよ」
ハチミツを指し示しながら、言う。アリスは内心、飲み物……?、と驚いたがそこはグリッドレイ邸に仕えるメイド。表情にはおくびも出さずノエルの脇で紅茶を注ぐ。ノエルはノエルでアリスのスクランブルエッグに舌鼓を打っていた。紅茶を淹れ終えたアリスに軽く会釈して、
「わたしの分もあげるわ」
と、小瓶に入ったハチミツを差し出す。
「いいの? ありがとー」
受け取って、こくこくと喉を鳴らしながら飲み干されるハチミツ。赤い瞳の少女はその様子を優しげに眺め、紅茶をひと口含んだ。名前は知らないが割りと値の張る茶葉らしい。いい香りがする。味はいまいちだけれども。
「クロ」
「なぁに?」
「ハチミツ好きなんだ?」
聞いてみた。答えはわかりきっていた。
なぜなら――姫は本能的にハチミツを嗜好するように出来ているのだから。
「うん、大好きだよ。ノエは?」
「わたしは……そうね、わたしも好きよ、ハチミツ」
言いながら、おかわりもあるからね、と紅茶を口に運ぶ。横目で、スクランブルエッグを頬張りながらんんーっ、と歓喜の声を上げる黒い少女を見やり、ノエル・アズ・グリッドレイは亜麻色の液体をこくっと飲み下した。
アリス、と呼ばれてますが……。
本名は違うんですよ。
はい、それだけです。