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その一 弦一郎の場合

複数みんなで演奏する楽器らしい」

 主人であるあの方に喜んでいただけるかと思い取り寄せた楽器だ。このいくつもの鐘で旋律メロディを奏でるらしい。


 俺たちは光源氏と呼ばれている貴族さまにお仕えしている。俺たちというのは光る君私設管弦楽団(源ちゃんズ)のことだ。総勢7人。俺はここで琵琶とヴァイオリンを担当している。都度、その場その雰囲気に応じた音楽を演奏している。一応リーダーを務めている。


 とはいっても音楽以外の雑務にも従じている。

 殿(光る君)のデートの送迎。

 殿のデート中のサプライズ準備。

 殿のカノジョや奥さまへの贈り物の手配。

 殿の恋文ラブレターの配達。

 殿の……。

 まあ、殿が動けば俺たちも動くし、殿が望む環境シチュエーションを整えるのが俺たちの仕事である。


「弦一郎」

 包みを手に声をかけてきたのは弦二郎。もちろん源ちゃんズのメンバー。ヴィオラときんの琴の担当だ。

「ありがとな。助かる」


 紫子さまへの贈り物だ。幼い頃からお手元で育てられ、二条院ココで一緒に暮らしている殿の奥さまだ。とても綺麗で優しい奥さまだ。継母と継姉から冷遇されていた少女を殿が引き取られた。殿からの愛情をたっぷりと受けられた少女は素晴らしい女君プリンセスへと成長なさった。

 宮中で行われた舞踏会ダンパでの殿とのダンスは誰もが見惚れた。紫子さまの前で膝まづきダンスに誘う殿と美しい紫子さまはまるでおとぎ話のようだと皆が褒めそやした。「死ぬほどキミに恋してる」たとえダンス中に()()()()足を踏まれようとも殿は紫子さまに夢中だった。


「キミこそが俺の理想のプリンセスだよ」

 その夜はおふたりのために俺はヴァイオリンソロを弾きまくった。


 女房たちからの評判もすこぶるいい。高貴な方々の身の周りのお世話をする女性のことを女房というがまたの名を三人官女(SKJ48)と呼んでいる。紫子さまのところのSKJはチームビューティー。ヘアメイクやネイルなどが得意なSKJチームだ。


 今は霜月(11月)。年末までに大切な方たちに贈り物を差し上げたいという殿のご意向で俺たちはその手配と準備の真っ最中だ。紫子さまには紫水晶を細工して髪飾りと指輪を贈ることにした。みやこで一番の職人にオーダーした品を弦二郎が持ってきてくれた。



「なにしてんの? おまえ」

 弦二郎が俺の手元を覗いてくる。

「贈り物チェック表。漏れがないようにな」

 俺は今机に向かって表を作成中だ。

「確かにな。()()()()()。贈る相手が」

 一、二、三、四、と数え始める弦二郎。

「だろ? でもさ、よく殿は頭の中に入ってるよな。これ全部」

 贈る相手の名前、贈る品物、添える花束、デートの予定……。表にまとめながら思わず漏れる本音である。

「ある意味天才だわ」

「言えてるな」

 今回贈る相手は7人。我らが敬愛する殿は恐ろしく恋多きオトコなのである。


 殿の名誉の為に言っておくが、複数の奥さんや彼女がいるのはこの時代の貴族としては珍しくない。というかスタンダードだ。まあ、ウチの殿は若干お相手が多すぎる気がしないではないが、気のせいということにしておく。


「これは?」

 銀箔を散らしてある薄様紙である。

「ああ、今日満月だろ? いつものだよ」

「殿も一途というか純粋だよな。ま、その一途の相手がひとりじゃないけどな」

 俺はその銀箔の文をちらちらと振りながら鍵付きの箱に仕舞う。その箱の中にはびっしりと同じような文が入っている。


『藤ちゃんへ』

~ 逢えずとも いつまでも好き かぐや姫

  キミを想って 憧れの月 ~


 殿の初恋にして失恋したお相手である。壁にドンっと追い詰めて、かわそうとする藤子さまを几帳(移動式カーテン)ごと包み込んでの「死ぬほどキミに恋して(殿のコロシ文句)る」もかなわず藤子さまは月へと帰ってしまわれた。以来、満月の夜になると殿は恋文ラブレターをチョコと共に月にお供えになる。


 報われなくても好き。逢えなくても想っている。月を見上げる殿があまりに切なくて、ついチョコと手紙は月の使者が持って行ったと伝えてしまった。一度やってしまえばそれからは慣例化してしまい現在に至る。チョコは藤子さまの置き土産をウチのパティシエの甘介が研究改良した。チョコは食べてしまえばいいが、手紙はたまる一方だ。処分するのも忍びないのでこうして厳重管理して隠すことになっている。甘介のチョコの腕も上がる一方だ。


 そして、いつまでも藤子さまだけを想っていくのかと思いきや、そこは『失恋を癒すのは次の恋』とでも言ったらいいのか、『目の前に山があれば登るもの』『目の前に女の子がいれば口説くもの』とでも言ったらいいのか、まあ次から次へと女の子と恋をして、現在に至っている。それにしてもお相手の数が……、いやもう言うまい。



「コレの練習しないとな」

 俺は例の楽器を手に取る。

「音はすぐに出るけど、問題はチームワークだよな」

 弦二郎がひとつを手にとって鳴らす。透き通った音色だ。そうなのだ。これは相当な練習が必要になる。7人全員での練習が。コンビネーションが成功の鍵だ。

「仕事の合間合間にやるしかないな」

 俺がそう言うと、弦二郎はやれやれという仕草ジェスチャーをする。

「しばらくプライベート返上だよな」

 弦二郎の方を見て、一瞬無言で目を合わせたあと鼻息をつく。

「そうなるな」

 大切な殿のためだ。仕方ない、いっちょ張り切ってみるか。


 そうとなったら源ちゃんズ全員に合宿の連絡だ。

 あとはプライベートの連絡もいくつか。

 それから従来の仕事のチェック。殿の愛車、跳ね馬マークの牛車の手入れもしておかないと。夜の外出に備えて松明ライティングの点検もだ。

 今夜の殿はどこにお通いになるんだろう。ご予定を伺って来訪のお手紙の手配と場合によってはデートの演出を練って、本職の楽器のメンテナンスにBGMの練習。

 この新しい楽器での演奏曲も決めないと。譜面を起こして、パート分けして。


 To doが増えるとなぜか俺は燃えてくる。いいぞ、テンションが上がってきた。



 さあジングルベルを鳴らそう!




☆今回のBGM♬

Santa Claus Is Coming To Town     Jackson5





 



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