プロローグ
朝。
鳥は鳴き、風は踊る。
人々は今日一日幸福たらん事をと神に祈り、日々の営みを始める。
長きに渡り世界の中心として栄えてきた王都・アーヴェンハイト。
その貴族街の一角にあるグリッドレイ邸よりお話は始まります。
……目が覚めると、見慣れない天井が目に入った。
首だけを動かして辺りを見やる。
珍妙な絵の飾られた見慣れない壁。
大きな窓は、分厚いカーテンで塞がれ、隙間から淡い陽光が差していた。
「あ。起きたみたいね。おはよう、クロ」
言われて、声のした方に顔を向ける。
白い髪の少女が、椅子に腰掛け足を組んだ格好で紫煙を吐きながら、
「よく眠れたかしら?」
短くなった煙草を灰皿に押し付ける。ふっ、と血の匂いが鼻を掠めた。
「…………」
目覚めたばかりでほう、とする頭を奮い立たせ、眼前の少女――恐らくは十代後半か、自分と同じくらい。記憶が確かならば、そんな筈がないのだが――を見る。
上半身だけを起こしながら、
「うん、熟睡してた。おはよう、ノエ」
「それはよかったわ。ここ以外にも部屋はあるから、気に入らなかったら他の部屋も遠慮なく使っていいからね」
なんせ、わたしが当主になって初めてのお客様なんだから。と上機嫌でノエと呼ばれた少女は謳う。
ノエル・アズ・グリッドレイ。
腰まで伸びたシルクの布のようなさらさらの白い髪。透き通るような肌。身に着ける衣服も純白。優しげにこちらを見やる瞳だけが、滴る血のような赤を帯びていた。
「準備が出来たら一階に来て。一緒に朝食にしましょう」
ふふん、と鼻歌混じりに灰皿片手に去っていくノエル。
音もなくドアが開かれ、音もなく閉められる。館の主は出て行った。
その背中を見送りながら、クロエリア・オーゼン・エーレは肺に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出した。
「……ノエル・アズ・グリッドレイ」
本人曰く、世界で最高位の魔術師らしい。感嘆よりも胡散臭さの方が際立つその自称に、けれどもクロエリアは恐らく事実なのだろうと思った。
否――最高位、という言葉すら生温い。
彼女は……そんなものでは足りない。四日前に出会い、三日前を一緒に過ごし、そして――
「あたしは……彼女を、殺した……」
蘇る感触。右腕を殺し、左腕を殺し、最後に頭を殺した。
弾ける暖かい鮮血。夕焼けの紅に混じる人の命の飛沫。
(あれは、夢、だったの……?)
独りごちる。
いや、そんな筈はない――だって、あたしは確かに、
『ク~ロ~、ま~だ~か~し~ら~』
ドアの向こう側から、声。軽いノックの連打と共に。
クロエリアの追憶はそこで中断された。
「っ、すぐ行く!」
とりあえず出せる限りの声を出して、クロエリア・オーゼン・エーレはベッドから出たのだった。
ノエル・アズ・グリッドレイ。白い子。
ものすっごい大魔術師らしい。
すごい。