血の薔薇
ブラッディローズって銘柄の煙草を知ってるか?
これまた曰く付きの代物でな――葉を罪人の血に浸して作るんだ。
そしてひと口吸えばさぁ大変。
一日一本は吸わねぇとえらい事になる――え、どうなるのかだって?
そうさな……まず、右手が薔薇になる。次いで左手、右足、左足。腹、胸、最後にゃ――頭だ。
……は? メルヘンの話じゃねぇぜ、体が突然爆発して血の薔薇みてぇになるって事さ。
原因はわからねぇ。大方、使われた罪人達の呪いみたいなもんじゃないかね。
ま、煙草吸ってる奴の末路なんざぁ皆似たようなもんだろ。
アンタも興味があるのか知らんが、触らぬ神に祟りなしとだけ言っとくぜ。
あんなもん探すのは死にたがってる連中か、無理矢理吸わされてストックがない連中くらいだぜ。
『っ、すぐ行く!』
ドアの向こうから聞こえるクロエリアの声にふふん、と鼻歌を鳴らし、ノエルは踵を返した。
と、ちょうどそこに居合わせるように、メイド服を着た藍色の髪の少女が銀製のトレイを腹の前に抱えて立っていた。
「ああ――アリス。どう、久々の料理、楽しかったかしら?」
「はい、グリッドレイ様」
無表情で恭しく頭を垂れ、答えるメイド。肩甲骨辺りまで伸びた美しい髪が頬の横に流れ落ちる。
「そう、よかったわ。……これから毎日作ってもらうから。覚悟しておいてね」
「……はい、グリッドレイ様」
顔を上げながら答えるメイド。氷のような無表情が若干朗らかに緩んだように見えたのは、きっと気のせいだろう。アリスと呼ばれたメイドはくるりと優雅に体を反転させ、ノエルを先導するように長い廊下を歩き始めた。
「グリッドレイ様、吸い過ぎです」
歩きながら――こちらに振り返りもせず、アリスは窘める。ちょうど煙草に火を点けようと口に運ぼうとしていた最中であった。ノエルは構わず煙草をその形のよい唇に挟み、火を点け、ゆっくりと吸い上げた。すぅっと口の中に広がる煙の味に顔をしかめながら、
「しょうがないでしょう? 吸わないと体中が破裂して貴女の仕事が増えるわよ、アリス? 屋敷内の掃除は貴女の仕事なのだから」
ワケがわからない事を真顔で言う。それを聞いてアリスは肩越しにこちらを睨みながら、
「今朝、お客様のお部屋に向かわれる際にお吸いになられた筈ですが。一日一本ですよね?」
窘める。バレてたか、と悪戯っぽく舌を出しながら、ノエルはぴんっと火のついたままの煙草を指で弾き飛ばした。廊下に敷かれた赤い絨毯にそれが落ちる寸前、
「ふぉいや~」
気の抜けた詠唱と共に、ぱちん、とノエルの指が鳴らされる。瞬きする間もなく、中空の煙草は影も形も残さず燃え尽きた。若干、赤い絨毯に黒い焦げ目がついたのをアリスは見逃さなかったが。
朝食後の仕事が増えた事に多少なりとも頭痛を感じながら、アリスは再度歩き出した。
その数歩後をノエルが長い髪を弄びながら付いていく。
「……あの方が、そうですか?」
「そうよ」
あの方、とはクロエリア・オーゼン・エーレの事だろう。
三日前の件については概ね説明してある。未遂に終わったとは言え、自らの主を殺し尽くした相手に彼女がどういう感情を抱くかは想像に難くなかった。たぶん――怒ってる。
「……いい子でしょ?」
その感情を振り払わせるように――歩く度に柔らかに揺れる藍色の髪を眺めながら、ノエルは訊ねた。
「わかりません」
ごもっともな答えが返ってきた。
「いい子よ、クロは。大丈夫、何も心配ないわ、アリス」
「そう……ですか。グリッドレイ様がそう仰るのでしたら」
納得は……いってないだろう。たぶん。一階へと続く階段を下りながらノエルは苦笑した。
アリス。メイド。
頭にはカチューシャではなく黄色いリボンをつけてます。
重要。