黒姫捕縛大作戦〜あとがき〜
はい、アリスです。今回もアリスがナレーションを担当いたします。
グリッドレイ様を差し置いてこのような大役を幾度と担うのは少々気が引けてしまいますが、精一杯やらせていただきます。よろしくお願いします。あ、決してグリッドレイ様から主役の座を奪ってしまおうなどとは考えていませんので、悪しからず。
アリスは、驚きを隠すのに必死でした。
あのときと、同じです。
我が主、ノエル・アズ・グリッドレイと初めて対峙したときと。
シャドウ・サーヴァント。
クロエリア様の体を持ち上げている黒い塊のような何かを見て、アリスはあのときの情景が鮮明に蘇ってくるのを感じました。何もかもが、同じです。
アリスは――仕方なかったとは言え――申し上げにくいのですが、ノエル・アズ・グリッドレイを殺そうとしました。
アリスは魔術師です。レベル5、ウィザーズオブフィフリス。魔術で剣を造り上げることが得意で、その気になれば数百、いえ、数千の数の刃を一瞬で展開出来ます。常人と大して魔力容量の変わらないアリスが、フィフリスにまで上がれたのはその戦闘能力故だと、当時の協会の人から言われたのを覚えています。
「うぅ⋯⋯ノエ〜、早く下ろしてぇ⋯⋯」
クロエリア様の情けない声を横で聞きながら、アリスは更に追憶に浸っていきます。
我が主と対峙したときも、アリスはおそらくは千を軽く超える数の刃を彼女に向けていました。当時のアリスは、自分で言うのもなんですが団を退いたばかりのキレッキレの魔術師でした。
もちろん、元・ウィザーズオブミスティック・ナンバー1であられるところのノエル・アズ・グリッドレイの噂はかねがね耳にしてはいましたが――これは内緒なのですが当時のアリスは割と本気で勝てると思っていました。
それだけ自らの魔術師としての力量に自信を持っていたのです。
それが⋯⋯わずか一秒足らずで、今のクロエリア様と同じ状況です。
『な、な、なんなの、これはっ!? 下ろしてっ! 下ろしなさいっ! ⋯⋯お願いですから下ろしてくださいぃぃっ!!』
あのとき喚き散らしてしまった言葉を、アリスは一言一句違わず覚えています。アリスの魔術師としてのプライドが粉砕された瞬間でしたから。
絶対の自信を持っていた魔術の刃は何をしたのかわからないまま全て無効化され、シャドウ・サーヴァントという、余りの必須魔力容量の大きさに誰も起動すら出来ず、定型式すらも廃棄されたいわゆる《失われた魔術》を見せつけられたのです。格の違いを、思い知らされました。
「ふぅ〜⋯⋯やっと開放されたぁ。ノエ、なに、この黒くて気持ち悪いの」
「ん、わたしの影よ。気持ち悪いとはちょっと失礼ね」
「えっ、影? あ、でも捕まってる間はちょっぴり気持ちよかったよっ、肩とか背中とか揉んでくれてて」
「ふふん、気が向いたらまたやってあげるわ、クロもわたしと一緒で結構大変でしょう?」
「うん、そうそう。動くときすっごく邪魔なんだけど、取っちゃうわけにもいかないし⋯⋯」
一体⋯⋯何の話をしているのでしょうか、お二人は。
「アリス」
唐突に主に呼ばれ、アリスは若干戻りかけていた意識を完全に現実に引き戻しました。
「それに、クロも」
主はアリスとクロエリア様の肩に手を置いて向かい合う形に誘いました。
そして――、
「――はい、仲直りの握手」
さっきまで殺し合いをしていた二人の肩をぽん、と叩いて主は優しく微笑みました。
アリスとクロエリア様は固い握手をして和解しました。
離れ際に、
――アリスさんもハチミツ好きなんだ?
と聞かれ、甘いモノはあまり⋯⋯と答えました。
どうしてアリスがハチミツを好んでいると思ったのでしょうか? 不思議です。
答えたときのクロエリア様の表情はとても寂しそうでした。何か悪いことをしたみたいで申し訳ない気持ちになったアリスでした。